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53・ずっと
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風を切り闇に落ちながら、イリーネは身につけている革ベルトのポケットから様々な品を取り出して、エールの口の中へ入れていく。
「最後は私の宝物。エールにあげるね」
イリーネはレルトラスが河原で見つけてくれた、あの希少な成長石を渡すと、エールは素直に食べた。
底へ近づいていくうちに、穴の壁に生えた紫に発光するコケ植物が増えて少しずつ明るくなる。
視界が利く頃には、成長石の影響でエールの身体に異変が起こり始めた。
エールはみるみるうちに、背に人をのせることが出来るほどの巨獣へと変貌する。
そして軽やかな足取りで穴の壁へ前肢を着地させると、ほんのりと発光する足元を蹴りながら下へと駆けた。
イリーネは弱った腕で、その美しい聖獣のたてがみにしがみついていると、穴の底に幾何学模様が浮かぶ。
直後、地面から重い振動を感じた。
(レルトラスが受ける落下の衝撃を、受動発現する魔術防壁が軽減しているんだ)
落ちた時は巨大なてのひらに囚われていた友人が生身で墜落した可能性を想像して、イリーネの血の気が引く。
「……ユヴィ!」
どこまで広いのかわからない暗い地底に辿り着くと、辺りの静寂に、地味だが嫌な音がしりしりと響いていた。
(何、この音……)
次第に音は獰猛さを増し、おびただしい数の歯で肉をしゃぶるような、シャギシャギと軋む不快な旋律が反響する。
シャギシャギ。
シャギシャギシャギシャギ。
紫の苔の明かりに、真っ黒のどろどろとした軟体のシルエットが浮かび上がった。
それは不規則に動きながら、夢中になって音を立て、何かの肉と骨をかじっている。
(穴の底で休んでいるのはシモナじゃない。だってユヴィを……)
イリーネはエールにしがみつき、狂って叫び出したくなる衝動に耐えた。
エールが立ち止まり、りんと鈴が鳴る。
あの怪物に興味を持たれる前にと、イリーネは急いでエールの背から降りてレルトラスに駆け寄った。
顔を寄せると息遣いを感じて、胸が震えるほどほっとする。
(まだ、生きてる……)
「エール、レルトラスは無事だよ。急いで戻ろう」
エールは言われるまま、牙で傷つけないようにレルトラスをそっと口にくわえる。
イリーネがその背に飛び乗ると、エールは上を目指し、壁を伝って螺旋を描くように駆け上り始めた。
「……ここは、どこだ?」
暗がりの中、かすかなレルトラスの声が届く。
(意識、戻ったんだ。神殿から離れた地下にいて、清浄な力が弱まっていたせいかな)
少しでも安心してもらいたくて、イリーネは自分のひどい状態を悟られないように明るく返した。
「レルトラス、ここは神殿の下だよ。今、巨大化したエールがあんたを地上に運んでくれてるから。もう少しだから……がんばって。死んだりしたら、私怒るよ」
「そうだね。俺が死んだら、イリーネの願いを叶えることもできない」
「……え?」
「言っていただろう。イリーネは俺がいるだけでいいと。死んだら側にいてあげられないからね」
言った本人すら忘れている言葉を愚直に守ろうとしているレルトラスに対し、イリーネはつい笑ってしまう。
(こういう所も含めて。自分でも呆れるくらい……好きになっちゃったな)
「あのね、私だけのレルトラスにしたい気持ちもあるんだけど。残念ながら、あんたが死んで怒るのは私だけじゃないんだよ。エールも、エアも、タリカも、ついでにマイフとか……それに今のレルトラスは町の人気者だって評判だし、あんたがいなくなったら悲しむ人がたくさんいるんだからね。たくさんだよ」
「俺はイリーネだけでいい」
会ってから変わらず、幾度も投げかけられたその言葉を、イリーネは不思議な気持ちで受け止める。
「ずっと、そう言い続けてくれるね」
地上の光を感じ、イリーネは目を細めた。
(だからかな。私、変われそうだよ)
