モブ魔導士は黒歴史をなんとかしたい

粉砂糖

文字の大きさ
2 / 6

フィリーネ12歳 中

しおりを挟む

----

チカチカと瞼を刺激する光に重たい瞼を開くと、見慣れない天蓋の布が視界に広がっていた。
民宿には無さそうな手入れの行き届いた調度品の数々と、ベッドサイドに置かれた水差し、見舞いとして飾られたのだろうシロツメグサの白い花。
ひと家族なら十分に暮らせそうな広々とした空間だが、これまたふかふかで清潔なシーツで整えられたベッドの上で眠っていた自分以外の誰もいなさそうだ。

状況把握の為にきょろきょろと視線を配っていると、視線の先の扉からコンコンと叩くノックの音がする。

「失礼いたします。…ああ、お目覚めになられましたか。お加減はいかがでしょうか?」

扉の奥から姿を見せたのは、黒と白のコントラストが絶妙な綺麗なお仕着せに身を包んだメイドさんだった。
少し頭をもたげた私ににこりと微笑み、身体を起こしきるのを手伝ってくれた。

「隣国のイレーヌ国のお方ですね。こちらの言葉は分かりますか?」

時々父に着いて隣国へ行くことも多かった為、すでに言語を習得していた私はこくりと頷く。
そういえばあの人たちは幼いのに二か国語を覚えた私に天才だ!などと言って喜んでいたっけ。

「私は旦那様よりお客様のお世話を言いつかりました、ハウスメイドのマリーと申します。
まずは簡単なお食事をご用意しますのでお召しになられましたらお湯浴みをしましょう。」

至れり尽くせりな心遣いにありがとうございます、そう伝えたいのにパクパクと動いただけの唇に眉を顰める。
それでも伝わったのかマリーは微笑み、とんでもありませんと優しい声で答えた。

水差しからカップに移した水を飲みきる頃に彼女は温かいスープと香ばしい香りのパンを部屋へ運んできた。

配膳されたテーブルに向かい、スープを掬って口へ運んだ。
久しぶりの温かい食事に思わずこぼれた涙を、彼女は咎める事もなくただ静かに私の後ろに控えていた。
どれもとても美味しい料理で、大好きなあの人たちに食べさせたくなった。もう二人ともいないのに。

食事が終わるとマリーは私を浴場へ案内してくれ、汚れた私の身体を丁寧に、丁寧に、まるで汚れと一緒に心に潜む穢れも払ってくれうかのように優しく洗ってくれた。
身体に纏う水分をタオルで吸い取り手持ちの魔法石で買えるかどうか分からない上質な布の服に袖を通す。
数少ないとはいえ持ってきた荷物にも一応服は入れてきたのに。そういえば荷物はどこにいったのだろう?

肌触りの良い布が気になってつい指先で弄っていると気付いたマリーは荷物は旦那様の元にありますよ、と言う。
分かったのか。よく出来たメイドさんだなあと動かぬ表情筋とは反対に感心した。

「お客様、お声の方はいかがですか?幾らかリラックスして頂けていればきっと出ますわ」

確かに。喉のつっかえが無い様にも感じる。心因性によるものだったのか。
マリーの温かさに身体の緊張も溶けていっていた自覚はある。スゥ、と小さく空気を吸い込んだ。


「…あ、りがとう、ございます、マリーさん」

一番初めに言いたかった彼女へのお礼を告げると、彼女は花が綻ぶ様なそんな笑顔を浮かべた。

「いいえ、でもお客様がご安心なさられた様でようございました。お名前をお聞きしても?」

マリーの問いに勿論、と頷く。

「フィリーネ。フィリーネ=アラスティアです。」
「フィリーネ様ですね。とても愛らしい、まるで精霊の加護とご両親の愛が集った様な素敵なお名前ですわ」

残った数少ない両親からの遺品の一つであるこの名前に、他意の無い言葉をかけられて私の瞼はまた熱を持った。

ああ、そうだ。こうして声が出る様に安心するまで、分かったようで分かっていなかった。
憎しみや怨みで誤魔化して、泣くことを許さず、自分の命を守る為にずっと歩き続けた。

父と母は死んだのだ。もうこの世にはいない。
あの大好きな笑顔を向けて貰う事も、温かい呼び声で目を覚ますことも、チクチクとした頬でほおずりされることも、二人の温もりに包まれて眠る事も、名前を呼んでもらう事さえないのだと。

「あ、ああ、ああ………ッ」

今度は漏れる嗚咽に私の眼は熱い雫をどんどんとこぼしていく。
折角着せてもらった上質な服が濡れてしまう。いけないと思って止めようとするのに、マリーは優しい声でどうかお心のままにと告げる。
そんな事を言われてしまえばもう止められるはずもなく、広い部屋に、屋敷中に私の両親に泣く声が暫くの間響いていた。





----

「眠ったかい?」

きっと亡くされたのだろうご家族を想ってせき止めていた涙を流しきり、疲れて眠ってしまった幼い客人にそっとシーツをかけているとこの屋敷の主が顔を覗かせた。
振り返りはい、と答えると旦那様はそっと扉から抜け出してご入室されたので、ベッドから離れた。

「随分と泣いていたね。ご家族に不幸があったんだろうね、身一つでここまで来たみたいだし」

旦那様は彼女が目覚めるまでのこの三日間、彼女の身寄りや探しているかもしれない人を町中を回って探していたがそのような尋ね人は無かったらしい。人探しをしているなかで隣国の小さな村が一つ【魔物の襲撃】に遭って滅びたという噂もあった。

旦那様は涙が乾いて張り付いてしまった髪を解き、まだ幼い痩せた頬を撫ぜた。

「きっと彼女はその村の出身なんだろう。生存者はいないと聞いたけど、故意に流された噂なら生存者がいると知られるのは不味いな」

こんな小さな子が口封じに追われて、頼れる大人もなしにたった一人であの森の向こうの隣国から逃げてきたとでもいうのか。貴族社会では当たり前の謀略の香りを放つ【噂話】に思わず手に力が入る。
そんな私の様子に旦那様は眉を下げてくすりと笑った。

「彼女の名前は聞いたかい?」
「…フィリーネ=アラスティア様と、おっしゃっていました」
「アラスティア…?」

聞き覚えのある名前にその琥珀色の瞳を開かせた旦那様へ頷く。
丁度一年前に私たちのお嬢様を救って下さった隣国の魔法使いと同じ名前で、彼もまた年の近い娘がいて可愛がっているのだと聞いていたし奥さんとお嬢さんへのお土産選びも協力させてもらった記憶がある。

きっと彼女がそのお嬢様なのだろう。小麦畑の様な陽の光を溶かした金色の髪は見覚えがあった。

「そうか…彼の娘さんなら、恩人にあたる彼に失礼はできないよ。例え、今は亡き人でも。
公爵家の誇りを持って彼女を守ろう。彼女が一人で立って歩けるまで。」

優しく労わるように弧を描く旦那様の笑みに私は力強く頷くことで賛成を示した。
私たちのお嬢様を救って下さった彼に恩義を返せる様に私たちも精一杯お世話をさせて貰おう。

そしていつか、凍り付いてしまった彼女が両親に見せていた様な笑顔を私達も見せて貰えたらいいと願って。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

処理中です...