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フィリーネ12歳 魔術講師編 前
しおりを挟む「まあまあ落ち着いて。言いたいことは分かったよ。でもまずは自己紹介をしよう」
一度静まった空気を破るように男性の朗らかな声が聞こえてハッと頭を上げた。
そうだった。初歩的な事をしていなかった!
「えっと、フィリーネ=アラスティアと申します」
「うん、フィリーネちゃんね。僕はルーク=オラストリア。オラストリア公爵家のなんちゃって当主だよ」
「誰がなんちゃってですか!」
領主さま…ルーク様の自己紹介に彼の執事さん(エルメスさんと名乗った)が鋭いツッコミを入れた。
そんな彼らの様子に後ろで控えていたマリーさんは呆れたように溜息をついていて、私と目が合うと少し悪戯っぽく笑う。
「さてフィリーネちゃん。ついさっき出ていくと言っていたけど行く宛てはあるの?」
エルメスさんの忠言を聞き流すしさらりとこちらへ振った話題にピクリと肩が揺れる。正直な所あるわけが無い。知り合いがいる町はずっと先だが彼らは父が仕事で付き合いがあっただけだ。
「その様子だと無いみたいだね。まあ君の身元を確かめる時にそれはわかっていたけど。」
じゃあなぜ聞いた、などという野暮なツッコミは私は入れない。後ろでエルメスさんが視線で言ってるし。あれは多分無駄口叩くなと言ってる。
「そこで提案なんだけどね、君うちの娘の魔術の先生になってくれないかい?」
「は?」
「いやあうちの娘ね、この度有り難い事に王太子の婚約者に決まったんだけどね、魔力はあるのに魔術がからっきし駄目でねえ。このままでは殿下に呆れられてしまいますわ!って毎日嘆いててね。先生をつけてあげたいなって思ってた所だったんだよ」
有り難い事にって言ってた時のルーク様の眼ははっきり言って全然有り難そうには見えなかった。
あれは殺意を孕んでいた。娘が嫁ぐのが相当嫌なようだ。まあ見るからに溺愛属性だもんなあ。
「でも下手な魔術講師を呼んでもさ、媚びを売ってきたりしそうでね?うちの娘可愛がり過ぎちゃって多分悪ノリしちゃうと思うんだよね。
そこで君のように冷静で礼儀も弁えてて尚且つ自分と年の近い少女が先生として僕が呼んだとしたら…研鑽されて王太子妃にふさわしい令嬢になると思うんだよね!」
どう?名案じゃないかな!と輝かしい笑みを向けてくるルーク様だか一旦スルーだ。
それにしても娘を嫁に出したくない割には甘やかさず彼女が一人前の令嬢として自立できる道を選んでいる。
父親としての正しさをしっかり持ち、愛する娘の為に鞭も振るえるの理性は嫌いじゃないし、そういう人は権力を私欲にはあまり使わないだろう。
まあ、ちゃっかり私に擦り付けてる気もするがそこは置いておく。ただこうやって明るく事を言っているがそう簡単な話でもないだろう?これ。
魔力を扱えていないことに毎日嘆くという事はそれだけヒステリックにもなっているんじゃないのか?
