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紅蓮の章
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生まれる前から身に宿す精霊を『魄霊』と称する。しかし、その例は極稀にしかなく、王の子供でさえ持たぬ方が大半を占める。
〔私が仕えていた『花嫁』が言った。『この子の命は何よりも尊い。だが、世の掟で下の者を殺さねばならぬ。しかし私たちは自分の子が愛しい。故に世界を飛び、私の故郷の世界にて安寧に暮らせ』と〕
沈黙が、しばしの間その場を支配する。
「それで?お前が言いたい本題は、その事ではないであろう?」
ヒガディアルの言葉に、琥珀は頷くが口を開こうとしない。少しの間を置いて、ヒガディアルが再び口を開いた。
「…お前の仕えていた花嫁は、『弥兎』と言う名の青年か?」
問うてはいるものの、そこに秘められたものは確信。
意外な名前に、マツバ、トラスティル、レアルタの表情が凍り付く。琥珀は口元に小さな笑みを浮かべゆるりと口を開いく。
〔ふふ…今代の帝王は、聡明らしいな〕
「…精霊長の名で解かる」
琥珀は数度瞬き、瞼を閉じて語り出す。
〔…弥兎様は既に解かっておられたのかも知れん。去る間際に彼のお方は申された。『この子には運命なんかに縛られず、自分の意思で人生を進んで欲しい』と。当時は全く解らなかったが…今になって思えば、弥兎様は主様が『花嫁』たる資質をお持ちなのを気付いておられたのだ〕
「つまりは、あの子の気持ちを優先しろ、と言う事か」
ヒガディアルの確信を突いた言葉に、琥珀はニコリと綺麗に微笑み頷いた。
「しかし、『花嫁』は精霊王と婚姻しなくてはならない筈!気持ち云々よりそれは義務なのでは…!」
レアルタが声を上げれば、ヒガディアルはゆるりと口角を上げて見せた。
「レアルタよ、『花嫁』も人。心を有する存在だ」
ヒガディアルは、過去読み耽った歴代の精霊王の文献を思い出していた。
かつての精霊王たちは、選ばれし『花嫁』たちを本人等の意思など関係なく、無理矢理と言って良いほど強引に婚礼の義を 行っていた。勿論、その間柄に愛が芽生える可能性など無に等しい。故に、差はあるものの歴代の精霊王には側室が存在した。
「昔…そうだな……何代前だろうか…―」
ヒガディアルは、ゆっくりと語り出す。
運命に翻弄されず、己で人生を選択した者たちの物語を。
幾代も昔の事。『花嫁』のみと添い遂げた精霊王が存在した。
その王は、異世界から訪れた金髪茶眼の青年を哀れと思い城内に保護した。その頃、王都では精霊王と第一側室の婚礼までもう幾日と言う事で盛大に祭が行われていたが、王は頑なに「婚礼はしない」と言い張っていた。
それもその筈。王の心の内に在ったのは、当時宛がわれようとしていた花嫁ではなく、ただ一人の青年。哀れと思い保護した異世界の青年だった。
望まぬ婚姻は、不幸しか齎さない。
考え抜いた末、王は決断を下す。青年に想いを告げ、青年をどうにかして元の世界に戻そうと。
例え己の身に不幸が降り掛かろうとも、其れが 運命と享受しよう。そう思い、青年の部屋へと足を向けた。
王は妙に胸騒ぎがするのを感じながら歩を進め、青年の部屋へと辿り着き扉を開けば、青年は美しい漆黒の髪に黄金の瞳に変化していた。傍らには同色の五爪龍。
元老院の者たちは何やら焦っていたのだろう。真実の花嫁…『紅蓮の花嫁』が訪れるのを待てず、婚姻の儀の段取りをしていたのだ。
しかし、王の想い人は何が原因だったのか解らないが、世界を跨いだ時に覚醒しなかった『紅蓮の花嫁』だったのだ。
王は問うた。『どうする』と。青年は半年の間、王の傍に居たのだからすぐに何の事かを把握した。
彼は『意思を尊重するのですか』と問い返した。王は頷き返事を待った。青年は、『そんな貴方だから、好きになった』と 微笑んだ。
青年は、花嫁となる事を承諾したのだ。そこに愛があると確信があったから。
数日後、王は婚姻の儀を始めると言った。勿論、相手は『紅蓮の花嫁』である琥珀の元主・桂木弥兎。精霊王の名はアザゼル。後に『賢帝』と語られる者。
