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バスタイム
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「ふう~~……」
肩までお湯に沈みながら、優衣は静かに息をついた。
湯気がやさしく鼻先をくすぐり、天井のライトがぼんやりと霞んで見える。
浴室の壁には、ピンク色のシャンプーボトル。
タイルの隅には、姉のものと思しきスクラブ剤やボディソープ。
なにもかもが、かつての“男の生活”とは違う。
けれど、それでも確かに、今の自分はこの空間の住人だった。
「……はぁ……今日は、なんか……濃かったなぁ……」
湯に浮かべた膝にあごを乗せながら、ぽつりと独り言。
朝、目覚めたら女子高生になっていた。
着替えに四苦八苦し、慣れない制服で始業式に出て、教室で自己紹介をして――
そして、木村咲良に声をかけられ、かつての自分(=優斗)と昼食をともにし、帰り道まで一緒に歩いてしまった。
「……いや、あれは事故というか流れというか……」
誰も聞いていないのに弁解が口をつくあたり、やっぱり中身が30歳なのだと実感する。
お湯に手を沈め、指先を開いたり閉じたり。
細くて、しなやかな手。
もう完全に“女の子の身体”になった自分を、こうして静かに確かめる時間も、悪くはなかった。
「なんで私、こんな選択したんだっけな……」
ぽつりと漏らす。
現実の人生に疲れて、すり減って、どこかで「もう一度やり直せたら」と思った。
ただそれだけだったのに――
いざ“やり直し”が叶ってみると、目の前に現れたのは、**かつての自分自身**だった。
「優斗……」
声に出して名前を呼ぶと、少しだけ胸がチクリとした。
彼の寡黙な姿、どこか寂しそうな後ろ姿。
そして、昼休みにふとこぼした「別の自分になってみたかった」という言葉――
「……バカだなぁ、あの頃の私」
でも、そんな“バカな自分”を今なら少しだけ、好きになれる気がする。
誰にも気づかれなかった心の中を、今はちゃんと分かってやれるから。
シャワーで髪を流しながら、優衣は目を閉じた。
(明日も、話しかけてみよう)
優斗の隣の席に、今日みたいに自然に座って。
何気ない話をして、少しでも彼の気持ちが楽になるように。
(……今度は、ちゃんと自分で自分を助けてあげるんだ)
そう思った瞬間、まるで心の奥がふわりと軽くなったような気がした。
お風呂から上がった優衣は、バスタオルを肩にかけたまま洗面所の鏡を見つめる。
濡れた前髪の奥の瞳――もうそこに、かつての“優斗”の姿はなかった。
「……明日も、頑張ろうっと」
そう小さくつぶやいて、優衣は脱衣所のドアを開けた。
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肩までお湯に沈みながら、優衣は静かに息をついた。
湯気がやさしく鼻先をくすぐり、天井のライトがぼんやりと霞んで見える。
浴室の壁には、ピンク色のシャンプーボトル。
タイルの隅には、姉のものと思しきスクラブ剤やボディソープ。
なにもかもが、かつての“男の生活”とは違う。
けれど、それでも確かに、今の自分はこの空間の住人だった。
「……はぁ……今日は、なんか……濃かったなぁ……」
湯に浮かべた膝にあごを乗せながら、ぽつりと独り言。
朝、目覚めたら女子高生になっていた。
着替えに四苦八苦し、慣れない制服で始業式に出て、教室で自己紹介をして――
そして、木村咲良に声をかけられ、かつての自分(=優斗)と昼食をともにし、帰り道まで一緒に歩いてしまった。
「……いや、あれは事故というか流れというか……」
誰も聞いていないのに弁解が口をつくあたり、やっぱり中身が30歳なのだと実感する。
お湯に手を沈め、指先を開いたり閉じたり。
細くて、しなやかな手。
もう完全に“女の子の身体”になった自分を、こうして静かに確かめる時間も、悪くはなかった。
「なんで私、こんな選択したんだっけな……」
ぽつりと漏らす。
現実の人生に疲れて、すり減って、どこかで「もう一度やり直せたら」と思った。
ただそれだけだったのに――
いざ“やり直し”が叶ってみると、目の前に現れたのは、**かつての自分自身**だった。
「優斗……」
声に出して名前を呼ぶと、少しだけ胸がチクリとした。
彼の寡黙な姿、どこか寂しそうな後ろ姿。
そして、昼休みにふとこぼした「別の自分になってみたかった」という言葉――
「……バカだなぁ、あの頃の私」
でも、そんな“バカな自分”を今なら少しだけ、好きになれる気がする。
誰にも気づかれなかった心の中を、今はちゃんと分かってやれるから。
シャワーで髪を流しながら、優衣は目を閉じた。
(明日も、話しかけてみよう)
優斗の隣の席に、今日みたいに自然に座って。
何気ない話をして、少しでも彼の気持ちが楽になるように。
(……今度は、ちゃんと自分で自分を助けてあげるんだ)
そう思った瞬間、まるで心の奥がふわりと軽くなったような気がした。
お風呂から上がった優衣は、バスタオルを肩にかけたまま洗面所の鏡を見つめる。
濡れた前髪の奥の瞳――もうそこに、かつての“優斗”の姿はなかった。
「……明日も、頑張ろうっと」
そう小さくつぶやいて、優衣は脱衣所のドアを開けた。
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