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35・悪魔の世話を押し付けられる
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探索日和の、いい天気のある日。
朝から勘が働き、イリーネはこそこそ出かける準備をしていたが、やはりエアとタリカに目ざとく見つけられることになる。
「あらイリーネ様、お出かけですか! ちょうどレルトラス様がいじけて……いえ! 自室にいらっしゃるので、護衛してもらうといいですよ!」
「私もエアさんに賛成ー! イリーネが誘えばレルトラスさんの機嫌も治るし、出ている間は館が平和だし、ついでにイリーネも守ってもらえるし、良いことしかないよー!」
妙ににこにことした二人には目を向けず、イリーネは入念にナイフや瓶を確認すると、身につけている革ベルトのポケットにしまっていく。
「あのねぇ、確かにタリカを助けたときは危ない目にあったけど。二人とも、私のことをレルトラスを手懐ける便利な道具みたい使おうとしてるの、見え見えだからね」
二人はぎくりとしたが、エアはごまかすように話題を変えてくる。
「そういえば先日、レルトラス様はマイフカイル様とイリーネ様の間に秘密があると知ったそうで、自分も秘密を作ってみたいと私に相談しに来たのです。……イリーネ様、そんなに嫌そうな顔をなさらないで、とりあえず聞いて下さい。レルトラス様はあの横暴な気性と優秀な才能を持ち合わせた方のため、悩みや不安や隠し事と無縁なのです。おそらく秘密を作るのは無理です!」
「そうだろうね」
「ですから護衛を理由に連れ出して、何かイリーネ様の秘密でも教えてあげて下されば、レルトラス様も同じ秘密を持てたと勘違いして機嫌を直してくれるはずです。そうすればしばらく館が平和になるはずですので……あっ」
(やっぱり)
本音を漏らしたエアに呆れながらも、イリーネは結局レルトラスを隣に、素朴な木造りの家が並ぶラザレの町を歩いていた。
(なんか、勘違いされてるんだよな)
イリーネは水路にかかる橋を渡りながら、隣のレルトラスを見上げる。
レルトラスはタリカの不思議な雑学によって伸びた髪を気に入ったらしく、切らずにそのままにしていた。
その長さが今日の探索の邪魔にならないようにと、イリーネが後ろで一つにまとめてあげたので、フードをかぶった彼の横顔からは、尖った耳が少しだけ覗いている。
(レルトラスが私の世話をしているはずなのに。いつの間にか私がこいつの世話を押し付けられている気がする)
レルトラスはイリーネの視線に気づくと、相変わらず見るものを震え上がらせるような美しく酷薄な微笑を浮かべた。
「町で暴れないと約束したのに、まだ俺を疑っているのかい」
「あんたの本心は、弱者の嘘よりずっとたちが悪いからね」
「そうか」
(そこは納得せずに直して欲しいんだけど)
イリーネは立ち止まる。
そして小柄な身で背伸びをして長身のレルトラスに少しだけ顔を近づけると、精一杯威圧的な口調で言った。
「いい? これから教えることは、誰にも言ったらダメだからね」
「ああ。イリーネの秘密なんだろう」
「そうだよ! 本当に! 本当の秘密だからね!」
「わかっているよ」
「言わないでよ、絶対!」
しつこく念を押されるほど、レルトラスは嬉しそうに頷いた。
(こいつ、本当にわかってるのかな)
イリーネの知る限り、レルトラスには好きなものがない。
嘘もつかない。
秘密もない。
身内から存在を疎まれて田舎の館に退けられたまま、ひっそりと毎日を過ごしている彼にとって、生きることはただひたすら退屈なのだろうと想像はついた。
(別に、そんなことどうでもいいけど)
そんな投げやりな思いとは裏腹に、イリーネは楽しそうに頷いている悪魔を前にすると、降伏するような気持ちになる。
(仕方ないな。本当は教えたくないけど、出し惜しみするのやめるか)
イリーネの葛藤に全く気付かず、レルトラスは明るい声で聞く。
「それで、これからどこへ行くんだい」
「サヒーマのための素材集めだよ。いい? 大前提として、レルトラスもサヒーマのことは大切にしてね。絶対、マイフみたいな扱いをしたらダメだからね」
「わかっているよ」
「……それで私、タリカから普段サヒーマに与えているものと効果を確認して、もっと効果のありそうなものや、手に入りやすいもの、価格を抑えられるものとか色々考えたんだ」
「それが君の秘密なのかい」
