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54・好きにするといい
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「レルトラス様!」
エアの声が聞こえると、自室の机の前に腰掛けていたレルトラスは、髪を結う紐を指で持て遊んでいたことを隠すようにポケットへ押し込んだ。
「なんだい」
扉が開き、小さな妖精が意気揚々と羽ばたきながら部屋へと入ってくる。
「窓の外を見て下さい! 晴れ渡ったからりとした空、絶好の燃やし日和ではありませんか! 引きこもっていらっしゃらないで、たまにはマイフカイル様に会いに行きましょう!」
「いや。マイフなんかより、エールの散歩に行ってくることにしようかな」
レルトラスはマイフカイルに興味を示さず、エールに会うため自室を出た。
すれ違った時、「あの」と、エアの言いにくそうな声が耳をかすめる。
「レルトラス様はいつも……エールと散歩をしながら、イリーネ様のいなくなった場所を捜しに行かれているのですか?」
「いや。エールが館に運んでくれるまで俺はほとんど気を失っていたから、イリーネがどこでいなくなったのかはわからないんだ。エールもイリーネに気づけば教えてくれるだろうけど、もう随分日も経っているしね。ただの散歩だよ」
そのまま行こうとした足を止め、レルトラスは振り返った。
エアが静かに涙を流している。
レルトラスは淡々とした様子で、先ほどポケットの中に押し込んでいた、どこにでもある髪を結うときの紐を取り出してエアの前にかざした。
「ほら、これでエアもその銀髪をまとめるといい」
エアは驚いた様子で口に手を当てる。
「いっ……いけません! これは、イリーネ様がレルトラス様の髪を結うときに使っていた形見の……いえ、思い出の品ではありませんか!」
「構わないよ。エアが使うといい」
イリーネ以外に髪を結ってもらう気のないレルトラスは、未練なく紐を渡すと保護区へ行く。
帰巣本能のあるサヒーマたちは全て、神殿の檻から解放されてから保護区に帰って来ていて、タリカはいつものようにサヒーマの毛を梳かしていたが、レルトラスに気づくと元気な様子で顔を上げた。
「あっ、レルトラスさん!」
「エールの散歩に来たよ」
「ありがとー!」
散歩に行けるとわかり、エールは嬉しそうにレルトラスの側に向かうと、行儀よくお座りをする。
エールがレルトラスをくわえて神殿から館へ戻って来た時は、なぜか大型獣にも負けない大きさだったと聞いたが、その後は標準サイズに戻り、再び巨大化する様子もなかった。
「ねーレルトラスさん。散歩の前にちょっと息抜きしたら? 今マイフカイル様が来て下さってるよ! ほら、あそこにサヒーマ用だけど水浴び場も出来たし、空気も乾燥しているし、きっと待ってるよ。ね、マイフカイル様!」
デレデレしながらタリカの横顔を眺めていたマイフカイルは、無慈悲な提案にぎょっとする。
「えっ、え? ああ、そう、そうでした! さぁレルトラス、ここは僕の胸を借りる気持ちで八つ当たりでもして、イリーネさんのこともすっきり忘れて!」
レルトラスは騒ぐマイフカイルを空気のごとく無視して、エールの首輪にリードをつけ終えた。
「行ってくるよ」
「あれ、レルトラス? 僕の心の準備は万端で……おーい、無関心は八つ当たりより傷つきますよ!」
レルトラスは気持ちの良い日差しを浴びながら、エールと平原を歩く。
町はずれを通ると、エールとレルトラスに気づいた人は必ずと言っていいほど声をかけてきて、みんな挨拶のようにエールを撫でた。
顔見知りとなった町の人もイリーネの不在を知っているが、皆レルトラスの前で口にするのを避けている。
その後はエールの気の向くまま、レルトラスがイリーネとよく素材を取りに来た平原や川をぐるりと回って、館の側の森まで戻って来る。
「イリーネとここを歩いたこともあるよ。いつも逃げ出せる隙を探していた」
何気なく声をかけると、エールもそわそわとリードをひっぱりはじめ、森の奥へと行きたがった。
リードに制限されて自由に動けないエールの様子を見ていると、レルトラスは突然、自分とサヒーマを繋いでいるものがわずらわしく思える。
「もしかすると君も、気ままが性に合うのかな」
レルトラスはエールのそばに屈みこむと、希少なサヒーマを勝手に野に放ったことでタリカやマイフが激怒することも全く考えず、エールの首輪を取ってやる。
「好きにするといい」
エールはじっとレルトラスを見つめると、草を分けながら森の奥へと入っていった。
レルトラスはその姿を見送っていたが、やがて去ろうとする。
その視界の端で、エールが一つの木の幹によじ登り、梢から人が引きずり降ろされた。
「ちょっ、エール!? わっ、わわわっ!」
よく響く懐かしい声に耳を疑い、レルトラスは幹から落ちて地面に座り込んでいる人を見つめる。
