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紅蓮の章
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しおりを挟む―…‥さて。〈バルキュリア〉について、だな。
各種族に『王』…帝王とお呼びしているが、その帝王には直属の近衛隊が居る。〈バルキュリア〉は火神族帝王直属の隊だ。
この隊の事だな。で、その隊長が俺。…何だ、その疑わしい目付きは。先進むぞ?
それぞれ、異世界の神の名が付いている。
水神族の女帝・リオッタ様の近衛隊は〈アルテミス〉。
風神族の帝王・ニディオラ様の近衛隊は〈イシュタル〉。
地神族の帝王・ハーティリア様の近衛隊は〈オグマ〉。
そして、無神族のまだ見ぬ王の近衛隊は〈バハムート〉。加護の力に頼らない分、武術等に優れている。…地神族よりもな。ある種、最強部隊だ。
まー、要するに。
「お前は、俺ら火神族帝王直属近衛隊に拾われたって事さ」
「…無理、覚えきらねー…」
龍馬は嫌な汗をダラダラと流しつつ、ぐったりとした表情で項垂れているその顔色が優れないのは気のせいではないだろう。
「…まぁ、無理に覚える物じゃないからな。慣れていけば、自然と覚える」
トラスティルの言葉に、龍馬の表情が曇った。
「どうした?」
「やっぱ…俺、あっちに戻れないのかな…」
明らかに気落ちしている声に、トラスティルは 先程の【言葉】についてツッコミを入れた事に対し、後悔の念が湧き上がって来るのを感じた。
「…いずれ、戻る方法は見付かるさ」
「…うん」
降りた沈黙が、二人の身に重く圧し掛かった。
***
神龍なるは、深き闇色の鱗を纏いし黒き龍。
神龍なるは、大地照らす月の如き瞳有する五爪龍。
神龍の神子は、異なる世界より招かれし者。
其の者、神龍の光彩。
漆黒に濡れた髪の隙間。
満月の如き金色の瞳を瞬かせ、全ての者を魅了す。
森羅万象。
全てのものが、彼の者に膝を付く。
その紅き真の血潮にて、『神の龍』を呼び覚まし、全てのものに平和の加護を齎さん…―…‥。
―神龍の書・第二章―
***
龍馬がこの地に訪れて二日。隊員たちともだいぶ打ち解けている。隊員と談笑する龍馬を見ながら、トラスティルは珍しく盛大に悩んでいた。
この世界に馴染んだとしても、異世界から来た 青年は見えぬ不安を抱いて世界を恐れている。
そしてトラスティルが悩んでいるのは、龍馬の「目」。金の瞳と述べる事で、尚の事不安に苛まれ 彼が傷付かないとも限らない。寧ろ、傷付く事など想像に容易い。
(くっそ…悩むのは、俺の性分じゃねーっつの…!)
うんうん唸っていると、隊員の気配がざわめき出した。
「た、隊長!報告します!」
「あ?俺ぁ忙しいんだ。後にしやがれ」
「り、りゅう、竜です!」
その単語を聞いた瞬間、頭を抱えていたトラスティルは、隊員が指差す先である龍馬の元へと駆け出した。僅かに砂に足を取られるが構わずに足を進める。
―ザッ!
「サラ!?」
「隊長さん…って…その呼び方、やめろっての!馬鹿トラ!」
「テメーもな!…って…おいおいおい…」
唖然と見上げるその先。地面から一メートル程浮いた位置。体長五〇センチ程の、小さな蛇のような竜が浮かんでいた。
黒曜石の鱗に、金の瞳。トラスティルは、すぐ様その竜の爪に視線を走らせる。白銀に輝く爪は、三本。知らず、安堵の息を吐き出した。
竜の下方には、ほんの数滴の紅い液体。
「一体、どうしたんだ…」
平静を装い、龍馬に問い掛ければしどろもどろに答え始めた。
「あー…剣に触ってたらちょっと指切ってー…そしたら、急に落ちた血から出てきて…」
うろたえながら答える龍馬の指を見れば、人差し指に紅い筋が走っている。
「…神子の血は…龍を呼ぶ…」
トラスティルの口から小さく零れた言葉。
「ん?何か言った?」
「いや…」
「ど、どうしようか、この子…」
龍馬が指差すと、竜は「キュゥ」と愛らしく一鳴きするとその指に懐いて来た。
「契約しろ」
「…どうやって?」
「名を付けてやれ。それで契約完了だ。それからは名を呼べば、召喚される」
何処か素っ気無くも聞こえるトラスティルの声音。しかし、龍馬にはそれを気にしている余裕は無い。しばし考えて。
「じ、じゃぁ…『琥珀』…かな?目の色が、似てるから…」
龍馬の言葉に、竜は嬉しそうに一声鳴いた。
***
火神族帝王直属近衛隊は、月が空に顔を出した頃を見計らいテントを張って野営の準備を始めた。
月が夜空の真上に輝く時分。闇空に浮かぶのは、仄かに赤く染まる大きな満月。そして、その右斜め下に寄り添う小さな満月。
龍馬は寄り添う二つの満月をボンヤリと見上げていた。
「月…二つ…なんだ…」
「今頃気付いたのか?ほら、これに着替えろ」
トラスティルに投げて渡した衣類はトラスティルの物。こちらに来てからもずっと制服を着回していた龍馬は、服を受け取りながら表情を歪めた。
「うるせー。落ち着いたのが最近だったんだよ!」
「はいはい。あと半日位で俺らの街に着く。異世界の服装だと、イイ見世物になるぞ」
「…ん、あんがと」
龍馬は立ち上がると制服のボタンに手をかけ、素早くボタンを外していく。
トラスティルはただ見ていた。が、見られている龍馬は居た 堪れない。「見んな、アホ」と悪態をつくと、トラスティルに背を向けて着替え出す。
しかし、更に痛いほどの視線が突き刺さる。
「あーの…トラ隊長?あんま見ないでくれます?」
我慢の限界とばかりに、龍馬は嫌味ったらしく声を掛けた。
「ぁ?…ぁ、ああ…悪い…」
本人に、凝視の自覚は無かったらしい。トラスティルは、少し青褪めた顔で龍馬の背中から目を逸らし、足元の焚火に目を向けた。
(こりゃ…帝王か宰相の許可に要相談の事態だな…)
龍馬の背中にある物を思い出し、トラスティルは苦い顔をする。思い出されたのは、龍馬の背に咲いた紅い睡蓮。それが意味する事をトラスティルは知らない。只、本能が告げるのだ。
「コイツは、只者ではない…」と。
***
ある場所にある大きな部屋。篝火が灯された美しいながら仄暗い部屋に、ふわりと香った甘く芳しい香り。
耳に響くのは、歌うような少女たちの軽やかな笑い声。
現レタ…
王后様ガ現レタ…
ヤット逢エル…
私たちノ…………オ母様…‥
部屋に存在する精霊たちが歌い出す。人には解(かい)せぬ、精霊だけの歓喜の歌。
目覚メル…
目覚メル…
我等ガ至上ノ王ガ…
全ての存在が歓喜にざわめき出す。
甘い香りは、更に濃く匂い立った…―…‥。
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