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駅前のラーメン屋
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京浜東北線が減速し、大井町駅のホームが近づいてくる。車内アナウンスが流れると同時に、美咲は小さく息を整えた。泳いだ後の心地よい疲労が、体の奥に残っている。
電車が止まり、二人は並んでホームに降りた。夕方から夜へ移る時間帯で、駅構内には仕事帰りの人と、休日の余韻を残した人が混ざり合っている。
改札を抜けたところで、秀一がふと思い出したように足を止めた。
「美咲さん」
「はい?」
「お腹、空いてませんか?」
その一言に、美咲の胃が正直に反応する。そういえば、プールの後からずっと、何か温かいものが食べたいと思っていた。
「駅の近くに、美味しいラーメン屋さんがあるんです」
少しだけ身を乗り出すようにして続ける。
「もしよかったら、一緒に行きませんか?」
一瞬も迷わず、美咲は笑った。
「いいですね」
そして、素直な気持ちをそのまま口にする。
「私、ラーメン大好きです」
その答えに、秀一は嬉しそうに目を細めた。
「よかった」
二人は駅前の通りを歩き出す。夜の大井町は、昼とは違う顔を見せる。ネオンの灯り、呼び込みの声、立ち上る湯気。どこか懐かしく、活気に満ちている。
目的のラーメン屋は、駅から少し入った路地にあった。派手さはないが、暖簾が少し色あせていて、長く続いている店だと分かる。
「ここです」
秀一が暖簾をくぐると、美咲も続いた。
店内はカウンターが中心で、仕事帰りの客が数人、黙々とラーメンをすすっている。スープの匂いが一気に鼻をくすぐり、美咲の空腹感がさらに増した。
「いらっしゃい」
店主の声に迎えられ、二人は並んでカウンターに座る。
「何にしますか?」
「私は……醤油ラーメンで」
「じゃあ、俺も同じで」
注文を終えると、二人は自然と顔を見合わせた。
「プールの後にラーメンって、最高ですね」
「ですよね」
秀一が頷く。
「泳ぐと、どうしてあんなにお腹が空くんでしょう」
「昔から、そうでした」
思わず出た言葉に、自分でも少し驚く。けれど、秀一は特に気にする様子もなく笑った。
「やっぱり、水泳部ですね」
ほどなくして、ラーメンが運ばれてくる。湯気の立つ丼を前にすると、言葉はいらなかった。
一口、スープを飲む。
「……美味しい」
思わず声が漏れる。
「でしょう」
秀一も満足そうに箸を進めている。
しばらく、無言でラーメンをすすった後、秀一がふと顔を上げて言った。
「そうだ」
「はい?」
「今日は……私の奢りです」
「え?」
美咲が驚いて顔を上げると、秀一は少し照れたように笑った。
「美咲さんに、競泳で負けちゃいましたからね」
「そんな理由ですか」
美咲はくすっと笑った。
「でも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
箸を持つ手を止め、改めて言う。
「負けたけど、楽しかったです」
「私も」
ラーメンの温かさが、体だけでなく心まで満たしていく。
こうして並んでラーメンを食べている時間が、特別でも何でもないはずなのに、美咲にはとても大切なものに感じられた。
過去と未来の狭間で揺れながらも、今はただ、目の前の一杯と、隣にいる人との時間を味わっていた。
電車が止まり、二人は並んでホームに降りた。夕方から夜へ移る時間帯で、駅構内には仕事帰りの人と、休日の余韻を残した人が混ざり合っている。
改札を抜けたところで、秀一がふと思い出したように足を止めた。
「美咲さん」
「はい?」
「お腹、空いてませんか?」
その一言に、美咲の胃が正直に反応する。そういえば、プールの後からずっと、何か温かいものが食べたいと思っていた。
「駅の近くに、美味しいラーメン屋さんがあるんです」
少しだけ身を乗り出すようにして続ける。
「もしよかったら、一緒に行きませんか?」
一瞬も迷わず、美咲は笑った。
「いいですね」
そして、素直な気持ちをそのまま口にする。
「私、ラーメン大好きです」
その答えに、秀一は嬉しそうに目を細めた。
「よかった」
二人は駅前の通りを歩き出す。夜の大井町は、昼とは違う顔を見せる。ネオンの灯り、呼び込みの声、立ち上る湯気。どこか懐かしく、活気に満ちている。
目的のラーメン屋は、駅から少し入った路地にあった。派手さはないが、暖簾が少し色あせていて、長く続いている店だと分かる。
「ここです」
秀一が暖簾をくぐると、美咲も続いた。
店内はカウンターが中心で、仕事帰りの客が数人、黙々とラーメンをすすっている。スープの匂いが一気に鼻をくすぐり、美咲の空腹感がさらに増した。
「いらっしゃい」
店主の声に迎えられ、二人は並んでカウンターに座る。
「何にしますか?」
「私は……醤油ラーメンで」
「じゃあ、俺も同じで」
注文を終えると、二人は自然と顔を見合わせた。
「プールの後にラーメンって、最高ですね」
「ですよね」
秀一が頷く。
「泳ぐと、どうしてあんなにお腹が空くんでしょう」
「昔から、そうでした」
思わず出た言葉に、自分でも少し驚く。けれど、秀一は特に気にする様子もなく笑った。
「やっぱり、水泳部ですね」
ほどなくして、ラーメンが運ばれてくる。湯気の立つ丼を前にすると、言葉はいらなかった。
一口、スープを飲む。
「……美味しい」
思わず声が漏れる。
「でしょう」
秀一も満足そうに箸を進めている。
しばらく、無言でラーメンをすすった後、秀一がふと顔を上げて言った。
「そうだ」
「はい?」
「今日は……私の奢りです」
「え?」
美咲が驚いて顔を上げると、秀一は少し照れたように笑った。
「美咲さんに、競泳で負けちゃいましたからね」
「そんな理由ですか」
美咲はくすっと笑った。
「でも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
箸を持つ手を止め、改めて言う。
「負けたけど、楽しかったです」
「私も」
ラーメンの温かさが、体だけでなく心まで満たしていく。
こうして並んでラーメンを食べている時間が、特別でも何でもないはずなのに、美咲にはとても大切なものに感じられた。
過去と未来の狭間で揺れながらも、今はただ、目の前の一杯と、隣にいる人との時間を味わっていた。
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