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13 名推理

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「お菓子にはオレンジ、茶葉にもオレンジがブレンドされているでしょう? 甘くて香り高くて爽やかな酸味、本当においしいわ」

 ミスティナはまだ父が王権を担っていたころ、グレネイス帝国のお土産としてもらったオレンジ入りのお菓子を思い出す。

(レイナルト殿下が帰ってこれないということは、おそらく現在いる場所から送ってくれたはず)

「これはファオネア地方のオレンジじゃないかしら」

「ミスティナ様、名推理です!」

 リンは目を輝かせる。

「もしかするとレイナルト様は、ファオネア辺境伯のもとへ向かっているのかもしれません。ふたりの年齢は親子ほど離れていますが、辺境伯はレイナルト様に忠誠を誓う騎士でもあります」

(つまりレイナルト殿下は半年ほど前から毎日、転移魔術でファオネア辺境伯のもとに通っているということかしら)

「その外出がはじまる半年ほど前に、なにかあったの?」

「ありましたね。ミスティナ様もご存知だと思いますが」

 ロンはオレンジ色のマカロンを頬張りながら声をひそめる。

「我が国は二年ほど前、先代の皇帝が現在の皇帝に討たれる形で代替わりしまして……。レイナルト様はそれから一年以上、行方をくらませていました」

 その話はミスティナだけでなく、世界中で知られている。

 レイナルトの祖父である先代の皇帝は国土を広げるため、周辺の蛮族をためらいなく平定する野心家だった。
 そんな気質の先代皇帝は強い者を好み、戦果を収め続ける孫のレイナルトを時期皇帝に指名していた。
 しかし先代の皇帝は、彼が見向きもしなかった病弱で温厚なレイナルトの父に討たれることで、その皇帝の座を息子に奪われる。

 もちろん時期皇帝に指名されていたレイナルトが本当の皇帝だと推す者もいたが、肝心のレイナルトは行方をくらましていた。
 そして現皇帝が治める帝国は侵略で疲弊することもなくなり、現在は平穏を取り戻しつつある。

 ミスティナはレイナルトと過ごしたこともあり、彼の目的がわかる気がした。

「レイナルト殿下が身を隠していたのは、彼のお父様……現在の皇帝陛下に地位を譲るためかしら」

「恐らくは。本人の意志とは関係なく、『レイナルト殿下こそが皇帝だ』と騒ぐ者が後を絶ちませんから」

「それで今から半年ほど前、現皇帝の治世が安定し、ほとぼりが冷めたころに戻られたのね」

「はい。それから毎日、転移魔術で外出されるようになりました。それになにかの薬を集めているようです」

「レイナルト殿下が薬を?」

「ええ、古城の薬庫も拡張して、色々な薬がありますよ。ぼくたち使用人にはさっぱりわかりませんが」

(薬なら、私もお役に立てるかもしれないわ)

 薬庫を見たいと頼むと、ロンは快諾してくれた。
 ミスティナはお茶を終えると、片付けをはじめたリンに見送られて城内へと戻る。

 広く古い城はよく手入れされていて、たたずまいに歴史の重みがあった。
 食堂までの途中、亜人の使用人たちとすれ違ったので挨拶をする。
 誰もがはじめて会うミスティナに驚いた様子で、うやうやしく礼をして道を開けてくれた。

「レイナルト殿下に仕えている人たちは、とても礼儀正しいのね。お城も掃除が行き届いているし、働き者だからかしら」

 現在の王宮ではヴィートン公爵夫妻に媚びれば、驚くような小遣いがもらえる。
 そのため怠慢な使用人が大半で、不遇の扱いを受けるミスティナが挨拶を返してもらえることは、ほとんどなかった。

「ミスティナ様はぼくたちのような亜人でも、人として扱ってくれるんですね」

 ロンがふと呟いた言葉に、ミスティナはレイナルトに関する噂を思い出した。

(残虐な帝国の皇太子が、亜人を見れば容赦なく略奪している話は有名だわ)

 少数派の亜人たちは、昔から権利や立場を軽んじられる傾向がある。
 迫害を受けて売り飛ばされたり、命を落とすこともあった。

「ねぇロン、どうしてレイナルト殿下の使用人たちは、亜人ばかりなの?」

「ここにいる亜人は、故郷を失って帰るところのない者ばかりです。ほくとリンも以前は小さなリス亜人の集落で暮らしていましたが、そこは野盗に荒らされて壊滅しました」

 リンとロンは奴隷として売り飛ばされ、過酷な日々を過ごしていた。
 そこをレイナルトに助けられる。

「レイナルト様は冷酷だと怖がられているようですが、それはぼくたち亜人をさらったような悪いやつらにだけです。こうして生活に困った亜人を助けて、人として接してくれます。ぼくたちの恩人です」

 ロンの横顔は誇らしげだった。

(どうやらレイナルト殿下は、迫害されている亜人を保護していただけのようね)

