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14 見抜いた事情

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(レイナルト殿下の手……極寒の地にでもいたかのように、冷え切っているわ)

 ミスティナが触れることで精度を上げて『視』たのは、レイナルトの魔力だ。
 魔力は量に個人差があれど誰もが持つ力で、生命の源のように全身に巡っている。
 減っても回復するので尽きることはないはずだが、無くなったまま時間が立てば命を落としてしまう。

「……魔力が枯渇しかけていますね」

「わかるのか?」

「はい。公には伏せていますが」

 ミスティナは自分の鑑定眼について説明した。
 レイナルトはミスティナの話を静かに聞き終えると、静かに尋ねる。

「なるほど。俺も最近知ったが、魔力が急激に減ると体温が低下するらしいな」

 つまりそれまで、レイナルトは魔力の枯渇を知らなかった。
 彼は幼いころから、不当に攻めてきた他国の軍隊を壊滅させたり、凶悪魔獣の大量発生を殲滅させたなど、伝説的な逸話がいくつもある。

 そしてミスティナは薬庫を見て、無尽蔵と思われたレイナルトの魔力の枯渇に思い当たっていた。

「レイナルト殿下の魔力低下の原因は、半年ほど前から魔病の方に魔力を渡しているからですよね?」

 レイナルトの目が楽しげに細められる。

「なぜそう思った」

「あなたが魔力に関する治療薬を集めていると聞きました。そして古城の薬庫にはあなたに必要とは思えないもの、魔力を増やしたり回復させる品ばかりです。魔導杖まで置かれていました」

 魔導杖には簡単な魔術が詰められていて、それを使えば誰でも魔術を使える杖だ。
 つまり天才的な魔術師であるレイナルトに、最も必要のないものでもある。
 ただミスティナは前世の知識から、魔導杖の別の用途を知っていた。

「レイナルト殿下は魔導杖で、少し変わった使い方をしているのではありませんか? 例えば魔力を変換する媒体として使い、魔力低下した誰かに魔力を分け与えるとか」

 魔力は輸血のように渡せるが、現実的ではない。
 相性にもよるが、渡す相手の魔力の質に合わせると、渡せる量が本来の魔力量の本来の1%にも満たないことがほとんどだ。
 そのため慢性的な魔力低下を発症した者は魔力の供給が足りず、基本的に命を落としてしまう。

「レイナルト殿下が消耗するほどの魔力が必要だとすれば、その人は通常ならすでに命を落とすほど衰弱している。重度の魔力低下を起こしているのですよね?」

 それが事実なら、助けるのは無謀としか思えない試みだった。

(それでもレイナルト殿下は、魔病に苦しむ誰かを救おうとしているんだわ。半年もの長い間、自分の魔力を……命を削るように渡し続けている)

 それがいつまで持つか、誰にもわからない。
 ミスティナは凍てつくように冷たい彼の手を、温めるように握りしめた。

「レイナルト殿下、あなたの助けようとしている方の治療薬を、私に作らせてもらえませんか?」

 レイナルトはしばらく黙っていた。
 ミスティナが待ち続けると、彼は複雑な感情を吐露するかわりに視線を伏せる。

「ありがたい申し出だが……。俺は半年間、その魔力低下の治療方法を探し続けた。わかったのはその治療薬が、古の時代から忘れ去られているということだ」

「私はその時代に書かれた書物を読むことができます。薬術も使えます。きっとお力になれるはずです」

「……そんなことができるのか?」

「可能性は十分にあります」

 魔病を発症した者は無用な差別を受けたり、病んだ姿を人に見られたくないため、人目を避けることが多い。
 しかしミスティナは引かなかった。

「レイナルト殿下とその方の魔力がいつまで持つか、誰にもわかりません。できるだけ早く魔病者の容態を確認して、治療に協力したいんです」

「だがあいつは……」

 レイナルトはなにかをためらっているようだったが、すぐに判断を決めて言葉を続ける。

「いや、悠長なことは言ってられないな。あいつの慢性的な魔力低下は原因不明だ。この半年の間に様々なことを試したが、どれも完治には繋がらなかった。今日は互いに死にかけた」

「取り返しのつかなくなる前に、お手伝いしたいんです。その方の症状を確認させていただけませんか? できれば今すぐに」

 ミスティナが熱心に訴えると、レイナルトは意外そうな顔をした。

「君は少し前まで病み上がりだったというのに……誰にも気づかれなかった俺の事情を見抜いて、治療までするつもりなのか。すごい行動力だな」

「あなたの密書で呼ばれて、喜んで弟を捜しに来るくらいには」

「そうか。君は弱者を見殺しにすることなど考えない人だったな」

「弱者だからではありません。魔病の方はもちろんそうですが、私はレイナルト殿下が心配です」

 ミスティナは迷いなく彼を見つめた。
 レイナルトはその眼差しを不思議そうに受け止めていたが、ふと微笑を浮かべる。

「そんなこと、はじめて言われたよ。……ありがとう」

 レイナルトはミスティナに包まれていた手を解くと、改めて差し出した。
 ようやく温かくなったその手を、ミスティナは取る。
 詠唱もなく、ふたりの足元に転移用の魔術陣がまばゆく浮かび上がった。
 魔力の流れが風を生み、部屋を駆け抜ける。

(これが転移魔術……久々すぎるわ。じっとしていればいいはずだけど)

「これから向かうことを、あいつに連絡しておく」

 レイナルトの指先に小さな魔術陣が形成され、そこから彼の緋色の瞳の色と同色の魔鳥が形作られた。
 それはふたりの足元にある転移魔術陣へと羽ばたき、吸い込まれていくように姿を消す。

「転移中は転移陣の外に出ると危険だ。俺のそばにいてくれ」

 ミスティナは繋いだ手をそのままに、レイナルトへと寄り添った。
 レイナルトは安心させるように彼女の肩を抱く。

「大丈夫、離さないから」

 転移陣が足元で光を放つ。
 部屋に風を残したまま、ふたりの姿はこつ然と消えた。


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