ストレンジストーリー

女性化アプリ

直人はいつものようにソファに沈み込み、スマホをいじっていた。最近話題の「性別変換アプリ」がSNSで流行っており、彼のタイムラインにも次々と友人たちが女性化した自分の顔を投稿していた。半信半疑ではあったが、面白半分で試してみようと思い、アプリをダウンロードした。

画面の指示に従って自撮りを撮ると、数秒後に変換された自分の女性版が表示された。驚くほど綺麗に仕上がっていた。まるで別人のようだが、どこか自分の面影も残っている。彼は思わず笑ってしまった。

「意外と悪くないな…」

ふと、遊び心が湧いて、その画像をSNSにアップロードした。投稿はすぐに反響を呼び、友人たちからも「本当にこんなに可愛くなれるの？」や「すごい！」といったコメントが次々と寄せられた。彼は満足げにそのまま眠りに落ちた。

だが、翌朝、目を覚ました瞬間、違和感が全身を包み込んだ。身体が軽い。目覚めたばかりのぼんやりとした意識の中で、彼は自分の手を見下ろした。指が細く、爪が綺麗に整えられていることに気づき、慌てて鏡に駆け寄った。

鏡に映っていたのは、アプリで変換した女性の顔だった。

「えっ、なにこれ……」

彼の声も、高く柔らかい女性の声に変わっていた。混乱しながら、スマホを手に取り、家族に電話をかけた。

「お母さん、俺、変なことが起きたんだ！」

しかし、電話の向こうから返ってきた母の声は驚きもしなければ、慌てもせず、普通に返事をした。

「何を言ってるの？奈津美、いつもそんな声じゃない。どうしたの？」

その瞬間、彼は全身に冷たい汗が流れるのを感じた。まるで、彼が初めから女性であったかのように家族は話している。

「奈津美って誰っ、俺は直人だよ！俺は男だったんだ！昨日まで確かに……」

「本当にどうかしちゃったの？奈津美は小さい頃からずっと女の子だったでしょう？昨日何かあったの？」

完全に現実が歪んでいることに気づいた彼は、頭を抱えた。慌ててSNSを確認しても、そこには友人たちとの昔の写真が投稿されていたが、全てが彼が女性であることを前提にしたものに変わっていた。幼い頃からの家族写真、学校の思い出、全てが彼の知らない「新しい現実」に書き換えられていた。

「なんで……なんでこんなことに……」

彼は仕事に行くことさえできなかった。というより、職場からも「昨日の会議で話した通り」と言われ、まるで自分が女性として仕事をしていたかのように扱われていたのだ。周囲のすべてが、彼が男性であった過去を忘れていた。

時間が経つにつれて、彼はますます孤立感を感じるようになった。自分だけが変わってしまったという感覚。そして、周りは誰一人としてその異変に気づいていない。

唯一の手がかりは、あの「性別変換アプリ」だ。しかし、アプリを再度開こうとすると、既にアンインストールされているかのように消え失せていた。ダウンロード履歴にも痕跡はなく、ネット上でアプリの名前を検索しても何も出てこなかった。

彼は真実を知るためにあらゆる手段を試したが、元の姿に戻る手がかりは一向に見つからなかった。やがて彼は、この新しい自分の姿に順応せざるを得なくなり、日常を再び取り戻そうとした。しかし、心の奥底ではずっと、誰にも理解されない孤独を抱え続けていた。

そしてある日、鏡の前でふと呟いた。

「もう、元には戻れないんだろうか……？」

返ってくる声は、完全に彼女のものになっていた。