 それが亜人をさらうと歪曲した噂になっているらしい。

「ですからミスティナ様にも、誤解をしないでほしいんです。ぼくたちは虐げられたりしていません!」

「そうね。レイナルト殿下はその強さと潔い判断から、誤解されやすいのかもしれないわ。亜人だけでなく、女性に対しても冷たい仕打ちをするという話も聞いたことがあるし」

「それはレイナルト様に言い寄ってくる無礼な女性に対して、真っ当な対応をしているだけです! 彼は皇太子という高貴な立場に、あの風格と整ったお姿ですから。失礼な女性にまとわりつかれることも多く、女性嫌いになってしまったかと心配していました。でもミスティナに対しては、あんなに献身的で……」

 ロンはなにかを思い出したのか、嬉しそうに笑う。

「本当に、ミスティナ様に惹かれているのでしょうね」

 地下の薬庫に着くと、そこはさまざまなハーブの香りがなじんでいた。
 窓のない室内を魔灯で照らすと、かなり奥行きのある広さだとうかがえる。
 ミスティナは整然と並べられた棚を両脇に、足音を響かせながら進んだ。
 頭上からは薬草がつるされ、様々な壺や瓶が所狭しと並べられている。

「レイナルト殿下が集められている薬は、魔力に関する品のようね。それも魔力を増したり安定させたりする魔力治療薬ばかりだわ」

「魔力治療ですか? レイナルト様は幼いころから先代の皇帝に命じられて、常に戦地や魔獣討伐に向かわされていたそうです。それから今まで一度も、魔力が衰えたり枯渇したことがないと伝説になるほどですが……」

「不思議ね。魔力治療の薬なんて、レイナルト殿下には一番必要のないものに思えるけれど」

 ミスティナは壁際にいくつも立てかけられている魔導杖まどうじょうに気づいた。

(これはまるで……)

 ミスティナが魔導杖を手に取ると、ロンも興味深げにしている。

「それはなんですか?」

「魔術が使えない人でも手軽に扱える、簡易魔術が込められた杖よ。ロンも使ってみる?」

「えっ!? 危なくないんですか?」

「ここにあるものはね」

 ミスティナは意識を集中して魔導状に魔力を込めた。
 ロンはそれを受け取り、わくわくした様子で振りかざす。

「……なにも起こりません」

「柄にスイッチがあるから、押してみるといいわ」

「お。これですね」

 その瞬間、ロンの姿は杖とともにこつ然と消える。

「わっ! 見えなくなってます。でも……これではぼくが食卓についても、ごはんを運んでもらえなくなってしまうのでは?」

「詰めてある魔術が切れたら戻るから、大丈夫よ」

 ロンの姿は見えないが、安堵したように息をつくのが聞こえる。

「魔術ってすごい!」

 ロンは姿のないまま足音をぱたぱたと鳴らし、鏡の前で止まって透明な自分を確認しているようだった。
 彼がはしゃいでいる間、ミスティナはいくつかの杖を確認する。
 そしてレイナルトがしようとしていることに気づいた。




 *

 人々が寝静まった夜更け。
 ミスティナは私室の扉を開けたまま、ソファに座って居眠りをしていた。
 肩になにかが触れる。
 見上げた先にはレイナルトが立っていた。

「すまない、起こしたか」

「ありがとうございます。私が寝冷えしないように、着ていた外套をかけてくれたんですね。温かいです」

 ミスティナが嬉しそうに外套にくるまれているのを見て、レイナルトは苦笑する。

「それもあるが。君があまりにも無防備だから、思わず抱きしめそうになって自衛した。俺たちはまだ婚約していないらしいからな……」

 はぁ、とため息をつく姿がいかにも残念そうだ。

「君が待っているのにと、リンに怒られたよ。さっそく懐かれようだな」

「リンはおしゃれが好きなんです。レイナルト殿下に会う前だからとはりきって、私の身支度も整えてくれました」

「ああ。今日の君は本当にきれいだ。正直、俺以外の誰にも見せたくなかったが」

「お城を散策して、使用人のみなさんにたくさん褒めていただきました」

「わかってる。俺が遅くなったせいだ」

 レイナルトは明らかに落胆している。
 ミスティナが寝ぼけ眼をこすりながら微笑んだ。

「今日は忙しくてなかなか戻れなかったんですよね。来てくださってありがとうございます、お疲れなのに」

「そうでもない。君に会えたから」

 レイナルトはテーブルを挟んで向かいの席に腰を下ろした。

「俺に話があるんだろう?」

「はい。できるだけ早くお話したいことがあります。その前に、レイナルト殿下と握手をしてもいいですか?」

「もちろん」

 レイナルトはなにも質問せず片手を差し出した。
 その大きな手を、ミスティナは両手でそっと包む。
 予想していた通りだった。




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