「二人は永遠の愛を誓い、その命尽きるまで共に在り続けた。歴代の精霊王の中、唯一、真実の愛の上に成り立った伴侶だ」
「…良く知っておられますね」
語り終えたヒガディアルに、驚くトラスティルが問い掛けた。
「眠っている間、何故か歴代の精霊王の夢を見ていた。なかなかに壮絶で…楽しかったぞ」
琥珀は鋭い眼差しで、今代精霊王を見つめている。
〔ならば、解っておろう。主様は、弥兎様とアザゼル様の御子。私は、お二人のお望みを裏切るわけにはいかん〕
ヒガディアルはしばし考え、口を開く。
「承知した」
「帝王!?」
声を上げたのはマツバだが、トラスティルもレアルタも驚愕に目を見開いている。
「仮にあの子が『紅蓮の花嫁』だったとしよう。その時は、彼に選ばせる。精霊たちの母となるか、只の人に戻るか…」
〔…恩に着る〕
「気にするな。私も彼を気に入っている。無理強いはせん。だが、それまで愛でるのは構わぬだろ?」
ヒガディアルの言葉に、琥珀は僅かに眉間に皺を寄せたが渋々了承し、話は終わったとばかりにその姿を消した。
「帝王!何故あのような!」
「マツバ、落ち着け!」
今にも掴み掛かりそうなマツバを、トラスティルが止める。
「賢帝アザゼルの御子ならば、既に亡くなられているはず…」
レアルタは顎に手を添え、困惑した表情で発言をする。何千年前の帝王か解らない。本当に龍馬がその賢帝の子供ならばとっくに崩御している筈である。
「あちらとこちらの世界では、時の流れがかなり違うようだな」
ヒガディアルは口角を上げて酒を一口。思い浮かべるのは、あの子の寝顔。
目を覚ました時に腕の中にいた子供を見てすぐに解った。
―コノコガワタシノ…―
その時、小さな物音と共に小さな声が静寂の室内に響いた。
「サラ…」
「ごめんなさい、遅かったから」
「こちらこそ、申し訳ありません。どうぞ、入られて下さい。貴方にご紹介致します」
マツバが扉を開き、再び顔を出した龍馬を中に招き入れる。正装で着飾られたマツバに「綺麗ですね」と声を掛けつつ、テーブルへと足を向けた。
その時、視界を過ぎった紅。温かな焔の色。ふと視線を向ければ、冷たい印象を与える程に整いすぎた美貌。目が合った瞬間に、その美貌が甘く綻んだ。
トクリと龍馬の胸が大きく高鳴った。訳が解らない龍馬は、首を右に左にと傾げながら美貌の男に声を掛けた。
「えー…と、ハジメマシテ…」
「サラ、この方はヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラス様。我ら火神族の帝王であり、今代の精霊王です」
この人が…と凝視していると、マツバが困ったように微笑んだ。
「少々冷たい言い方になってしまいますが…王に直接話し掛けるのは…」
「ぁ、あぁ…すみません…」
龍馬が申し訳なさそうに言えば、焔色の髪の持ち主であるヒガディアルが龍馬に向かって手を伸ばした。
「構わんよ…おいで」
答えたのは柔和に表情を緩めたヒガディアルだった。優しい微笑みに、耳を擽る低く甘い声。しかし、龍馬は躊躇う。
「その美しい金の目を、私に見せてくれないか?」
くすくすと笑いながらも、ヒガディルは恋しい人に向けるような、甘く蕩けた笑みで龍馬を招く。差し出された大きな手に、龍馬は恐る恐る手を伸ばした。
触れ合った手は、少しばかりひんやりとしていて熱を感じなかった。それでも、胸の奥がほんのり熱を持った。
少し強引に手を引かれたかと思うと、逞しいその腕の中に抱かれ、微かに香る良い匂いが鼻腔を擽った。心が安らぐ。
おずおずと顔を上げ、金と銀のオッドアイを見上げた。
「ぇ、えっと…帝王サマ?」
「ヒガディアルでよい」
「ぅえ!?で、でも…」
言い募ろうとするが、ヒガディアルの柔らかな笑みがそれを 頑なに拒否している。
「じゃ、ヒガ様…?」
龍馬が首を傾げながら言えば、ヒガディアルが満足と言ったように笑った。ヒガディアルの長い指が、龍馬の目元を優しく撫でる。
「見事な金色よな…」
(ち、近い近い近い近い!)