「そう。だからこれから話すことは、絶対誰にも言わないでね」
「約束するよ」
探索日和の、いい天気のある日。
朝から勘が働き、イリーネはこそこそ出かける準備をしていたが、やはりエアとタリカに目ざとく見つけられることになる。
「あらイリーネ様、お出かけですか! ちょうどレルトラス様がいじけて……いえ! 自室にいらっしゃるので、護衛してもらうといいですよ!」
「私もエアさんに賛成ー! イリーネが誘えばレルトラスさんの機嫌も治るし、出ている間は館が平和だし、ついでにイリーネも守ってもらえるし、良いことしかないよー!」
妙ににこにことした二人には目を向けず、イリーネは入念にナイフや瓶を確認すると、身につけている革ベルトのポケットにしまっていく。
「あのねぇ、確かにタリカを助けたときは危ない目にあったけど。二人とも、私のことをレルトラスを手懐ける便利な道具みたい使おうとしてるの、見え見えだからね」
二人はぎくりとしたが、エアはごまかすように話題を変えてくる。
「そういえば先日、レルトラス様はマイフカイル様とイリーネ様の間に秘密があると知ったそうで、自分も秘密を作ってみたいと私に相談しに来たのです。……イリーネ様、そんなに嫌そうな顔をなさらないで、とりあえず聞いて下さい。レルトラス様はあの横暴な気性と優秀な才能を持ち合わせた方のため、悩みや不安や隠し事と無縁なのです。おそらく秘密を作るのは無理です!」
「そうだろうね」
「ですから護衛を理由に連れ出して、何かイリーネ様の秘密でも教えてあげて下されば、レルトラス様も同じ秘密を持てたと勘違いして機嫌を直してくれるはずです。そうすればしばらく館が平和になるはずですので……あっ」
(やっぱり)
本音を漏らしたエアに呆れながらも、イリーネは結局レルトラスを隣に、素朴な木造りの家が並ぶラザレの町を歩いていた。
(なんか、勘違いされてるんだよな)
イリーネは水路にかかる橋を渡りながら、隣のレルトラスを見上げる。
レルトラスはタリカの不思議な雑学によって伸びた髪を気に入ったらしく、切らずにそのままにしていた。
その長さが今日の探索の邪魔にならないようにと、イリーネが後ろで一つにまとめてあげたので、フードをかぶった彼の横顔からは、尖った耳が少しだけ覗いている。
(レルトラスが私の世話をしているはずなのに。いつの間にか私がこいつの世話を押し付けられている気がする)
レルトラスはイリーネの視線に気づくと、相変わらず見るものを震え上がらせるような美しく酷薄な微笑を浮かべた。
「町で暴れないと約束したのに、まだ俺を疑っているのかい」
「あんたの本心は、弱者の嘘よりずっとたちが悪いからね」
「そうか」
(そこは納得せずに直して欲しいんだけど)
イリーネは立ち止まる。
そして小柄な身で背伸びをして長身のレルトラスに少しだけ顔を近づけると、精一杯威圧的な口調で言った。
「いい? これから教えることは、誰にも言ったらダメだからね」
「ああ。イリーネの秘密なんだろう」
「そうだよ! 本当に! 本当の秘密だからね!」
「わかっているよ」
「言わないでよ、絶対!」
しつこく念を押されるほど、レルトラスは嬉しそうに頷いた。
(こいつ、本当にわかってるのかな)
イリーネの知る限り、レルトラスには好きなものがない。
嘘もつかない。
秘密もない。
身内から存在を疎まれて田舎の館に退けられたまま、ひっそりと毎日を過ごしている彼にとって、生きることはただひたすら退屈なのだろうと想像はついた。
(別に、そんなことどうでもいいけど)
そんな投げやりな思いとは裏腹に、イリーネは楽しそうに頷いている悪魔を前にすると、降伏するような気持ちになる。
(仕方ないな。本当は教えたくないけど、出し惜しみするのやめるか)
イリーネの葛藤に全く気付かず、レルトラスは明るい声で聞く。
「それで、これからどこへ行くんだい」
「サヒーマのための素材集めだよ。いい? 大前提として、レルトラスもサヒーマのことは大切にしてね。絶対、マイフみたいな扱いをしたらダメだからね」
「わかっているよ」
「……それで私、タリカから普段サヒーマに与えているものと効果を確認して、もっと効果のありそうなものや、手に入りやすいもの、価格を抑えられるものとか色々考えたんだ」
「それが君の秘密なのかい」
「そう。だからこれから話すことは、絶対誰にも言わないでね」
「約束するよ」
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