「レルトラス、ありがとう」
光が近づいてくる。
イリーネは満身創痍の中、しかし満ち足りた気持ちで目を閉じた。
「最後は私の宝物。エールにあげるね」
イリーネはレルトラスが河原で見つけてくれた、あの希少な成長石を渡すと、エールは素直に食べた。
底へ近づいていくうちに、穴の壁に生えた紫に発光するコケ植物が増えて少しずつ明るくなる。
視界が利く頃には、成長石の影響でエールの身体に異変が起こり始めた。
エールはみるみるうちに、背に人をのせることが出来るほどの巨獣へと変貌する。
そして軽やかな足取りで穴の壁へ前肢を着地させると、ほんのりと発光する足元を蹴りながら下へと駆けた。
イリーネは弱った腕で、その美しい聖獣のたてがみにしがみついていると、穴の底に幾何学模様が浮かぶ。
直後、地面から重い振動を感じた。
(レルトラスが受ける落下の衝撃を、受動発現する魔術防壁が軽減しているんだ)
落ちた時は巨大なてのひらに囚われていた友人が生身で墜落した可能性を想像して、イリーネの血の気が引く。
「……ユヴィ!」
どこまで広いのかわからない暗い地底に辿り着くと、辺りの静寂に、地味だが嫌な音がしりしりと響いていた。
(何、この音……)
次第に音は獰猛さを増し、おびただしい数の歯で肉をしゃぶるような、シャギシャギと軋む不快な旋律が反響する。
シャギシャギ。
シャギシャギシャギシャギ。
紫の苔の明かりに、真っ黒のどろどろとした軟体のシルエットが浮かび上がった。
それは不規則に動きながら、夢中になって音を立て、何かの肉と骨をかじっている。
(穴の底で休んでいるのはシモナじゃない。だってユヴィを……)
イリーネはエールにしがみつき、狂って叫び出したくなる衝動に耐えた。
エールが立ち止まり、りんと鈴が鳴る。
あの怪物に興味を持たれる前にと、イリーネは急いでエールの背から降りてレルトラスに駆け寄った。
顔を寄せると息遣いを感じて、胸が震えるほどほっとする。
(まだ、生きてる……)
「エール、レルトラスは無事だよ。急いで戻ろう」
エールは言われるまま、牙で傷つけないようにレルトラスをそっと口にくわえる。
イリーネがその背に飛び乗ると、エールは上を目指し、壁を伝って螺旋を描くように駆け上り始めた。
「……ここは、どこだ?」
暗がりの中、かすかなレルトラスの声が届く。
(意識、戻ったんだ。神殿から離れた地下にいて、清浄な力が弱まっていたせいかな)
少しでも安心してもらいたくて、イリーネは自分のひどい状態を悟られないように明るく返した。
「レルトラス、ここは神殿の下だよ。今、巨大化したエールがあんたを地上に運んでくれてるから。もう少しだから……がんばって。死んだりしたら、私怒るよ」
「そうだね。俺が死んだら、イリーネの願いを叶えることもできない」
「……え?」
「言っていただろう。イリーネは俺がいるだけでいいと。死んだら側にいてあげられないからね」
言った本人すら忘れている言葉を愚直に守ろうとしているレルトラスに対し、イリーネはつい笑ってしまう。
(こういう所も含めて。自分でも呆れるくらい……好きになっちゃったな)
「あのね、私だけのレルトラスにしたい気持ちもあるんだけど。残念ながら、あんたが死んで怒るのは私だけじゃないんだよ。エールも、エアも、タリカも、ついでにマイフとか……それに今のレルトラスは町の人気者だって評判だし、あんたがいなくなったら悲しむ人がたくさんいるんだからね。たくさんだよ」
「俺はイリーネだけでいい」
会ってから変わらず、幾度も投げかけられたその言葉を、イリーネは不思議な気持ちで受け止める。
「ずっと、そう言い続けてくれるね」
地上の光を感じ、イリーネは目を細めた。
(だからかな。私、変われそうだよ)
「レルトラス、ありがとう」
光が近づいてくる。
イリーネは満身創痍の中、しかし満ち足りた気持ちで目を閉じた。
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