今にも唇が触れてしまいそうな程の至近距離。するりと頬を撫でる指も擽ったい。
「更紗龍馬…秘める力は計り知れぬ強大さを持っている。…龍の名を持つ子。これから、お前をドゥーラと呼んでも構わぬか?」
「ドゥーラ…?」
「ふふ、ドラゴン…では、あまりに安直だからな」
「帝王、一人を特別扱いするのは…」
マツバが言えば、ヒガディアルの金と銀の目がス…と眇められ、得も知れぬ恐怖がマツバの心臓を鷲掴んだ。額に、頬に、背に、冷たく嫌な汗が流れ落ちる。
「お前は…私のやる事なす事に、間々口を挟むが…何故だ?」
フワリとした柔和な微笑みが、マツバの呼吸を更に奪う。
「その、よ…な、コと、はっ」
「ふむ…どうやら私が眠っている間に、お前も相当腑抜けになってしまったようだな」
ヒガディアルは更に笑みを深めると、はっきりと言い放った。
「『花嫁』に候補など要らぬ。それは我等四大帝王の提議か?違うであろう。元老院が勝手に考えたものだ。マツバ、 お前に問おう。お前は、誰の臣下だ。私か?元老院か?今此処で答えを出すが良い」
毅然たる王の宣言に、堪え切れずマツバは膝を付いた。
「お、恐れながら、私は、帝王たる貴方様の臣下と自負しております。貴方様の最良となるよう、進言致しますのが私の役目。…出過ぎた真似を致しました…どうか、お許しを…」
恐れからか、涙からか。その声は、僅かに震えている。ヒガディアルは目元を和らげ、ふふ…と小さく声を上げて笑った。
「すまなんだ、マツバ。面を上げよ」
打って変わって軽やかな声が掛けられ、マツバはおずおずと顔を持ち上げる。
「大丈夫か?」
穏やかに微笑むヒガディアルの言葉に、小さな返事と共にマツバが頷いては見せるものの、その顔色は思わしくない。腹心の様子に、ヒガディアルは小さな溜息を吐き出した。
「少々虐め過ぎたようだ。今宵はお開きにしよう」
そう苦笑交じりに告げれば、マツバが申し訳無さそうに頭を下げた。
「ドゥーラ、お前もお戻り」
「あ、はい。失礼します…」
頬を撫でられながら言われ、龍馬は慌ててその腕の中から逃れると、頭を下げてパタパタと大広間を後にした。その様子を、ヒガディアルたち四人は笑って見送ったのだった。
〔私が仕えていた『花嫁』が言った。『この子の命は何よりも尊い。だが、世の掟で下の者を殺さねばならぬ。しかし私たちは自分の子が愛しい。故に世界を飛び、私の故郷の世界にて安寧に暮らせ』と〕
沈黙が、しばしの間その場を支配する。
「それで?お前が言いたい本題は、その事ではないであろう?」
ヒガディアルの言葉に、琥珀は頷くが口を開こうとしない。少しの間を置いて、ヒガディアルが再び口を開いた。
「…お前の仕えていた花嫁は、『弥兎』と言う名の青年か?」
問うてはいるものの、そこに秘められたものは確信。
意外な名前に、マツバ、トラスティル、レアルタの表情が凍り付く。琥珀は口元に小さな笑みを浮かべゆるりと口を開いく。
〔ふふ…今代の帝王は、聡明らしいな〕
「…精霊長の名で解かる」
琥珀は数度瞬き、瞼を閉じて語り出す。
〔…弥兎様は既に解かっておられたのかも知れん。去る間際に彼のお方は申された。『この子には運命なんかに縛られず、自分の意思で人生を進んで欲しい』と。当時は全く解らなかったが…今になって思えば、弥兎様は主様が『花嫁』たる資質をお持ちなのを気付いておられたのだ〕
「つまりは、あの子の気持ちを優先しろ、と言う事か」
ヒガディアルの確信を突いた言葉に、琥珀はニコリと綺麗に微笑み頷いた。
「しかし、『花嫁』は精霊王と婚姻しなくてはならない筈!気持ち云々よりそれは義務なのでは…!」
レアルタが声を上げれば、ヒガディアルはゆるりと口角を上げて見せた。
「レアルタよ、『花嫁』も人。心を有する存在だ」
ヒガディアルは、過去読み耽った歴代の精霊王の文献を思い出していた。
かつての精霊王たちは、選ばれし『花嫁』たちを本人等の意思など関係なく、無理矢理と言って良いほど強引に婚礼の義を 行っていた。勿論、その間柄に愛が芽生える可能性など無に等しい。故に、差はあるものの歴代の精霊王には側室が存在した。
