モブ魔導士は黒歴史をなんとかしたい

粉砂糖

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フィリーネ12歳 中

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チカチカと瞼を刺激する光に重たい瞼を開くと、見慣れない天蓋の布が視界に広がっていた。
民宿には無さそうな手入れの行き届いた調度品の数々と、ベッドサイドに置かれた水差し、見舞いとして飾られたのだろうシロツメグサの白い花。
ひと家族なら十分に暮らせそうな広々とした空間だが、これまたふかふかで清潔なシーツで整えられたベッドの上で眠っていた自分以外の誰もいなさそうだ。

状況把握の為にきょろきょろと視線を配っていると、視線の先の扉からコンコンと叩くノックの音がする。

「失礼いたします。…ああ、お目覚めになられましたか。お加減はいかがでしょうか?」

扉の奥から姿を見せたのは、黒と白のコントラストが絶妙な綺麗なお仕着せに身を包んだメイドさんだった。
少し頭をもたげた私ににこりと微笑み、身体を起こしきるのを手伝ってくれた。

「隣国のイレーヌ国のお方ですね。こちらの言葉は分かりますか?」

時々父に着いて隣国へ行くことも多かった為、すでに言語を習得していた私はこくりと頷く。
そういえばあの人たちは幼いのに二か国語を覚えた私に天才だ!などと言って喜んでいたっけ。

「私は旦那様よりお客様のお世話を言いつかりました、ハウスメイドのマリーと申します。
まずは簡単なお食事をご用意しますのでお召しになられましたらお湯浴みをしましょう。」

至れり尽くせりな心遣いにありがとうございます、そう伝えたいのにパクパクと動いただけの唇に眉を顰める。
それでも伝わったのかマリーは微笑み、とんでもありませんと優しい声で答えた。

水差しからカップに移した水を飲みきる頃に彼女は温かいスープと香ばしい香りのパンを部屋へ運んできた。

配膳されたテーブルに向かい、スープを掬って口へ運んだ。
久しぶりの温かい食事に思わずこぼれた涙を、彼女は咎める事もなくただ静かに私の後ろに控えていた。
どれもとても美味しい料理で、大好きなあの人たちに食べさせたくなった。もう二人ともいないのに。

食事が終わるとマリーは私を浴場へ案内してくれ、汚れた私の身体を丁寧に、丁寧に、まるで汚れと一緒に心に潜む穢れも払ってくれうかのように優しく洗ってくれた。
身体に纏う水分をタオルで吸い取り手持ちの魔法石で買えるかどうか分からない上質な布の服に袖を通す。
数少ないとはいえ持ってきた荷物にも一応服は入れてきたのに。そういえば荷物はどこにいったのだろう?

肌触りの良い布が気になってつい指先で弄っていると気付いたマリーは荷物は旦那様の元にありますよ、と言う。
分かったのか。よく出来たメイドさんだなあと動かぬ表情筋とは反対に感心した。

「お客様、お声の方はいかがですか?幾らかリラックスして頂けていればきっと出ますわ」

確かに。喉のつっかえが無い様にも感じる。心因性によるものだったのか。
マリーの温かさに身体の緊張も溶けていっていた自覚はある。スゥ、と小さく空気を吸い込んだ。


「…あ、りがとう、ございます、マリーさん」

一番初めに言いたかった彼女へのお礼を告げると、彼女は花が綻ぶ様なそんな笑顔を浮かべた。

「いいえ、でもお客様がご安心なさられた様でようございました。お名前をお聞きしても?」

マリーの問いに勿論、と頷く。

「フィリーネ。フィリーネ=アラスティアです。」
「フィリーネ様ですね。とても愛らしい、まるで精霊の加護とご両親の愛が集った様な素敵なお名前ですわ」

残った数少ない両親からの遺品の一つであるこの名前に、他意の無い言葉をかけられて私の瞼はまた熱を持った。

ああ、そうだ。こうして声が出る様に安心するまで、分かったようで分かっていなかった。
憎しみや怨みで誤魔化して、泣くことを許さず、自分の命を守る為にずっと歩き続けた。

父と母は死んだのだ。もうこの世にはいない。
あの大好きな笑顔を向けて貰う事も、温かい呼び声で目を覚ますことも、チクチクとした頬でほおずりされることも、二人の温もりに包まれて眠る事も、名前を呼んでもらう事さえないのだと。

「あ、ああ、ああ………ッ」

今度は漏れる嗚咽に私の眼は熱い雫をどんどんとこぼしていく。
折角着せてもらった上質な服が濡れてしまう。いけないと思って止めようとするのに、マリーは優しい声でどうかお心のままにと告げる。
そんな事を言われてしまえばもう止められるはずもなく、広い部屋に、屋敷中に私の両親に泣く声が暫くの間響いていた。





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「眠ったかい?」

きっと亡くされたのだろうご家族を想ってせき止めていた涙を流しきり、疲れて眠ってしまった幼い客人にそっとシーツをかけているとこの屋敷の主が顔を覗かせた。
振り返りはい、と答えると旦那様はそっと扉から抜け出してご入室されたので、ベッドから離れた。

「随分と泣いていたね。ご家族に不幸があったんだろうね、身一つでここまで来たみたいだし」

旦那様は彼女が目覚めるまでのこの三日間、彼女の身寄りや探しているかもしれない人を町中を回って探していたがそのような尋ね人は無かったらしい。人探しをしているなかで隣国の小さな村が一つ【魔物の襲撃】に遭って滅びたという噂もあった。

旦那様は涙が乾いて張り付いてしまった髪を解き、まだ幼い痩せた頬を撫ぜた。

「きっと彼女はその村の出身なんだろう。生存者はいないと聞いたけど、故意に流された噂なら生存者がいると知られるのは不味いな」

こんな小さな子が口封じに追われて、頼れる大人もなしにたった一人であの森の向こうの隣国から逃げてきたとでもいうのか。貴族社会では当たり前の謀略の香りを放つ【噂話】に思わず手に力が入る。
そんな私の様子に旦那様は眉を下げてくすりと笑った。

「彼女の名前は聞いたかい?」
「…フィリーネ=アラスティア様と、おっしゃっていました」
「アラスティア…?」

聞き覚えのある名前にその琥珀色の瞳を開かせた旦那様へ頷く。
丁度一年前に私たちのお嬢様を救って下さった隣国の魔法使いと同じ名前で、彼もまた年の近い娘がいて可愛がっているのだと聞いていたし奥さんとお嬢さんへのお土産選びも協力させてもらった記憶がある。

きっと彼女がそのお嬢様なのだろう。小麦畑の様な陽の光を溶かした金色の髪は見覚えがあった。

「そうか…彼の娘さんなら、恩人にあたる彼に失礼はできないよ。例え、今は亡き人でも。
公爵家の誇りを持って彼女を守ろう。彼女が一人で立って歩けるまで。」

優しく労わるように弧を描く旦那様の笑みに私は力強く頷くことで賛成を示した。
私たちのお嬢様を救って下さった彼に恩義を返せる様に私たちも精一杯お世話をさせて貰おう。

そしていつか、凍り付いてしまった彼女が両親に見せていた様な笑顔を私達も見せて貰えたらいいと願って。
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