紅蓮の獣

仁蕾

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紅蓮の章

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  ***

 穏やかで美しい音色が、室内に響き渡っている中、ヒガディアルの前に一人の男が美しい青年と共に歩み出た。
「私が推薦致しますこの麻生望あそうのぞむは、二年前にクレアートに召喚され、半年前、赤竜の召喚に成功。精霊力にも自信が御座います。では、望、召喚してみなさい」
 先程から幾人も同じような紹介をされている。帝王の目覚めの祝宴は、最初の小一時間ほど。それから一時間は、異世界からの〝花嫁候補〟の紹介。
 正装で着飾っているヒガディアル、マツバ、トラスティルは、「いい加減にしろ」と表情を濁しているが、他の者…特に元老院連中は全くと言っていいほど気付いていない。酒も程よく回っているのか、上機嫌で紹介を続けている。
ヒガディアルは扇で口元を隠し、隣のマツバに声を掛けた。
「マツバ…私としては、他の者等に興味はないのだが?」
「同感で御座います。確かに、皆、漆黒の髪に金の瞳…のような色。真の黒髪金眼とは言い難いです」
「竜との同調率も低い。『同調者アデレンテ』とは言えない者ばかり。真の同調者はほんの数名しか居らぬ」
「そうで御座いますね。『花嫁』はただ竜を喚べる存在とでも思っているのでしょう。何とも愚かしい方々なのか…」
 辛辣なマツバの言葉に、ヒガディアルは扇の下の笑みを深め、トラスティルは苦笑を漏らす。この主にして、この臣下あり…と言ったところか。
「しかし…後何人の候補を紹介されればよいのだ?」
「あと…十数人かと…」
 マツバの呆れた声に、ヒガディアルが「多い」と口を開こうとした瞬間。喚ばれたまま、主の傍に在る竜たちが何かに反応を示した。一斉に見上げるのは同じ場所。
 帝王子息の部屋…『スカルラット』である。 
 緩やかに浸透してくるのは、清らかな精霊力。それを感じたトラスティルの背に、ゾクリとする程の畏れに近い何かが競り上がる。
 この気は、一度触れた事がある。あの砂漠で。
 偶然なのか、必然なのか。
 必要な手順を全てすっ飛ばし、現れた小さな竜。此処にいる誰よりも小さな竜。闇の鱗に満月の輝き。
 その場に居る全員がその圧倒的な力を感じ取り、一言も発せなくなる。
「皆様、紹介が遅くなりました」
 静寂の中、トラスティルが音も無く立ち上がり愉快げな声で言葉を紡げば、全員の視線がトラスティルに集まる。芝居がかった動きでトラスティルがついと手で示すのは、小さな明かりが燈る部屋。
「現在、体調が優れぬ為、お部屋の方にてお休みされておりますが…僭越ながら火神族帝王直属近衛隊〈バルキュリア〉隊長トラスティル・アイル・シュウが『花嫁』に推薦致しますのは、名を更紗龍馬と申す者。一週間程前にクレアートに現れました。有する竜は三爪の小竜ですが、蛇の如くしなやかな姿、闇の如き漆黒の鱗に、満月の如き神々しき金の瞳に御座います」
 恭しく腰を深く折ったトラスティルの姿を見て、ヒガディアルは笑うのを堪え、マツバは呆れたように溜息をついた。
「っ、何を勝手な事を!!」
「我等、元老院はその推薦、受理した記憶はない!」
「兵隊風情が口出しをする事ではない!」
「そうだ、そうだ」と元老院の者たちが囃し立てる中、一人の男が立ち上がった。
「控えよ!帝王の前ぞ!」
 朗々とした声が上がり、辺りは先程と打って変わって静寂に包まれた。
「隊長の推薦書は、元老院総括である私が受理しておる!それでも尚言い分のある者は、私に伝えよ!さすれば、私が王に伝えよう!」
 シンと静まり返る室内。猛々しく声を上げた彼の名は、レアルタ。恐らく、元老院で唯一欲が無く、帝王に忠誠を誓うのは彼くらいだろう。他の者は、帝王に取り入ろうと躍起である。
 くつくつと愉しそうな笑い声が響く。そちらの方を見れば、ヒガディアルが「すまん」と笑っている。
「長年、眠りに就くものではないな。私の知らぬ間に、下らぬ規律まで生まれておるのだからな…」
 口元は笑みつつ、その目は相手を射殺せるほどの強さを持っている。ヒガディアルが言うのは、言わずもがな『花嫁候補』の事だ。元老院の数名が、居心地悪そうに視線を揺らめかせている。
「それに、私が目覚めた理由など、今更解からぬと言う者がおるのか?」
 その声だけでなく、ヒガディアルの全てが冷たく煌く。その時、マツバの耳に届いた、カタン…という小さな物音。あまりに小さな音に誰も気が付いていないが、近くに居たマツバがそちらの方を向けば。
「サラ?」
「…お取り込み中?」
 扉の隙間。困ったような表情の龍馬が立っていた。渦中の人物の突然の訪問に少し驚きながらも、マツバはそっと扉に近寄って小声で話し出す。
「取り込み中といえばそうですが…どうかされました?」
「ん、何か、うちのチビが促すもんで…」
「チビ…竜の事ですか?」
「そう。今は、部屋で留守番中」
「…良く此処がお分かりになられましたね?」
「あ、それは俺も思ったの。なんでかな?」
 あはは、と陽気に笑う龍馬に、マツバは苦笑を浮かべた。しかし、疑問は解消されていないので、城内の精霊が案内をしたのだろうとマツバは自己完結をした。
「…今は部屋にお戻りを。少々、間が悪い感じですので…」
「ん、解かった」
 テクテクと去って行く龍馬の背を見送り、マツバはパタン…と扉を閉ざす。室内の状況を視線だけでぐるりと見渡し、誰も気付いていない事を確認すると、安堵の息を吐いた。
 結局、空気が悪くなってしまった為に宴は打ち切られ、各々解散と言う具合で終了した。 