研鑽されていい令嬢になると思うって言ったのも今はどうなんだよという話でして。
それにこの人、何気なく私の人となりを観察し把握している。名前を先にマリーさんから聞き、調べた情報もあるだろうけど持ち前の観察眼によるものもあるだろうな。嘘一つ言うのも面倒くさそうだ
はあ。
「そうやって普通の人ならなぜ私が!?って混乱するところを冷静に処理している所も、お願いしたい理由の一つだよ」
にこりと微笑むルーク様に私の眼がスッと据わった。私の考えてる事などお見通しという訳か。たかだか12歳の娘に対し何を思っているんだか分からんが妙な期待を持たれている事は確かだ。
気を付けないと、見た目の柔らかい雰囲気に騙されて知らぬまにこちらがぱくりと喰われてしまいそうだ。
「ふふ、良い目。無表情もまた貴族の仮面の一つだよ。君は王宮でも活躍できる優秀な魔導士になりそうだ」
「魔導士?」
「うん。フィリーネちゃん、君は祖国に戻る気はあるかい?」
足を組み替えて居ずまいを正すルーク様の言葉に小さく首を振った。戻るつもりは無いと示す様に。
「わざわざ命を捨てに行きたいとは思いません」
「だろうね。薄々察していると思うけど君は狙われてる。でもここなら隣国で、尚且つ国でも有数の上流貴族どころか筆頭公爵家だ。簡単には手出しできない環境の上、職もあり、衣食住も保証できるよ。」
それに君がこの国で魔術の道を極めたいならお勉強もさせてあげる。
そう付け足された飛びつきたくなるほどの好条件揃いにグウッと喉が鳴る。国中を探してもこんな優良物件は無い。
たたみかけるようにルーク様はまたその口を開いた。
「それにね、僕らは一度君のお父上…ランセン殿に窮地を救って貰った事があるんだ。」
「…父が…?」
突然出た父の名前に困惑の色を示すと、ルーク様は眉を下げて困ったような、悲しむような笑顔を見せた。
ああ、この人も知っているのか。父の死を。
「さっき話した娘…アンネリーテがね、森の精霊の怒りを買っちゃってね永遠に眠ってしまう呪いをかけられてしまったんだ。
うちの国の魔法使いが総動員で呪いを解こうと必死で手を尽くしてくれたんだけどどうにも解けなくて。
そんな時に君のお父上が精霊の呪いの噂を聞いて駆けつけてくれて、呪いを解いてくれたんだよ。」
「…っ!あの…」
口をはさんだ私に三人の視線が集まる。すみません、話し中に。でもこれだけは言わなくてはならない。
「精霊は、人間を呪いません。きっとアンネリーテ様を気に入ってしまい、眠らせることで妖精の森へ連れ帰ろうとしたのではないかと…。
それと、あまり妖精の呪いと言わない方がいいと思います。本当に怒らせてしまうと人間個人ではなく貴方の領地に被害が及びます…から…。」
そう言うと、私の周りの空気の緊張が少しだけ溶けた。怒りも混じった刺すような空気が無くなってほっと息をつく。
彼らもそれを感じていたのか少し肩の力を抜いたようだった。
「ああ…ランセン殿もそう言ってたね。君のお嬢さんは随分と好かれやすい体質なんだね、と笑って言っていたよ。皮肉めいたジョークなのかと思ってたけど…文字通りだったんだね」
「うちの父は…ちょっと言葉が足りなくて……嫌な気持ちにさせてすみません…」
言葉が足りない代わりに、態度で示すのがうちの父だった。魔法の授業では熱心に自分の知識を惜しむことなく教えてくれたし、時折仕事で外へでては沢山お土産を買ってきてくれていた。
そういえば、あの時は随分と可愛いお土産が沢山あったっけ。じわりと目頭が熱くなったが慌てて頭を振った。
「いいや、でも何もわからなかった我々を助けて貰ったのは事実なんだ。その彼の恩義に報いたいんだよ。
……どうか君の第二の家にしてくれないかい?ちょっと大きな貴族のお家ってだけだからさ」
「だからちょっとどころではありませんから!アンタさっき筆頭公爵家だって言ってただろ!」
またもや炸裂したエルメスさんのツッコミに私とルーク様は思わず顔を合わせて、崩れる様にプっと噴き出した。
クスクスと笑い声に包まれる。いい空間だなあとしみじみ思う。
いつの間にか妖精たちの纏っていた棘の様だった空気はすっかり霧散してしまっていた。エルメスさんの一声でこうなったのだから、彼は妖精に好かれやすいのかもしれない。美味しい紅茶を淹れるのが得意みたいだしね。
「分かりました。父もきっとオラストリア様の厚意に甘えなさいと言う事でしょう。
魔術教師の件、お受けします。隣国式のものでもよろしければ、ですが恐らくあまり相違が無いのでしょう?」
「その通り。違いと言えば精霊の加護ぐらいじゃないかなと思うよ。後は教本と君の知識に従ってくれたらいい」
それから僕の事はルークかお父様と呼んでいいよ、と片目を閉じる彼にではルーク様で。と素早く答える。
迷いが無いね!と楽しそうに笑うルーク様の温かい厚意に甘えることにした。
きっと抜け目ない彼の事だから私にお嬢様を育てさせつつ私をこの国で確かな位置に就ける準備もしてくれるのだろう。その恩を、ここで返せればいい。静かにそう思った。
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