紅蓮の獣

仁蕾

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紅蓮の章

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「ぅっへー…」
 間抜けな顔で龍馬が見上げるのは、街全体を囲む大きな壁の南側に位置する大きく重厚な門。
「ここ、何て街?」
火神族サラマンダー帝王が居られる城〈フィアンマ〉が在る『フオーコ』と言う名の…所謂、王都だな」
「フオーコ…王都、ね」
「全隊員、整列!」
 トラスティルの空気を震わす声と共に、列を乱していた隊員たちはすぐさま整列を完了させる。その見事な動きに、龍馬は瞠目し小さく拍手を送った。
「帰還完了後、各小隊長は小隊内の負傷者の確認。確認後、俺に報告を。その後、諸々の報告がある為、俺は宰相殿と謁見する。以降、各々体を休めるよう。良いな!」
 トラスティルの号令に、全員が「はっ!」と返事をし、トラスティルは何処から取り出したのか分からない純白のヴェールを龍馬に投げて寄越した。
「ぶっ」
「見世物になりたくなきゃ、それ被っとけ」
 龍馬は投げ渡されたヴェールを広げ、心底嫌そうな顔をしたが、仕方がないと愚痴を漏らしながらも渋々とそれ被った。
 トラスティルは満足そうに頷き、背後に並ぶ全ての隊が整列を終えたのを確認すれば、片手を挙げて声を上げた。
「開門!」
 トラスティルの号令と共に、門番が門を開けて行く。途端、華やかな出迎えが彼等を待っていた。
 色とりどりの紙吹雪が舞い、鮮やかな色彩の花弁が降って来る。老若男女関係なく、皆が騒ぎ、隊員たちの帰還を大いに喜んでいた。中でも一番人気は、やはり隊長のトラスティルらしい。
男性の労いの声援もあるものの、女性からの声が圧倒的に多い気がする。
(コイツ…女遊び激しいのか…?)
 ヴェールの隙間から、薄らと軽蔑の眼差しを送れば緩く睨み返された。
 門からの長い花道を通っていけば、数段の階段の上。一人の若い男が立っていた。その衣装もさる事ながら、その容姿も美しい。
 皆、それぞれの馬から下り、地面に片膝を付いて頭を垂れた。龍馬が倣おうとすれば、トラスティルに制止の眼差しを向けられた。
 辺りに静寂が訪れる。トラスティルは、頭を下げたまま朗々と言葉を紡ぎ始めた。
「宰相、マツバ様。火神族帝王直属近衛隊〈バルキュリア〉、只今、帰還完了いたしました」
 トラスティルの宣言に、男…マツバは、ふわりとした柔らかな笑みを浮かべた。
「ご無事で何よりです。…如何でしたか?」
 マツバの外見に見合う、柔和な声が静寂の中に響いた。
「ご報告致します。国境の地・コンフィーネにて起きておりました無神族アルケー同士の争いは無事鎮圧に至りました。此度の鎮圧戦による無神族の民及び、我等隊員ともに死傷者はゼロでした」
 トラスティルの言葉に、民衆がワッと沸いた。
「ご苦労様でした。詳しい報告は後ほど…」
 マツバの深紅の瞳が、顔を隠す龍馬をチラリと見やる。全てを見透かされているような眼差しに、龍馬の心臓が跳ね上がった。マツバの笑みが、やんわりと深まった。
「お客人が困っておられるご様子。トラスティル隊長は、客人と共に私の部屋へ。皆の者は、程ほどに宴を開くがよい」
 そして、三度目の大きな歓声が沸いた。 