  ***

《その歌は?》
 クリオスが、ソファーに腰掛ける龍馬に声を掛けてみる。ふつりと歌が途切れ、問われた龍馬は首を傾げた。何かを思い出すように、視線が上を向く。
「んー…母さんが歌ってた…子守歌もどき?何か、父さんが良く口ずさんでいたみたいで、母さんも覚えたんだって」
《どこかで聞いたことのある曲ですわ?》
「そっか…。クリオス…ゴメンだけど…ちょっと一人にしてもらっていい?」
 クリオスの方を見るでもなく、窓の外を見つめたまま返事を待つ。その寂し気な横顔に、クリオスは何かを感じ取った。
《…心得ましたわ。何かありましたら、お呼び下さいませ》
 ふっ…と明りが消え、クリオスが姿を消した事を知らせる。月光が室内を照らし出す。
 一人残った龍馬は、ソファーを離れるとテラスへと出て夜空を見上げた。
 キラキラと煌く星。神々しく地上を照らす二つの月。
「……夫婦みたい…」
 手摺に肘を付き、顎を乗せる。見下ろす町並みは夜の顔を見せ、各家庭の明りに溢れている。
 溢れてくる過去の記憶。罪の意識に埋もれていた、温かな両親の記憶。
「ふーたつ…づきがひをともす……ふーかぃ、やみに、ひをともす…―」
 ふつり、ふつりと龍馬の唇から漏らされる唄。

  二つ月が緋を燈す
  深い闇に火を灯す
  見守る月神
  双子神
  遙か地平を彷徨い歩く
  異界の旅人
  何処を行く
  神獣連れて何処を行く…―

 今思えば両親が唄っていた歌は、この世界の事だったのだろう。そう思いながら、月をぼんやり見上げて唄う歌は、全て両親が枕元で唄ってくれた子守歌。
(見守る月神、双子神…つまりは、二つの月。…って事は、此処の事なんだろうな…)
 唄いながら、改めて想う。父や母の事。
 そして、龍馬は気付いていない。自身の歌声が、城内や街に響き渡っている事を…―。 

  ***

「歌…?」
 不意に聞こえてきた歌声に、トラスティルが首を傾げた。
 祝宴も終わりを告げ、広間に残っていたのは、ヒガディアル、マツバ、トラスティル、そして元老院長のレアルタ。計四名である。
やっと落ち着いて酒が飲める、と言った所か。
「…どうやら、フェニーチェと他の精霊たちが音を運んでいるようだな…」
 どこか喜色を滲ませるヒガディアルの声。
 とても静かに囁くような歌。穏やかで何処か胸を締め付けるような心惹かれる歌声に、四人は言葉なく酒を酌み交わす。
「火神族の歌でしょうか?」
〔その通り〕
 マツバの問いに答えたのは、誰も知らぬ少年の声。全員の気が一気に張り詰め、声の主を見やった。
そこに居たのは、黒い髪、黒い服、白磁の肌に桜色の唇、黄金の瞳をした十に満たないであろう幼子だった。
「何者か」
 子供だからと言って、素性の判らぬ者。油断すれば、命に関わる怪我を負う。トラスティルは警戒をそのままに、子供に問い掛けた。
〔我が名は、琥珀。更紗龍馬の契約竜であり……父でもある〕
「父…!?」
 素っ頓狂な声を上げたのはトラスティル。誰だって驚く内容だ。
〔育ての…ではあるがな。まぁ…ククルカンの炎に焼かれた際には僅かに驚いたが…〕
 その場の誰もが言葉を発せない。養父と言えど神獣たる竜が人の子を育てるなんて聞いた事もない。
〔主様の母もまた、火の精霊長せいれいおさであった〕
「精霊に肉体は無い筈です」
 狼狽しながらも、マツバは少年の言葉に横槍を入れるが、少年は鼻で笑ってみせた。
〔私があちらに行く際に与えた。…私も義母『サラティア』も、幾代か前の精霊王と花嫁に仕えていた。主様の双子の兄は、この世界クレアートにて育ったがな〕
 この世界で、双子は凶兆。兄は生かされ、弟は抹殺される。
 しかし、それは当時の迷信であり、今現在では廃れている悪習だ。
「サラは…過去の帝王の子なのですか…!?」
 悲鳴のような声が上がった。
〔いかにも。だが、主様はその事を知らぬ。言うつもりもない〕
「では、何故、その事を我等に?それに、何故、弟君が生きているのです?」
〔その弟の方が、精霊力を秘めていたから。その身の内に、精霊が既に存在していたから。それと…両親に愛されていたから〕
 淀みなく言葉の羅列が紡がれる。
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