「昔…そうだな……何代前だろうか…―」
ヒガディアルは、ゆっくりと語り出す。
運命に翻弄されず、己で人生を選択した者たちの物語を。
幾代も昔の事。『花嫁』のみと添い遂げた精霊王が存在した。
その王は、異世界から訪れた金髪茶眼の青年を哀れと思い城内に保護した。その頃、王都では精霊王と第一側室の婚礼までもう幾日と言う事で盛大に祭が行われていたが、王は頑なに「婚礼はしない」と言い張っていた。
それもその筈。王の心の内に在ったのは、当時宛がわれようとしていた花嫁ではなく、ただ一人の青年。哀れと思い保護した異世界の青年だった。
望まぬ婚姻は、不幸しか齎さない。
考え抜いた末、王は決断を下す。青年に想いを告げ、青年をどうにかして元の世界に戻そうと。
例え己の身に不幸が降り掛かろうとも、其れが 運命と享受しよう。そう思い、青年の部屋へと足を向けた。
王は妙に胸騒ぎがするのを感じながら歩を進め、青年の部屋へと辿り着き扉を開けば、青年は美しい漆黒の髪に黄金の瞳に変化していた。傍らには同色の五爪龍。
元老院の者たちは何やら焦っていたのだろう。真実の花嫁…『紅蓮の花嫁』が訪れるのを待てず、婚姻の儀の段取りをしていたのだ。
しかし、王の想い人は何が原因だったのか解らないが、世界を跨いだ時に覚醒しなかった『紅蓮の花嫁』だったのだ。
王は問うた。『どうする』と。青年は半年の間、王の傍に居たのだからすぐに何の事かを把握した。
彼は『意思を尊重するのですか』と問い返した。王は頷き返事を待った。青年は、『そんな貴方だから、好きになった』と 微笑んだ。
青年は、花嫁となる事を承諾したのだ。そこに愛があると確信があったから。
数日後、王は婚姻の儀を始めると言った。勿論、相手は『紅蓮の花嫁』である琥珀の元主・桂木弥兎。精霊王の名はアザゼル。後に『賢帝』と語られる者。
「二人は永遠の愛を誓い、その命尽きるまで共に在り続けた。歴代の精霊王の中、唯一、真実の愛の上に成り立った伴侶だ」
「…良く知っておられますね」
語り終えたヒガディアルに、驚くトラスティルが問い掛けた。
「眠っている間、何故か歴代の精霊王の夢を見ていた。なかなかに壮絶で…楽しかったぞ」
琥珀は鋭い眼差しで、今代精霊王を見つめている。
〔ならば、解っておろう。主様は、弥兎様とアザゼル様の御子。私は、お二人のお望みを裏切るわけにはいかん〕
ヒガディアルはしばし考え、口を開く。
「承知した」
「帝王!?」
声を上げたのはマツバだが、トラスティルもレアルタも驚愕に目を見開いている。
「仮にあの子が『紅蓮の花嫁』だったとしよう。その時は、彼に選ばせる。精霊たちの母となるか、只の人に戻るか…」
〔…恩に着る〕
「気にするな。私も彼を気に入っている。無理強いはせん。だが、それまで愛でるのは構わぬだろ?」
ヒガディアルの言葉に、琥珀は僅かに眉間に皺を寄せたが渋々了承し、話は終わったとばかりにその姿を消した。
「帝王!何故あのような!」
「マツバ、落ち着け!」
今にも掴み掛かりそうなマツバを、トラスティルが止める。
「賢帝アザゼルの御子ならば、既に亡くなられているはず…」
レアルタは顎に手を添え、困惑した表情で発言をする。何千年前の帝王か解らない。本当に龍馬がその賢帝の子供ならばとっくに崩御している筈である。
「あちらとこちらの世界では、時の流れがかなり違うようだな」
ヒガディアルは口角を上げて酒を一口。思い浮かべるのは、あの子の寝顔。
目を覚ました時に腕の中にいた子供を見てすぐに解った。
―コノコガワタシノ…―
その時、小さな物音と共に小さな声が静寂の室内に響いた。
「サラ…」
「ごめんなさい、遅かったから」
「こちらこそ、申し訳ありません。どうぞ、入られて下さい。貴方にご紹介致します」
マツバが扉を開き、再び顔を出した龍馬を中に招き入れる。正装で着飾られたマツバに「綺麗ですね」と声を掛けつつ、テーブルへと足を向けた。
その時、視界を過ぎった紅。温かな焔の色。ふと視線を向ければ、冷たい印象を与える程に整いすぎた美貌。目が合った瞬間に、その美貌が甘く綻んだ。
