紅蓮の獣

仁蕾

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紅蓮の章

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「それ、が…俺とどんな関係があるんだよ…」
「この世界において、高貴な色が三つある。黒、金、銀。いずれかを身に宿し者は、誰もが膝を付く存在だ」
 ふわりと柔らかな風が窓から入り込み、龍馬の髪を揺らすと、その髪を視界に捉えさせようと弄ぶ。
視界を掠める自身の髪は黒。そして砂漠で契約したのは、蛇のように体をくねらせた黒鱗金眼の小さな蛇の如き竜。
「ち、がう…」
 ゆるゆると首を振り、その身を震わせる。
「黒き髪、従えたのは黒き鱗の金目の蛇龍だりゅう。そして…美しき月輪の如き双眸…」
 ハッと視界に入ったのは、トラスティルの背後にある棚。光を反射させる鏡。そして、金の目を見開く自分自身。
 ―ガタンッ
 激しい音を立てて椅子が倒れ、立ち上がった龍馬は俯いて顔を蒼白にしていた。
「サラ…?大丈夫ですか?」
 マツバが声を掛けるが、何の反応も示さない。焦るマツバは隣席に目を向けるが、当のトラスティルは狼狽える事無く、真っ直ぐに龍馬だけを射抜いている。
 震える龍馬の心は大荒れだ。

 何故?
 なぜなぜなぜなぜ…―

『ぅ、そ…』
 只でさえ自分は他人と一線引いた中で生きて来たのに。それなのに、これ以上人間離れして行くのか。
 ぐるぐる、グルグル。巡る考えは、マイナスなモノばかり。呼吸が出来ない。
「サラ?」
「…おい、大丈夫か?」
 心配顔のマツバ。難しい顔をしたトラスティル。しかし、龍馬がそんな二人の表情に気付く余裕は皆無である。
『俺は、人じゃないの…?』
「おい、サラ?」
 日本語で喋り出す龍馬に、トラスティルは眉間の皺を更に深める。トラスティルは日本語を解さない為それだけの反応だが、多少なりとも理解しているマツバは焦りだす。
『サラ、落ちついてください。あなたは人です。常人より特別なだけです』
『違う…チガウっ!俺は、人なんかじゃない!あれは事故なんかじゃない…父さんも母さんも…俺のせいで死んだんだっ!』
 見開かれた龍馬の目には雫が浮き上がる。龍馬の脳内は記憶が混ざり、呟く言葉は真意が掴めない。
 龍馬の脳内でフラッシュバックするのは、あの大惨事の瞬間。
 マツバは、不意に襲い来た痛みに眉を寄せた。
右手の甲。紋章が浮かび上がっていた。その紋章は眷属である精霊と契約した時に施されるモノだ。普段は漆黒の紋章だが、今は何かに呼応するかのように赤い光を纏い、徐々に強く輝き出す。
「これは……!トラスティル、気を付けて下さい。精霊が、騒ぎ出しています」
「お前の精霊が?」
「ええ…サラの感情に共鳴しているみたいです」
「こりゃ…マジもんか…?」
 二人は見守る事しか出来ない。
 龍馬の感情を表すかのように風が吹き、次第に荒れ始める。龍馬の目から涙が零れ落ちたその瞬間、神々しいまでの強い光が龍馬を包んだ。
マツバもトラスティルも目を開けていられない。
 光が消える直前に微かに目で捉えたのは、漆黒の鱗に身を包んだ美しき龍が、愛しそうに龍馬の体を優しく包み込んでいた瞬間だった。
光が収まった時、そこには龍馬の姿は無く純白のヴェールだけが微かな風に揺れていた。

  ***

 嗚呼…思い出した…。
 あの瞬間とき、俺はしてはならない事を、両親に禁止されていた事をしてしまったのだ。


「お母さん、この子の名前は何て言うの?」
「その娘は雪椿って言うのよ」
 幼い頃。俺は『人ならざる者』が見えていた。父も母も見えていたから、なんら疑問は抱いていなかった。寧ろ、それが普通 だった。
「リョウちゃん、〝黒鴉〟の声に答えてはダメよ?遠くの国へと連れ去られてしまうから…」
 それは毎日言われていた言葉。俺は何の事だか理解しきれていなかったが、無邪気に笑って頷いていた記憶がある。
 両親曰く。黒鴉とは『異世界の使者』。黒鴉の問いに答えた者は、定められた年齢に達したとき、異世界の門を潜る。
 そして、あの日…―。
《これは、『真血』の匂い。…お前は、花嫁に相応しい…―我が名は、黒鴉。汝が名を、答えよ》
 答えてはいけない…解っていたのに。
 俺は、催眠術に掛かったかの様に答えてしまった。
 自分の名前を…―。
「龍馬ぁぁ!!」
 両親の叫びが響いた瞬間。
 ―ゴウッ!
 紅蓮の焔が視界を覆った。大好きな両親が燃えていく。
《契約は成された…いずれ再び見えん…―…》
 顔を隠す仮面の奥。美しい青年は幼い俺の額に口付け、 『契約の記憶』を封じて消えた。

 あの日の火事の原因は…犯人は、俺だ―。

 思い出した瞬間、一気に罪の意識に苛まれた。
(消えたい…っ!)
 思った瞬間、温かな何かに包まれた。
 そして。
『すまなかった…―…‥』
 あの優しく温かな声が耳元で響いた。
 ―誰…―…‥?
 大きな腕がゆるりと俺を抱き締め、安堵を覚えたのと同時に意識を手放した。 

