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銭湯での再会
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夕暮れの路地に、銭湯の煙突が黒い影を落としていた。タイムトラベルで性転換した美咲は自身の体を確認する為に銭湯の暖簾をくぐり中にはいった、番台の向こうからラジオの音と湯気の匂いが混ざり合って流れてくる。小銭を差し出し、棚からタオルと石鹸の包みを受け取った。紙に包まれた石鹸は、どこか懐かしい匂いがした。
脱衣所の木の床はきしみ、籠の中には昭和の時間がそのまま詰め込まれているようだった。服を脱いで裸になると男性だった達也の体は完全に綺麗な女性の体に変身していた。「凄い、完全に女の体だ。」程よく膨らんだBカップくらいの胸と何もないスッキリとした女性の股間に少しの陰毛。鏡の前で自身の体を確認した美咲は深呼吸をひとつして、女湯の引き戸を開けた。
洗い場には、もう何人かの客がいた。桶に湯を汲む音、壁に反響する話し声。美咲は空いている場所を見つけ、腰を下ろす。タオルを肩にかけ、石鹸を泡立てながら、静かに体を洗い始めた。湯気に包まれると、昼間の出来事が遠い夢のように感じられる。
そのとき、引き戸が開く音がした。
「ほら、足元気をつけてね」
聞き覚えのある声だった。美咲の手が、一瞬止まる。視線を上げなくても分かる。その声の主が誰なのかを。
母親と、小さな男の子。
三歳の、自分自身。
男の子は母親の手を握りながら、きょろきょろと洗い場を見回している。大きな湯船、天井の高い空間、見知らぬ大人たち。そのすべてが、冒険の舞台のように映っているのだろう。
やがて男の子の視線が、美咲のところで止まった。
じっと見つめ、少し考えてから、無邪気な声で言った。
「あっ、おねえちゃんも、おふろにきたの?」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。さっき公園で聞いたのと、同じ響き。同じ好奇心。
美咲は泡を洗い流し、そっと微笑んだ。
「うん。お風呂、好きだから」
「ぼくも!」
男の子は得意げに答え、母親に促されて隣の洗い場に座った。母親は美咲に軽く会釈をし、何の疑いもなく、日常の延長としてそこにいる。
美咲は視線を落としながら、心の中で必死に感情を整えた。声をかけたい。名前を呼びたい。でも、それはできない。ここでの自分は、ただの通りすがりの「お姉ちゃん」なのだから。
男の子は桶で湯をすくい、ぱしゃぱしゃと遊びながら、また話しかけてきた。
「おねえちゃん、あついのへいき?」
「ちょっとだけね」
「すごいね」
その「すごいね」という言葉が、なぜか胸に刺さった。これから先、何度も弱さを知り、我慢を覚え、平気なふりをする人生が待っている。その始まりに、こんな言葉を向けられるとは思わなかった。
「おねちゃんには、なんでおちんちんがないの?」
突然のおかしな質問に美咲はびっくりした。
「そうね、女の子にはないのよね、、」
「じゃあぼくのを上げるよ!」
すると母親が慌てて
「ごめんなさいね、この子が変な事を言っちゃって、もう湯船に行くわよ、」と言って、男の子は元気よく頷いた。
「じゃあね、おねえちゃん!」
小さな手が、ぱっと振られる。
美咲も、静かに手を振り返した。
「ゆっくりあったまってね」
二人が湯船の方へ向かう後ろ姿を見送りながら、美咲は桶に湯を汲んだ。湯気の向こうで揺れるその背中は、確かに過去であり、同時に、ここまで生きてきた自分自身の証でもあった。
湯を頭からかぶり、目を閉じる。銭湯のざわめきの中で、美咲はそっと確信していた。
この旅は、後悔を消すためではない。過去を、ただ静かに肯定するためのものなのだと。
脱衣所の木の床はきしみ、籠の中には昭和の時間がそのまま詰め込まれているようだった。服を脱いで裸になると男性だった達也の体は完全に綺麗な女性の体に変身していた。「凄い、完全に女の体だ。」程よく膨らんだBカップくらいの胸と何もないスッキリとした女性の股間に少しの陰毛。鏡の前で自身の体を確認した美咲は深呼吸をひとつして、女湯の引き戸を開けた。
洗い場には、もう何人かの客がいた。桶に湯を汲む音、壁に反響する話し声。美咲は空いている場所を見つけ、腰を下ろす。タオルを肩にかけ、石鹸を泡立てながら、静かに体を洗い始めた。湯気に包まれると、昼間の出来事が遠い夢のように感じられる。
そのとき、引き戸が開く音がした。
「ほら、足元気をつけてね」
聞き覚えのある声だった。美咲の手が、一瞬止まる。視線を上げなくても分かる。その声の主が誰なのかを。
母親と、小さな男の子。
三歳の、自分自身。
男の子は母親の手を握りながら、きょろきょろと洗い場を見回している。大きな湯船、天井の高い空間、見知らぬ大人たち。そのすべてが、冒険の舞台のように映っているのだろう。
やがて男の子の視線が、美咲のところで止まった。
じっと見つめ、少し考えてから、無邪気な声で言った。
「あっ、おねえちゃんも、おふろにきたの?」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。さっき公園で聞いたのと、同じ響き。同じ好奇心。
美咲は泡を洗い流し、そっと微笑んだ。
「うん。お風呂、好きだから」
「ぼくも!」
男の子は得意げに答え、母親に促されて隣の洗い場に座った。母親は美咲に軽く会釈をし、何の疑いもなく、日常の延長としてそこにいる。
美咲は視線を落としながら、心の中で必死に感情を整えた。声をかけたい。名前を呼びたい。でも、それはできない。ここでの自分は、ただの通りすがりの「お姉ちゃん」なのだから。
男の子は桶で湯をすくい、ぱしゃぱしゃと遊びながら、また話しかけてきた。
「おねえちゃん、あついのへいき?」
「ちょっとだけね」
「すごいね」
その「すごいね」という言葉が、なぜか胸に刺さった。これから先、何度も弱さを知り、我慢を覚え、平気なふりをする人生が待っている。その始まりに、こんな言葉を向けられるとは思わなかった。
「おねちゃんには、なんでおちんちんがないの?」
突然のおかしな質問に美咲はびっくりした。
「そうね、女の子にはないのよね、、」
「じゃあぼくのを上げるよ!」
すると母親が慌てて
「ごめんなさいね、この子が変な事を言っちゃって、もう湯船に行くわよ、」と言って、男の子は元気よく頷いた。
「じゃあね、おねえちゃん!」
小さな手が、ぱっと振られる。
美咲も、静かに手を振り返した。
「ゆっくりあったまってね」
二人が湯船の方へ向かう後ろ姿を見送りながら、美咲は桶に湯を汲んだ。湯気の向こうで揺れるその背中は、確かに過去であり、同時に、ここまで生きてきた自分自身の証でもあった。
湯を頭からかぶり、目を閉じる。銭湯のざわめきの中で、美咲はそっと確信していた。
この旅は、後悔を消すためではない。過去を、ただ静かに肯定するためのものなのだと。
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