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幼馴染・新川結衣
しおりを挟む朝食を終え、食器を片付ける母さんに見送られながら、俺は家を出た。
スカートの裾がふわりと揺れる感覚にも、まだ慣れない。
「はぁ……やっぱり夢じゃないよな……」
家の前の通りは、見慣れた風景だった。
ここに住んで十年以上、毎日見てきた景色。だけど、俺の体だけが"田中美紀"になっている。
そんなことを考えていると、前方から聞き慣れた声がした。
「美紀、おはよう!」
「……え?」
顔を上げると、近所に住む**新川結衣**が駆け寄ってくるのが見えた。
新川結衣――俺(田中健太)が"健太だった頃"からの幼馴染だ。
元気で明るく、何事にも物怖じしない性格。中学までずっと一緒で、高校も同じになったはず……だった。
「おはよう、って、え?」
一瞬、呼ばれた名前に違和感を覚える。
結衣はまるで何も違和感を感じていない様子で、俺の腕をぽんっと叩いた。
「どうしたの? まだ寝ぼけてるの?」
「い、いや……」
どう見ても、結衣の態度はいつも通りだ。
でも、"田中健太"じゃなくて"田中美紀"として俺を見ている。
「ほら、早く行こ! それとさ、後で宿題見せてね!」
「……は?」
俺は思わず目を見開いた。
「宿題やってないの?」
「へへっ、昨日ちょっとスマホいじってたら寝ちゃってさ~。美紀、いつもちゃんとやってるでしょ?」
「え、あ、うん……?」
"いつもちゃんとやってる"――?
俺は昨日まで、宿題をギリギリにやるタイプだった。むしろ、結衣に「お前、手伝えよ!」って頼んでいたのは俺の方だったはずだ。
「何よ、そんな変な顔して。まさか、宿題やってないとか言わないよね?」
「……た、多分やってる……はず……」
「よかった~! じゃあ後で見せてね!」
結衣はニコッと笑い、俺の腕を軽く引いた。
その瞬間、俺は確信した。
この世界では、俺は"田中美紀"として生きてきたことになっている。
結衣も、家族も、誰も違和感を抱いていない。
「……やばいな、これ……」
結衣の無邪気な笑顔を横目に、俺は自分がとんでもない世界にいることを改めて実感した。
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