  ***

 クレアートを統治する『精霊王』及び火神族サラマンダー帝王。名をヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラスと言う。
 歴代の火神族帝王の中で、最強と言っても過言では無い程の精霊力の持ち主である。故に、現代精霊王の座に選ばれた。
 だが、強過ぎる力は一人では支え切れない。溢れ出る己の力を支えきれなくなった彼は、深い眠りに就いてしまった。
本来なら国を支える王が眠りに就けば、その精霊力も弱まる。力が弱まれば、国を覆う結界も弱まり国が崩れる。しかし、ヒガディアルの力は、眠りに就いて尚その身より溢れ、揺らぐ事無く国を支えた。
 誰もが彼の目覚めを望み、幾歳もの月日が流れる。

 そして、彼を目覚めさせるのは…只一人…―‥。
精霊たちの母『花嫁』の存在だけが、止まった時間を動かせる。 

  ***

 不意に大気が揺れた。全ての精霊たちが、歓喜に沸くかのように騒いでいる。その数瞬後、圧倒的な力が濁流となって押し寄せた。
「こ、これは…っ!」
「マジかよっ!」
 宰相執務室にて、突然消え去った龍馬の事に驚愕し、黙していたマツバとトラスティルは突如襲い来た精霊力の波に二人は動揺した。
しかし、すぐさま平静を取り戻すと、精霊たちが向かう部屋へと走った。恐らく、民衆すら気付いているだろう事実に、二人の鼓動が速くなる。
 ―バンッ!
 音高らかに開け放たれたのは、何十年も昔に封じられた火神族帝王の間。
 けたたましく扉を開け放った瞬間に溢れ出した圧倒的な力は、威圧するものでは無く優しく包み込むもの。
 薄暗い室内。息を荒げるマツバたちが進むにつれ、精霊たちが歓喜の歌を歌いながら燭台に火を燈していく。
 最奥に存在する幾重もの薄生地に覆われた玉座。
 大きなソファーのようなその柔らかな玉座から、身を起こしたひとつの人影が微かに見て取れた。

 マツバと…トラスティル…か―…‥?

 低い声が響き渡る。その声に二人は跪付き、マツバは堪え切れずに涙を流した。
 ―キシ…カツン…カツン………パサ…
 布を捲くり、現れたのは何とも美しき男。
 真紅の髪は焔の如く。
 黄金に輝く右の目は太陽が如く。
 白銀に煌めく左の目は月が如く。
 その出で立ちは、まさに神の領域…―…。
 火神族(サラマンダー)帝王及びクレアート精霊王。
 ヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラスの目覚めである。 
 顔を上げたマツバとトラスティルは、「あ!」と小さく声を  上げた。ヒガディアルの腕の中に、穏やかな寝顔の龍馬が居たのだ。
「サラ…」
 マツバの呟きに、ヒガディアルが首を傾げた。
「この者は…サラと申すのか…?」
「あ、いいえ。」
「更紗龍馬…これが彼の本名に御座います」
 焦るマツバの代わりに、トラスティルが龍馬の名を告げた。
 ヒガディアルは片腕で軽々と抱き上げている龍馬の頬を、空いている手でそっと撫でる。愛しそうに、優しく。
 すると無防備に委ねられている龍馬の頭が、甘えるように…温もりを求めているかのように、ヒガディアルの胸に擦り寄ってくる。ヒガディアルはその精悍な顔を甘く緩めた。
「彼の部屋は?」
「先程、我らと共に城に辿り着きましたので、未だ決めてはおりませぬ」
「そうか……〝ニンフェーア〟は、誰が?」
「いえ、あのお部屋は王后様の部屋…王后様以外の立ち入りが出来ようも御座いません」
 当たり前の事なのだが、マツバの言葉にヒガディアルは頷くと、間近にある龍馬の顔を見つめた。
 閉ざされていた龍馬の瞼が小さく震え、ゆっくりと目が露になる。現れた美しい金色に、ヒガディアルの口元がゆるりと笑みを深めた。
 驚いたのは臣下の二人。眠りに就く前のヒガディアルは笑みを浮かべたとしても、これほど優しく嬉しそうに微笑んだ事は無い。
『ぁんた……誰……?』
 掠れた声。ヒガディアルは、龍馬の頬を再び撫でる。
『今しばし…眠りに就くがよい…。次に目が覚めし時、我が名を教えよう…』
 柔らかな声と微笑みに安心したのか、龍馬はふわりと破顔すると、ゆっくりと瞼を閉じて再び眠りに就いた。
「…では、あの部屋は彼に」
「なりません!!」
 主君の言葉を即座に切り捨てた側近。王も、言った本人も、隊長も驚愕する。が、マツバは咳払いを一つして、王の目を真っ直ぐ見返した。
「彼は、確かに異世界から来ました。ですが…彼はあくまで、『花嫁候補』で御座います。たかだか『候補』に王后様の部屋を宛がうのは、他の者たちからの反感を買います」
 その時、ヒガディアルの片眉がピクリと跳ねた。
「他の…?」
 『花嫁候補』。それはヒガディアルの知らない制度だ。
「他にも『花嫁』の条件を満たす者が居ります。…確かに、彼ほど美しい黒髪に金の目の者は居りませんが…彼以上の竜を従えている者が居るのも事実」
 マツバの言葉に、ヒガディアルの視線は冷たい色を宿す。
「他の者など私の知らぬ事。何故、私の知らぬ間にその様な事が決められているのだ?」
 そのような事。『花嫁候補』の事である。
「それは…っ」
 『候補』制度はヒガディアルが眠りに就いてしばらくして、元老院から発案されたもの。王が目覚めたときに、選定し易いようにと。 
 マツバとトラスティルたち近衛隊は、それを棄却しようとしたのだが、元老院の多数決により決定してしまったのだ。元老院の本心など、別の場所にあるのが丸分かりだ。
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