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フィリーネ12歳 魔術講師編 中
しおりを挟むルーク様との話し合いから二日後、私がファニール王国へ来て一週間がたった。
家族の死、村の強襲がまぶたの裏に焼き付いて眠れない日もあったけれど、前世を取り戻した甲斐もあって精神年齢が上回り、あまり時間をかけず噛み砕くことができた。
一度だけ村に必要な証拠の情報や父の遺した魔術関係道具だけを回収しに行き、すっかり荒れていて見るに耐えられず魔術で燃やし葬送する。いわゆる火葬という奴だ。
公爵様の部下のかたが父と母の死体を埋葬することに手を貸してくれたのでなんとか形に見える墓になったと思う。いつかきちんと墓を用意するからそれまで待ってて、と小さく呟くと小さく風が頬を撫でた気がした。
これからの生活に必要な調度品から、魔導士になる為の勉強道具一式に新しい魔導書など、公爵様は不便ないようにと揃えてくださった。
街に出てはあちこちの店を奔走し、必要なものを買い揃えるのは忙しかったけれど案外楽しかったな。外に出るのも良い気分転換だったみたいだ。
ずっと気にかけるのも嫌なので思いきって生活費や私にかかった費用は出世払いで返す旨を伝えると、公爵様は様々な理由をとってはつけ、最終的に公爵家から国に貢献できる魔術師を出したと言う箔が欲しいと言いくるめられ有耶無耶にされた。
義理堅いお人だと思う。きっと彼なりの気にするなということなのだろう。
そういうこともあり、晴れて今日から魔術講師としての仕事が始まる。
念のために事前にお嬢様の人となりを把握すべく屋敷で働く使用人さんたちに聞きこみ調査をした。
調査の結果、お嬢様の年は9歳(私の三歳年下だ)、見た目はふわふわしたウェーブの鮮やかな深紅の髪にぱっちりくりくりの白銀の眼を持つ美少女。
幼い頃から愛らしい見た目とその子供らしい無邪気さで屋敷中の人間から可愛がられ、更に王太子のお嫁さんと決まり、はっきり言うならば調子づいているらしい。
今まで彼女に対し家庭教師ですら苦言を堤す事はなく、デレデレだったとお付きのメイドさんが苦笑していた。そりゃ調子に乗るわ。
ルーク様には心行くまでに勉強してもらっていいからと言われている。好きにやっていいみたいなので懸念は無い。
でもこの役本来ならあんたがやるべきでは?と思ったが口には出さない。娘溺愛のこの人が直接厳しいことを言うのは、彼女一人で負いきれない間違いを犯してしまいそうな時だけなのだろうと、…そんな甘さがあると思ったから。
さて突然だが前世の私はよくいるオタクと呼ばれる人種で、それなりの人見知りで卑屈なくせにプライドもそこそこの年だけを食った女だった。
友人も片手に足りる程度、恋人はいるわけもなく成人してからの稼ぎは漫画やゲームに注ぎ込まれ、飽き足らずネット小説へと嵌まり一人で充実した人生を送っていた。
そんなフット&ネットワークが狭い私は人格も小さく、子供好き等と言う殊勝な性格である筈もなく、生意気なクソガキは特に嫌いだぅた。
忘れはしない、飲食店で走り回るクソガキに零されたコーヒーで染みてしまったお気に入りのライブTシャツ。悲鳴を上げそうになったのをなんとか抑えてその子どもに親の元へ連れて行ってもらった。
しかしその母親は謝ることなく「子どもがやったことなので」と責任一つ取らなかった。典型的なダメ親に腹立ったのでその母親に会計押し付けて帰った。
今思うとちょっと過激というか暴走機関車かよって思う。会計押し付けるのは無いわ。最悪払わない可能性あるし、店員さんには本当に申し訳ない事した。コーヒー一杯、されど一杯よね。
この通りのエピソードもあって根っからのクソガキ嫌いの為やるなら徹底的にやる。
プライド?私のものを折られるのは大嫌いだが自分以外ならバキバキに折ってやる気はある。
ルーク様の前では正直猫を被っていたと否めないが本性はこれだ。素バレしてもクビにならんだろうけど。