ボロボロの旅装束をまとった、戦地か未開地から生還してきたような姿をしているその人は、少年と言うにはあまりにも可憐な顔立ちをしていた。
「レルトラス様!」
エアの声が聞こえると、自室の机の前に腰掛けていたレルトラスは、髪を結う紐を指で持て遊んでいたことを隠すようにポケットへ押し込んだ。
「なんだい」
扉が開き、小さな妖精が意気揚々と羽ばたきながら部屋へと入ってくる。
「窓の外を見て下さい! 晴れ渡ったからりとした空、絶好の燃やし日和ではありませんか! 引きこもっていらっしゃらないで、たまにはマイフカイル様に会いに行きましょう!」
「いや。マイフなんかより、エールの散歩に行ってくることにしようかな」
レルトラスはマイフカイルに興味を示さず、エールに会うため自室を出た。
すれ違った時、「あの」と、エアの言いにくそうな声が耳をかすめる。
「レルトラス様はいつも……エールと散歩をしながら、イリーネ様のいなくなった場所を捜しに行かれているのですか?」
「いや。エールが館に運んでくれるまで俺はほとんど気を失っていたから、イリーネがどこでいなくなったのかはわからないんだ。エールもイリーネに気づけば教えてくれるだろうけど、もう随分日も経っているしね。ただの散歩だよ」
そのまま行こうとした足を止め、レルトラスは振り返った。
エアが静かに涙を流している。
レルトラスは淡々とした様子で、先ほどポケットの中に押し込んでいた、どこにでもある髪を結うときの紐を取り出してエアの前にかざした。
「ほら、これでエアもその銀髪をまとめるといい」
エアは驚いた様子で口に手を当てる。
「いっ……いけません! これは、イリーネ様がレルトラス様の髪を結うときに使っていた形見の……いえ、思い出の品ではありませんか!」
「構わないよ。エアが使うといい」
イリーネ以外に髪を結ってもらう気のないレルトラスは、未練なく紐を渡すと保護区へ行く。
帰巣本能のあるサヒーマたちは全て、神殿の檻から解放されてから保護区に帰って来ていて、タリカはいつものようにサヒーマの毛を梳かしていたが、レルトラスに気づくと元気な様子で顔を上げた。
「あっ、レルトラスさん!」
「エールの散歩に来たよ」
「ありがとー!」
散歩に行けるとわかり、エールは嬉しそうにレルトラスの側に向かうと、行儀よくお座りをする。
エールがレルトラスをくわえて神殿から館へ戻って来た時は、なぜか大型獣にも負けない大きさだったと聞いたが、その後は標準サイズに戻り、再び巨大化する様子もなかった。
「ねーレルトラスさん。散歩の前にちょっと息抜きしたら? 今マイフカイル様が来て下さってるよ! ほら、あそこにサヒーマ用だけど水浴び場も出来たし、空気も乾燥しているし、きっと待ってるよ。ね、マイフカイル様!」
デレデレしながらタリカの横顔を眺めていたマイフカイルは、無慈悲な提案にぎょっとする。
「えっ、え? ああ、そう、そうでした! さぁレルトラス、ここは僕の胸を借りる気持ちで八つ当たりでもして、イリーネさんのこともすっきり忘れて!」
レルトラスは騒ぐマイフカイルを空気のごとく無視して、エールの首輪にリードをつけ終えた。
「行ってくるよ」
「あれ、レルトラス? 僕の心の準備は万端で……おーい、無関心は八つ当たりより傷つきますよ!」
レルトラスは気持ちの良い日差しを浴びながら、エールと平原を歩く。
町はずれを通ると、エールとレルトラスに気づいた人は必ずと言っていいほど声をかけてきて、みんな挨拶のようにエールを撫でた。
顔見知りとなった町の人もイリーネの不在を知っているが、皆レルトラスの前で口にするのを避けている。
その後はエールの気の向くまま、レルトラスがイリーネとよく素材を取りに来た平原や川をぐるりと回って、館の側の森まで戻って来る。
「イリーネとここを歩いたこともあるよ。いつも逃げ出せる隙を探していた」
何気なく声をかけると、エールもそわそわとリードをひっぱりはじめ、森の奥へと行きたがった。
リードに制限されて自由に動けないエールの様子を見ていると、レルトラスは突然、自分とサヒーマを繋いでいるものがわずらわしく思える。
「もしかすると君も、気ままが性に合うのかな」
レルトラスはエールのそばに屈みこむと、希少なサヒーマを勝手に野に放ったことでタリカやマイフが激怒することも全く考えず、エールの首輪を取ってやる。
「好きにするといい」
エールはじっとレルトラスを見つめると、草を分けながら森の奥へと入っていった。
レルトラスはその姿を見送っていたが、やがて去ろうとする。
その視界の端で、エールが一つの木の幹によじ登り、梢から人が引きずり降ろされた。
「ちょっ、エール!? わっ、わわわっ!」
よく響く懐かしい声に耳を疑い、レルトラスは幹から落ちて地面に座り込んでいる人を見つめる。
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