  ***

 長い城内の廊下。赤い絨毯の上を、マツバ、トラスティル、龍馬の順に歩いて行く。
 龍馬は周りを見渡しながら進んでいく。ヴェールで霞んで見えるが、それでも豪華で厳かな雰囲気は感じる。
 何かの部屋の前を通りすぎようとした時。
 ―…フフ…
『へ?』
「どうした」
 聞こえた笑い声が唐突に響いた為、龍馬はついつい日本語で驚きの声を上げてしまった。龍馬が足を止めて扉を見つめていると、マツバとトラスティルが少し先で立ち止まった。
「声…女の子の、笑い声…?」
 トラスティルの問いに、龍馬は囁く様に答えた。
「聞こえたんですか?」
 首を傾げながら歩いて来た龍馬の囁きに、マツバが反応を見せた。マツバの問いに、龍馬は遠慮がちに頷く。それを確認すると、マツバはトラスティルを見つめた。
「『候補』…ですか?」
「只の『候補』は精霊の声を聞かない。既にクレアートの言葉を話し…小さいながら竜とも契約している」
「…そうですか」
 マツバは龍馬に向き直り、あの聖母のような微笑みを見せた。
「失礼ですが、お名前を聞いても?」
「っ、更紗龍馬です」
「では、サラとお呼びしても?」
 マツバが言った瞬間、龍馬は苦い顔をし、トラスティルは爆笑。やはりその呼び名になってしまうのかと、龍馬は頭痛を覚えたのだった。
 辿り着いたのはマツバの執務室。促されるがまま龍馬は高価そうな椅子に腰掛け、トラスティルはその正面に腰を下ろす。マツバは飲み物の準備を始めた。
 龍馬はマツバの朱い髪を見ながら、トラスティルに小声で話し掛けた。
「あの人…お前の上司じゃねーの?」
「おう。宰相っつったら、帝王の次に来る権力者だからな」
「いや、そんな人にお茶汲みさせんなよ!!」
「えー、だって、お茶汲みは奥さんの仕事だろーよ?」
「そうだけど…って…え?」
 普通に答えてしまったが、トラスティルの言葉が引っ掛かり、何度もマツバとトラスティルを交互に見てしまう。
「ん?だから、奥さん」
「誰が?」
「マツバが」
「誰の?」
「俺の」
「妻?」
「妻」
 沈黙。軽く一分は沈黙が続いた。
「ほも?」
「クレアートじゃ普通よ?同性同士なんて」
 けらけらと笑いながら、軽い口調で重大な事を言われた気がした。
「大丈夫ですか?」
 マツバは苦笑を浮かべながら、あんぐりと口を開く龍馬に声を掛ける。テーブルに小さな音を立てて茶器を置かれれば、 いい匂いが鼻腔を擽った。
「…美味しそう…」
「城の中庭にある紅煉樹こうれんじゅという小さくて甘い実が採れる木の葉を煎った茶だ」
 トラスティルは音を立てて茶を啜り、マツバはトラスティルの隣に腰を下ろした。
 龍馬は恐る恐る茶器の中身を覗いてみた。薄い緑茶のような色。一口飲んでみれば、微かに桃の匂いがする。あっさりとした甘さだ。
「うま…」
「だろ?」
「貴方が威張る事じゃないです」
 トラスティルの態度に、マツバがスパッと斬って捨てた。溜息と共に龍馬に向き直ると、マツバは不安そうな表情を浮かべた。
「サラは…私たちを、軽蔑しますか?」
「…いえ」
「…無理は、されないで下さい…?」
「や、まぁ…多少の無理は有りますけど…軽蔑される事の  辛さは、自分が一番解かっていますから。それに…マツバさんは美人さんだから、全然違和感ないし?」
 はは、と笑えば、マツバは僅かに安堵の笑みを見せ、そう言えばと龍馬に声を掛けた。
「そろそろ、ヴェールを取って頂けないですか…?」
「あ、はい」
「マツバ、覚悟しろよ?今までと違う…」
 突如、真剣な声になったトラスティルを不思議に思いながらも、龍馬はスルリ…と被り物を取る。その瞬間、ハッとマツバが息を呑んだのが解かった。トラスティルは一口お茶を飲むと、小さく息を吐き出し言葉を紡いだ。
「まだ、確証は持てねーが…一応、〝候補〟として俺が推薦する」
「…解かりました」
 進んで行く二人の話に、龍馬は居心地が悪そうにお茶を啜る。置いて行かれている龍馬は、何が何だか解からない。するとマツバは、龍馬へと向き直る。
「…つかぬ事をお聞き致します」
「え、あ、はい」
 龍馬は居住まいを正して、マツバの目を見つめた。
「貴方は、先程…〝軽蔑される事の辛さは、自分が一番解かっている〟…と仰いましたね?」
「…はい」
「もし宜しければ、お話を聞かせて下さいませんか?」
 穏やかな笑みのマツバに対し、龍馬は苦笑を浮かべて頬を掻いた。
「……そんな大層な話じゃないですけど…。小さい頃に、ウチを中心に原因不明の大きな火事があったんです。死者は二〇人超。生き残ったのは……俺一人…」
 マツバの眉間には皺が刻まれ、痛々しい表情へと変わった。
二〇人を超える死者が出た火災は、このクレアートでも聞いた事がない。
「救助されて気を失う瞬間…声が聞こえた…。低く、耳に心地イイ声で…〝我が花嫁〟って……」
夢現のように呟いた龍馬の言葉を聞いた瞬間、マツバは泣きそうに表情を歪め、トラスティルは不敵に笑った。
「サラ、今から伝える事がある。取り乱すなよ?」
「テメーは〝サラ〟言うな。って、いや、内容によりけりだろ」
「ま、そうなんだけどな。だが、今から話す内容は、お前の今後に関わってくる。今すぐ覚悟を決めろ」
 低い声で伝えられ、龍馬は小さく頷いた。
「王后の話をちょっとしただろ」
「…ん」
「王后は『黒鴉《くろがらす》』という謎の存在の招きで異世界から『クレアート』へと渡り、王后たる姿へと移り変わる」
 武人の鋭い視線が龍馬に突き刺さる。やけに心臓が早鐘を打ち、呼吸が難しくなって行くのが分かった。
「精霊王の花嫁は古来よりその姿を変えない。漆黒の髪…そして、満月の双眸。従えるは黒鱗金眼こくりんきんがん蛇龍だりゅう…」
 龍馬は詰めていた息を震わせながら吐き出した。
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