それから私付きでお世話をしてくれることになったマリーさんに案内され、勉強部屋の扉を叩く。
「どうぞ、入って頂戴」
早速飛んできた自信ありげの声に心の中でマイナスを着けた。初っ端から来るか。そう飛ばすんじゃないよ。
まあこれからその幼いながらに積まれたプライドを崩してやるのだから今のうちに堪能してもらおう。
そう踏ん切りをつけ、扉を開く。
教室の中に入ってきた私を見て、目前の少女はその目を大きく見開いた。
容姿は姿絵と教えてもらった情報の通りだった。
ふわりとした紅の髪と、銀細工のように煌めく白銀の瞳はぱちぱちと開き、桜色の唇と陶器の様に美しい白い肌はそれを強調する。
調子づいてしまうのも頷ける可憐な容貌である。
だからと言って許容はしないし、甘えの理由にするつもりは無い。その評価に乗りかかるのは今日で終いとして貰おう。
カツカツと足音をたてて彼女の前に立ち、左手を右胸に添えて一礼する。これも礼儀を示す一動作だが彼女は慣れたものなのか横柄に目礼も無い。
9歳と聞いていたが高飛車お姫様としてすっかり出来上がっている様だ。挨拶はそこそこに済ませてさっさと授業にとりかかろう。
「本日よりアンネリーテ様の魔術講師を請け負う事となりましたフィリーネと申します。
父は隣国で魔術師団副団長を務めており、その知識を授かっております。教鞭を取るに足りると判断を受けましたので今後一切文句は受け付けませんので悪しからず。
よろしいですね?では教本を開いてください」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいッッ!」
噛みつくように金切り声を上げるお嬢様にただでさえ据わっている目が一層冷えた。
なんでしょう?と声に出して聞いてはいないのだが、視線を送ると一度びくりと肩を鳴らしてからやけにビートを刻ませた鼻笑いを披露する。
「ふ、ふふふふん!どうせお父様の仕業でしょう!?わたくしが勉強に真面目にやる様にっていうことでしょうけど、子供を連れてくるだなんて!いいわ、平民だろうが貴族だろうがわたくしは心が広くってよ!お前を特別にわたくしのお友達としてあげますわ!」
最後にはえばり散らす様に両腕を組み、高らかにポーズをきめた。一息で言い切ったその肺活量には乾杯だ。
「いえ、結構です。友人は祖国に十分にいますので。」
「なッ」
「私はあくまで講師で、貴方は魔術のまも知らないヒヨッコ同然の生徒です。友達などと言った生ぬるい関係で行うお勉強会なぞ他所で茶でもしばきながらやってください。それと」
教本に向けていた視線を改めて彼女の方へ向ける。瞳に一切の温度を宿さず。
「子供の私の授業を受ける気が無い様でしたら早々に退出させて頂きます。私は礼儀もなってない、爵位で物事を差し測る様な方に、虐めにでも悪用できる知識を教えるつもりも時間もありません。それから私の雇用主は貴方のお父上ですので、貴方の采配で私の首が飛ぶなどと思い上がりませんように。」
お父様にクビを言いつけるわよ作戦は早々に封じるに限る。こういう典型的な高慢なお金持ちタイプは親の七光りだ。自分の実力じゃあない。
王太子の婚約者に選ばれた事も、この家に生まれたことも。なのに自分が一等素晴らしいと思い込む。幸せなことだ。
「授業を続行するという事で宜しいですか?」
「ふん!いいわ、お手並み拝見ね」
「では今日の授業はこれまでとします。精々ご自身で勉強なさってください」
「あああああ分かりましたわ!お願いしますぅ!!」
「分かりました。では教本の10ページを開いてください。」
二言目には飛んでくる高飛車っぷりにざっと荷物をまとめる素振りを見せると彼女も引き下がれないのか慌てて折れた。
ひとまずは了承し、渋々と言った様子で授業を始めることにした。
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