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帰りの電車
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プールサイドで息を整えながら、二人はしばらく水に足を浸したまま並んでいた。天井の照明が水面に反射し、揺れる光が壁に映っている。さっきまでの競泳の余韻が、まだ体の奥に残っていた。
秀一が、少し考え込むような間を置いてから口を開いた。
「……美咲さんって、スタイルがいいですね」
その言葉が耳に届いた瞬間、美咲の心臓が跳ねた。
「えっ……?」
一拍遅れて、顔が一気に熱くなるのが分かる。
「やだ……」
反射的にそう言って、両手で胸元を押さえるように水着を隠した。水着を着ているのに、まるで全身を見られてしまったような気がして、視線を落とす。
「ち、違うんです」
慌てたように、秀一が声を上げた。
「ごめんなさい。そういう、変な意味じゃなくて……」
美咲はそっと顔を上げる。秀一は、困ったように眉を下げ、必死に言葉を選んでいた。
「その……泳ぎもそうですし、姿勢とか、立ち方とか」
少し照れたように、でも真剣な声で続ける。
「なんか……カッコいいな、と思って」
その一言で、美咲の胸に溜まっていた緊張が、すっとほどけた。
「あっ……」
両手をゆっくりと下ろす。
「そうなんですね」
今度は、恥ずかしさよりも、じんわりとした温かさが広がる。
「私こそ……ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
二人は顔を見合わせ、少し気まずそうに、けれどどこか安心したように笑った。
それ以上、言葉を重ねる必要はなかった。
しばらくして、秀一がプールサイドから立ち上がる。
「じゃあ……そろそろ帰りましょうか」
「はい」
更衣室へ向かう途中、美咲は自分の心の静かな変化に気づいていた。
誰かにこうして自然に褒められ、慌てて、照れて、そして笑っている。そのこと自体が、今の自分には新鮮だった。
着替えを終え、プールの建物を出ると、外はもう午後の柔らかな光に包まれていた。歩き疲れた体に、少し涼しい風が心地いい。
「帰りは、電車にしましょう」
秀一がそう言って、品川駅の方を指差す。
「さすがに、泳いだ後ですしね」
「それがいいと思います」
駅までの短い道を並んで歩く。行きに歩いた距離とは違い、帰りはどこか穏やかで、静かな時間だった。
品川駅のホームは、人で賑わっていた。京浜東北線に乗り込み、二人は空いている席に腰を下ろす。
電車が動き出すと、美咲は窓に映る自分の姿をちらりと見た。水着から着替えた服の中に、まだ少しだけ、プールの感覚が残っている。
「今日は……楽しかったです」
秀一が、静かに言う。
「私も」
その一言に、嘘はなかった。
電車は品川を離れ、大井町へと近づいていく。
今日交わした言葉、照れた表情、何気ないやり取り。その一つ一つが、美咲の胸の中で、確かな時間として積み重なっていく。
過去と向き合いながらも、今を生きている。
その感覚を噛みしめながら、美咲は静かに目を閉じた。
秀一が、少し考え込むような間を置いてから口を開いた。
「……美咲さんって、スタイルがいいですね」
その言葉が耳に届いた瞬間、美咲の心臓が跳ねた。
「えっ……?」
一拍遅れて、顔が一気に熱くなるのが分かる。
「やだ……」
反射的にそう言って、両手で胸元を押さえるように水着を隠した。水着を着ているのに、まるで全身を見られてしまったような気がして、視線を落とす。
「ち、違うんです」
慌てたように、秀一が声を上げた。
「ごめんなさい。そういう、変な意味じゃなくて……」
美咲はそっと顔を上げる。秀一は、困ったように眉を下げ、必死に言葉を選んでいた。
「その……泳ぎもそうですし、姿勢とか、立ち方とか」
少し照れたように、でも真剣な声で続ける。
「なんか……カッコいいな、と思って」
その一言で、美咲の胸に溜まっていた緊張が、すっとほどけた。
「あっ……」
両手をゆっくりと下ろす。
「そうなんですね」
今度は、恥ずかしさよりも、じんわりとした温かさが広がる。
「私こそ……ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
二人は顔を見合わせ、少し気まずそうに、けれどどこか安心したように笑った。
それ以上、言葉を重ねる必要はなかった。
しばらくして、秀一がプールサイドから立ち上がる。
「じゃあ……そろそろ帰りましょうか」
「はい」
更衣室へ向かう途中、美咲は自分の心の静かな変化に気づいていた。
誰かにこうして自然に褒められ、慌てて、照れて、そして笑っている。そのこと自体が、今の自分には新鮮だった。
着替えを終え、プールの建物を出ると、外はもう午後の柔らかな光に包まれていた。歩き疲れた体に、少し涼しい風が心地いい。
「帰りは、電車にしましょう」
秀一がそう言って、品川駅の方を指差す。
「さすがに、泳いだ後ですしね」
「それがいいと思います」
駅までの短い道を並んで歩く。行きに歩いた距離とは違い、帰りはどこか穏やかで、静かな時間だった。
品川駅のホームは、人で賑わっていた。京浜東北線に乗り込み、二人は空いている席に腰を下ろす。
電車が動き出すと、美咲は窓に映る自分の姿をちらりと見た。水着から着替えた服の中に、まだ少しだけ、プールの感覚が残っている。
「今日は……楽しかったです」
秀一が、静かに言う。
「私も」
その一言に、嘘はなかった。
電車は品川を離れ、大井町へと近づいていく。
今日交わした言葉、照れた表情、何気ないやり取り。その一つ一つが、美咲の胸の中で、確かな時間として積み重なっていく。
過去と向き合いながらも、今を生きている。
その感覚を噛みしめながら、美咲は静かに目を閉じた。
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