【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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32 貸し切り大聖堂

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   ◇

 朝の光がステンドグラスを透かし、七色の光が床に散っている。
 巡回の足音はいつもより多く、大聖堂は緊張感でぴんと張り詰めていた。

 中央塔の広間には、正装の司祭たちがずらりと整列している。
 出口付近には公爵の姿。

 私とエトワールは並んで立ち、大聖女のすぐ隣に控えていた。

 祭壇を背にした大司教が、一歩前へと進み出る。
 彼の口から厳かな声が響き渡った。

「本日は、大聖女とともに、神獣へ祈りの舞を捧げる」

 広間にいる人々の表情が、自然と引き締まる。
 大司教の次の言葉を、その場にいる全員が静粛に待った。

「まずは、鬼ごっこから始める」

「…………え?」

 しん、とした沈黙が、みるみるうちにざわめきへと変わっていく。

 大司教の厳格な雰囲気は崩れない。
 聖典をしっかり胸に抱き、真面目な顔つきで視線を巡らせた。

「古き聖典に記された“祈りの舞”。それは聖女と神獣が心を通わせる儀。今日はそれを、厳粛に実践する」

 横目で見ると、エトワールはにこにこしている。
 大聖女の瞳はステンドグラスの光を受け、虹色に煌めいていた。

   ◇

 笛の合図とともに、司祭たちが慌てて四方へ走り出した。

「つかまえましたわ!」

「エトもっ!」

「まだまだですわっ!」

 普段は静かな大聖女が、エトワールと楽しげに駆け回る。
 司祭たちは修業僧のように必死で逃げるものの……

「ぐっ……はぁ……裾が……!」

「引っかかった!? 待っ……ああぁ!」

 重い正装で身動きが鈍く、袖を踏みつけたり足をもつれさせたり、次々と捕まっていく。
 恨めしげな視線が私へ向けられる。

「ぜぇぜぇ……これが、祈りの舞……なのか?」

「こ、こんなことで……はぁはぁ、大聖女様が……」

「ええ、ご快復します。ついでに大人の心肺機能も」

 運動不足の司祭たちは、見事に全滅した。

 大聖女とエトワールが息を弾ませ、大聖堂内に笑い声が響き合う。

「次は、かくれんぼですわ!」

「エトもっ! おとぅしゃま、みつけましゅ!」

 ルールは簡単。
 夕刻の鐘が鳴るまでに、隠れた者を見つける。

 司祭たちは一斉に胸をなでおろした。

「もう走らなくていいのか……助かった」

「ここは我々の庭。身を潜める場所なら自信がある!」

 合図と同時に、司祭たちは得意げにあちこちへ姿を消していく。
 子どもたちの要望で、公爵も参加することになる。

 数を数え終えた大聖女とエトワールが、ぱっと駆け出した。

「第一発見! 侍祭ブリュノ、祭壇裏で確保!」

「二番、司祭グレゴリ、礼拝堂のカーテン!」

 見つかるたびに名乗りが上がり、大聖堂内は笑い声で満ちていく。

「全司祭確保……ただし、公爵閣下を除く!」

「おとぅしゃま、しゅごい!」

「かっかは、そうとうのてだれですわ!」

 大司教が腕を組み、うなりながら声を張る。

「よし。全員で公爵閣下を捕獲せよ!」

 総出で散る司祭たちの真剣な様子に、思わずくすりと笑った。

   ◇

「お昼にしましょう。見つけるのは、そのあとで」

「あいっ!」

「みつけてみせますわ!」

 大聖堂の回廊を抜けて中庭に出ると、ぽかぽかの陽光が差し込んでいた。

 ガゼボの席には、ふわふわのパンケーキとカラフルなチップスが並んでいる。
 ナイフを入れると、パンケーキはふわりと沈み、食欲をそそる香りと甘みが広がった。

「もっちもちですわ!」

「レオしゃま、これ、おくちでパリパリって!」

「あっ……カリッていいましたわ!」

 そばに控える侍女は、驚いたように手で口元を押さえた。

「大聖女様が、完食しています……!」

 食後、エトワールが私の隣に寄り添い、すぐに寝息を立てはじめる。
 大聖女は少し迷ったように視線を落とし、私の反対側にちょこんと腰を下ろす。

「……わたくしも」

 雷のときとは違い、今度は自分からそう言って、私にそっともたれる。

「大聖女様が……初めて、お昼寝を」

 侍女が胸の前で手を合わせ、そっと囁いた。
 扉の外では、大司教が静かに目を細めている。

(どっちを見ても、あどけない寝顔……かわいい!)

 二人分の体温を感じていると、私まで自然とまぶたが重くなってきて……

 ふと、柔らかな感触がした。
 大きな白犬が、私の横に寄り添っている。

 神秘的な眼差しなのに、ふわふわの毛並みが心地よい。

(あったかいわ)

 そのぬくもりに身をゆだねていると、心までやわらかく包まれるようだった。

「……ん」

 ゆっくり目を開ける。
 私の脇にはエトワールと大聖女がくっついて眠っていて、私の肩には毛布が掛けられている。

(毛布……あぁ、それで白犬の夢を見たのかしら?)

   ◇

 やがて大聖女が目を覚まし、真剣な瞳で私を見上げた。

「わたくし、ていとをみたいですわ」

 せっかくなので、いつもの遊び部屋からは見えない方角の塔へ上ることにした。

 最上階へ出ると、眼下には壮大な帝都の街並みが広がった。
 立ち並ぶ屋根が斜陽を受け、一斉にきらめいていた。

「こうじょうは、どこですの?」

「あちらです」

 私が指し示す先には、巨塔のような皇城がそびえ立っていた。

「……おおきくて、とおいですわね」

 皇城を見つめる幼い横顔を、夕日が金色に照らしている。

「あっ! おとぅしゃま、みつけた!」

 鐘楼の梁の上に、公爵が悠然と横たわっていた。
 夕日を背にしたその影は、まるで塔を守る獅子……いや、忠犬かも。

「エト、やりましたわね!」

「レオしゃま、おそとみてくれたから!」

「わたくしたちの、しょうりですわ!」

 二人は手を取り合い、鐘の音にも負けないほどの笑い声を響かせる。

 大聖女の笑顔は増えた。よく眠り、食欲も戻った。
 あとは、彼女の心を癒やす“最後の一歩”。

(でも、焦ってはいけないわ)

 時が訪れるまで、静かに見守ろう。そう決めた矢先――

 それは、すぐに訪れた。
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