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翡翠の章
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白い空間。ケテルは頭上を仰ぎ見たまま、微動だにしない。ひたすらに一点を見つめている。
《ヘイ、ボス!》
ボウッと音を立ててケテルの背後に青い炎が点り、その炎が見る間に人の形を模って行く。出来上がったのは青年。
《ケセドか…どうした》
振り返ったケテルに〈ケセド〉と呼ばれた青年は、戸惑った表情でケテルに話し掛けた。
《ちょいと緊急事態が起きた!》
《何だ》
《『鎖』がご主人様の中に侵入し始めてる!》
《鎖…だと?》
無表情だったケテルの顔が、一気に険しくなる。
《誰か対応してるのか》
《コクマーが。だが、スィーレが俺たちを認識してないから、あまり長くは持たない》
《…お前もお行き。スィーレの方は何とかする》
《了解》
了承の意を伝え、ケセドは再び青い炎となってその姿を消した。残されたケテルは再び虚空を睨みつけた。鋭さを増した金の目が、じわじわと銀の輝きを纏い出す。
《何と…愚かな…っ!》
―立場を弁えぬ者に、慈悲の欠片も必要ない。
唸る様な低い声が、白き空間に木霊した。
***
「契約…ねー…」
翌朝。だいぶ顔色のよくなった龍馬は、テラスにて望と康平の三人で朝のお茶の時間を過ごしながら、望から『魄霊』との契約について説明を受けていた。
「『魄霊』は元々『魂』と契約はされているけれど…それを本人が認識しないと本来の力が発揮出来ないし、その精霊がこっち側に出て来れないんだ」
「…ヤヤコシイ」
「…だよねー…」
眉間に皺を刻み込んだ龍馬が唸れば、望は苦笑を浮かべる。
「つまり、今は精霊と『仮契約』の状態なんだよ。で、お前がちゃんと精霊を認識して、その名前を呼んでやれば『本契約』が施行されるって事だ。わかったか?いや、寧ろ解れ」
「う…了解…」
僅かに不機嫌な表情の康平が言えば、微かに感じる恐怖に龍馬は渋々頷き、理解しようと頭をフル回転させ始める。
「八つ当たり…」
「解ってるよ。だけどよ、ホントの事は言えねーんだ…コレくらい許せよ」
望の指摘に康平は苦々しく吐き出した。
龍馬は己の額にある『傀儡』の鎖の事を知らない。
事実を知った所で、慌てふためくだけで何も変わらないと望と康平が判断したからだ。無駄に混乱を招くより、効率よく事を済まそうではないかと事情を知る者達で話し合った結果、龍馬の精霊を呼び出そうという事になったのである。
龍馬、望、康平は部屋でのんびりとしているが、大広間ではマツバとトラスティル、数名の信頼できる僧侶により、精霊を呼び出す為の準備が着々と進められていた。
「あ、そう言えば、精霊とかと話って出来んの?」
「まぁ、自分の精霊だし…」
「じゃ…自分の意識内で会える事って出来る…?」
「それは解らん。俺たちは竜と契約してるのであって、精霊とは無縁の存在だからな」
ガリッと康平が氷を噛み砕いた、瞬間。
―ガキィイィィィンッ!
金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡った。
龍馬の背後。いつの間にか望と康平が龍馬の席を立ち、赤華扇と紫龍槍が交差して何かを食い止めていた。
―カシャン…
小さな音を立てて落ちた、何か。
「…矢…?」
望は呟き、落ちた物を拾い上げて見れば薄紅の矢。予想外の武器の色に、しばし思案する望と康平。
各種族により扱う色が決まっており、それは髪や目の色と同じで覆す事の出来ない事由である。普段着では区別はないが、正装になると決められた色を纏う。武器もまた然り。しかし、武器に淡色を使う事はあまりない。
「…てっきり、深緑(風神族の色)かと思ったぜ…」
「喜んでいいのやら、悪いのやら。持ち主は、薄紅の鱗持つ竜の主…って事か」
「大方…元老院の差し金か…」
―ミシミシ……カシャン…
望が握っていた矢に力を加えると、掛かる力に耐え切れず小さな音を立て折れた。 龍馬は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、康平は「あーらら…」と頭を掻いた。
「康平!」
「あいあい」
「へ?え?うえ!?」
我慢ならぬと望は声を荒げ、康平は仕方がないと龍馬の片腕を掴み、龍馬は両脇に立った望と康平を交互に見た。
「行くよ!」
「あーい」
「うえっ!?」
止める間もなく、龍馬は二人に引き摺られる事となってしまった。
三人が向かった先は、大広間。
――バン!