トクリと龍馬の胸が大きく高鳴った。訳が解らない龍馬は、首を右に左にと傾げながら美貌の男に声を掛けた。
「えー…と、ハジメマシテ…」
「サラ、この方はヒガディアル・イシュリヴィア・ドリアラス様。我ら火神族の帝王であり、今代の精霊王です」
この人が…と凝視していると、マツバが困ったように微笑んだ。
「少々冷たい言い方になってしまいますが…王に直接話し掛けるのは…」
「ぁ、あぁ…すみません…」
龍馬が申し訳なさそうに言えば、焔色の髪の持ち主であるヒガディアルが龍馬に向かって手を伸ばした。
「構わんよ…おいで」
答えたのは柔和に表情を緩めたヒガディアルだった。優しい微笑みに、耳を擽る低く甘い声。しかし、龍馬は躊躇う。
「その美しい金の目を、私に見せてくれないか?」
くすくすと笑いながらも、ヒガディルは恋しい人に向けるような、甘く蕩けた笑みで龍馬を招く。差し出された大きな手に、龍馬は恐る恐る手を伸ばした。
触れ合った手は、少しばかりひんやりとしていて熱を感じなかった。それでも、胸の奥がほんのり熱を持った。
少し強引に手を引かれたかと思うと、逞しいその腕の中に抱かれ、微かに香る良い匂いが鼻腔を擽った。心が安らぐ。
おずおずと顔を上げ、金と銀のオッドアイを見上げた。
「ぇ、えっと…帝王サマ?」
「ヒガディアルでよい」
「ぅえ!?で、でも…」
言い募ろうとするが、ヒガディアルの柔らかな笑みがそれを 頑なに拒否している。
「じゃ、ヒガ様…?」
龍馬が首を傾げながら言えば、ヒガディアルが満足と言ったように笑った。ヒガディアルの長い指が、龍馬の目元を優しく撫でる。
「見事な金色よな…」
(ち、近い近い近い近い!)
今にも唇が触れてしまいそうな程の至近距離。するりと頬を撫でる指も擽ったい。
「更紗龍馬…秘める力は計り知れぬ強大さを持っている。…龍の名を持つ子。これから、お前をドゥーラと呼んでも構わぬか?」
「ドゥーラ…?」
「ふふ、ドラゴン…では、あまりに安直だからな」
「帝王、一人を特別扱いするのは…」
マツバが言えば、ヒガディアルの金と銀の目がス…と眇められ、得も知れぬ恐怖がマツバの心臓を鷲掴んだ。額に、頬に、背に、冷たく嫌な汗が流れ落ちる。
「お前は…私のやる事なす事に、間々口を挟むが…何故だ?」
フワリとした柔和な微笑みが、マツバの呼吸を更に奪う。
「その、よ…な、コと、はっ」
「ふむ…どうやら私が眠っている間に、お前も相当腑抜けになってしまったようだな」
ヒガディアルは更に笑みを深めると、はっきりと言い放った。
「『花嫁』に候補など要らぬ。それは我等四大帝王の提議か?違うであろう。元老院が勝手に考えたものだ。マツバ、 お前に問おう。お前は、誰の臣下だ。私か?元老院か?今此処で答えを出すが良い」
毅然たる王の宣言に、堪え切れずマツバは膝を付いた。
「お、恐れながら、私は、帝王たる貴方様の臣下と自負しております。貴方様の最良となるよう、進言致しますのが私の役目。…出過ぎた真似を致しました…どうか、お許しを…」
恐れからか、涙からか。その声は、僅かに震えている。ヒガディアルは目元を和らげ、ふふ…と小さく声を上げて笑った。
「すまなんだ、マツバ。面を上げよ」
打って変わって軽やかな声が掛けられ、マツバはおずおずと顔を持ち上げる。
「大丈夫か?」
穏やかに微笑むヒガディアルの言葉に、小さな返事と共にマツバが頷いては見せるものの、その顔色は思わしくない。腹心の様子に、ヒガディアルは小さな溜息を吐き出した。
「少々虐め過ぎたようだ。今宵はお開きにしよう」
そう苦笑交じりに告げれば、マツバが申し訳無さそうに頭を下げた。
「ドゥーラ、お前もお戻り」
「あ、はい。失礼します…」
頬を撫でられながら言われ、龍馬は慌ててその腕の中から逃れると、頭を下げてパタパタと大広間を後にした。その様子を、ヒガディアルたち四人は笑って見送ったのだった。
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