「ちょ、二人とも、痛いってば!」
「わがまま言うな、スカタン」
「ぁあ!?」
「マツバ様、準備の方はいかがですか?」
勢い良く開け放たれた大広間の扉。無神族帝王は友人兼側近の二人に腕を掴まれ、捕らえられた囚人の如く。
呆気にとられた面々は、間抜けにも口を開けっ放しにしてその光景を見ていた。
詰め寄らんばかりの勢いの望に問われたマツバは、しどろもどろに何事なのか聞いてみる。
「部屋にて少々問題が発生いたしましたので、急遽、此方に足を向けました」
「と、取り敢えず準備の方は、整いましたが…」
望はその答えに満足そうに笑みを浮かべると、龍馬の腕を引いて描かれた大きく複雑な魔法陣の中心に向かう。鬼気迫るその気迫に、誰も言葉を発せない。
「康平、警戒を怠るなよ」
「了解」
そう言って、康平は契約竜のリタを呼び出した。表情は真剣ながらも、その手は長い槍を弄ぶ。
ピリピリと常にない空気に、マツバもトラスティルも僅かな戸惑いを隠せないでいた。
「マツバ様」
「は、はい」
「魔法陣を発動させます」
その望の言葉に、マツバに目を剥いた。
「待って下さい。この魔法陣を望一人で発動させるんですか?」
「まさか。オレじゃないですよ。ね、龍馬」
望は満面の笑顔で、思考回路に混乱をきたしている龍馬を振り返る。振られた龍馬は、パクパクと意味も無く口の開閉を繰り返していた。「アハハ、鯉みたい」と望が笑うが、龍馬はそれ所ではない。
「む、無理無理無理無理!何言ってくれちゃってんの、ノン様!?」
「大丈夫、君なら出来るって」
「何を根拠に!?」
今では、もはや名物となった漫才。周りの者は唖然としているが、康平は苛々としている様子。
「ノン!早くそいつを眠らせろ!!」
我慢の限界とでも言うように叫ぶ康平。珍しい彼の様子に、望が苦笑を浮かべながらパチンと指を鳴らすと、龍馬の体から瞬時に力が抜けた。傾いだ体を受け止めた望は、その体をそっと床に横たえ、自身は魔法陣の外へと避難した。
「根拠なんて何もない。でも、君なら一人で出来る確信がある」
「一人…ね」
康平は薄く笑みを浮かべた。
望の行動に慌てるのは、マツバだけに限らずトラスティルや僧侶達もである。
「おい!眠らせたら、何も出来ねーだろうが!」
トラスティルの言葉に、望は寒気を誘うような満面の笑みで振り返った。
「大丈夫ですから離れて下さい。巻き込まれていいんですか?」
その時、龍馬の体が淡い輝きを発し始め、それに共鳴するかのように、魔法陣も輝き出す。
「何で…」
「『花嫁』様の成せる技?」
望がちょっとふざけ気味に言えば、マツバの眉間に皺が生まれる。
「…本当は、龍馬の『魄霊』が出てこようとしてるんです」
「『スカルラット』での出来事が引き金…かな?」
未だピリピリと殺気立つ康平が、光が強くなる魔法陣の中央に眠る龍馬を見つめながら呟いた。
「引き金?…一体、何が」
―ゴウッ!
マツバが部屋で何があったのか聞こうとした瞬間、恐ろしい程に強烈な熱風が襲い掛かった。龍馬を覆い囲むのは、多色の焔。
「クプレオ」
「カリタ!」
防御力に長ける望の契約竜と、それを更に強化させる補助型のマツバの契約精霊が呼び出され、魔法陣全体を覆う壁を形成する。逃げ場のない熱風は、壁の内側で暴れた。
圧し掛かる精霊力。圧倒的な力に、誰も身動き一つ出来ない。
研ぎ澄まされた清廉な気が、壁すら通り越して室内に充満する。やがて焔は威力を弱め、壁の中を鮮明に映し出した。
そこに居たのは三人の男。一人は龍馬同様、黒髪金眼の年若に見える青年。一人は青年より身長はある同じく黒髪金眼の男。最後の一人は、一番背が高く深紅の髪に金色の目。腕には龍馬を大切に抱えている。
「…誰?」
恐る恐る望が聞けば、黒髪の青年の表情が綻んだ。何処か、龍馬に似た雰囲気の微笑み。
《突然、申し訳ない。俺は…ダアトと言います》
少しの躊躇いの後、名を呟く。その姿を切な気に見つめる黒髪の男と深紅の髪の男。
《そっちの子が琥珀。此方の方がケテルと申します》
ケテルを挟んで立つ琥珀とダアト、と言う事になる。
「琥珀って…龍馬の…?」
〔いかにも〕
頷く琥珀。その美しい風貌を裏切る、淡々とした声音と口調。表情は一切変わらない。
〔そこの…側近と隊長は、私がまだ幼き時分に会ったな〕
琥珀の視線が、マツバとトラスティルに向けられた。確かに二人は、一度だけ琥珀の人型の姿を見た。しかし、現在の姿とだいぶ掛け離れている。
〔それだけ、主様が成長されたのだ〕
その時、ケテルが小さく息を吐き出した。
《そのように、悠長に話をしている暇はない》
その声質は誰かを彷彿とさせるが、その誰かが出て来ない。重く威厳があるものの、何処か優しい響きのある声。
《スィーレの危機故、我等と竜が陣の力を発動させた》
「精霊が…自分で…?」
マツバの声が震えた。本来、精霊は自分の名前を呼ばれた時にその姿を現し、力を発揮する。呼ばれても居ない、まして、契約者が認識すらしていない魄霊が姿を現し、力を揮った。その事実に、一同愕然とする。
〔本来なら私だけが呼び出されるよう、陣が描かれていた筈なんだがな〕
《俺とケテルは、半ば強引に出て来たと言う事です》
呆れた顔の琥珀の言葉に、ダアトは苦笑しながらそう言った。精霊が主の意識なしに出て来るには、精霊自身の力が相当強くなければならない。
《今回、我らが呼び出された理由は分かっています。しかし、琥珀は既に契約完了の身。…今のスィーレが俺やケテルと契約すれば、その身が持たない…》
ダアトの言葉に、望たちの表情が絶望に彩られる。
《…何を嘆く》
小首を傾げながら、ケテルが言う。
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~お知らせ~
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※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
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※第24話を少し修正しました。
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