紅蓮の獣

仁蕾

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青藍の章

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 雲一つない清々しいまでの朝。
 火神族王城フィアンマの大広間には、無神族アルケー帝王である更紗龍馬を始めとするいつものメンバーが集まっていた。
「か、かわいー…!」
 龍馬はほんのりと頬を染め、その視線を一切逸らそうとはしない。金の双眸が釘付けになる先には、行儀よくお座りをしている桜色の子猫。
 大きな薄紅の目で龍馬を見つめていた子猫は、ミャウとひとつ鳴くと器用に宙返りをしてその姿を人間と差異の無いものへと変えた。五歳ほどの可愛らしい女の子。結い上げられ、飾られた桜色の長い髪に、小さな体には裾の長い着物を纏っている。
《はじめまして、王后様。わたくし、咲夜と申します》
 無邪気に笑う少女に、龍馬は目を輝かせながらしきりに「可愛い、可愛い」と言い続けている。
「ドゥーラ、咲夜姫は私が契約している三人の高等精霊の内の一人だ」
 笑いを含んだヒガディアルの声も聞こえてないほど、目の前の少女を愛でるのに一生懸命な龍馬を、その場にいた誰もが微笑みながら見つめている。
《お邪魔いたします》
 不意に響いた別の少女の声。誰もが窓の方を向けば、美しい常盤色の大きな鷲が兵士の腕に止まっていた。鷲は一度羽ばたいて兵士の腕から離れると、ポフンと軽やかな音を立てて人型へと変じる。常盤色の髪をした少女は、床に足を着いて龍馬の方へと駆け寄った。
「セイレーン!」
《レジーナ様!》
 腕を広げた龍馬の懐に飛び込んだのは、風神族シルフ帝王であるニディオラ・サフナーダ・インガディアナの契約精霊のセイレーン。しかし、その姿は以前見たときよりも幼い。
首を傾げた龍馬に、セイレーンは小さな苦笑を浮かべて見せた。
《城同士の距離がありますから、この姿が限界なのです。いつもの姿ですと主様が倒れてしまいます》
「あの人がそのくらいで倒れるようなタマには見えないけど」
《同感です》
 そこを同意するのはどうなのだろうと思ったのは、マツバだけであった。
「それで今日はどうかしたの?」
 存分に抱擁をした後に拘束を緩めてやれば、セイレーンは手に持っていた美しい装飾が施してある封筒を差し出した。
《主様からです。レジーナ様か精霊王に渡しなさい、と》
 受け取った龍馬は封筒の表と裏を何度も見返し、封を切って中身の確認を始めれば流れるように書かれたクレアート文字。イシュバイルやマツバの教育の賜物で、読み書きが出来るようになった龍馬だが、達筆で書かれた手紙を読めるほどではない。泣く泣くヒガディアルに手渡す事にした。
 その様子がトラスティルと康平のツボに入ったようで、二人は腹を抱えて声を出さないように笑いを噛み殺している。ヒガディアルも微笑みながら、その手紙に目を通した。
「…『風神族帝王の地位に就くニディオラ・サフナーダ・インガディアナは、このクレアートに召されし青年、更紗龍馬を『紅蓮の花嫁』として承認する事を此処に記す』…これは」
 読み終えたヒガディアルは何度も手紙に目を通す。読み上げられた手紙の内容に他の面々も驚いて動きを止めているが、龍馬は何がなんだかと言った状態である。
《あれは『承認状』と言われるもので、他の王が精霊王とレジーナ様に宛てる手紙です》
《それが送られてきたと言う事は、ニディオラ殿は我が君と王后様に生涯忠誠を誓うと言う事なのです》
 他の王から承認状を送られる事は滅多に無いのです。と嬉しそうに説明をするセイレーンと咲夜姫は、手を取り合い喜んでいるが当の龍馬は硬直状態。
「生涯って……生涯?」
《はい!》
《もちろん!》
 揃う声と可愛らしい満面の笑顔。
 龍馬はほんの一瞬だけ意識が遠退き掛けるが、どうにか自分を保つよう踏み止まると、正面で笑っている望に助けを求める。
「ノン様!」
「あっはっは!俺じゃなくて帝王様に言いなよ。帝王様が受理してしまえばどうしようもないからね」
 そう言われすぐさまヒガディアルの方を見るが、目が合ったヒガディアルは誰もが見蕩れる美しい笑顔を龍馬に向けた。
「マツバ、処理しておけ」
「はい」
 マツバも満面の笑みで、ヒガディアルから手紙を受け取った。龍馬は一気に青褪める。
「いいじゃねーか。名誉な事だろ?」
 康平が龍馬の頭を両手でかき混ぜ宥めようとするが、若干の恐慌状態にある龍馬はそれどころではない。
「良くないよ!相手は王様だよ!?」
「君だって王様だ」
「そーれーでーもー!」
 叫ぶ龍馬は若干涙目になっている。望が綺麗に盛り付けた朝食の皿を差し出せば、龍馬は青褪めつつもその皿をしっかりと受け取った。
「君がニア様に認められたと言う事だろ?」
「でもー…」
「まあさ、これでジジィ共も少しは大人しくなるさ」
 康平が悪戯好きの子供のように、歯を見せて笑う。
「ですが…あの金貨は…」
 マツバの沈んだ声に、皆、苦笑を禁じえない。
「金貨…?」
 ヒガディアルが首を傾げれば、マツバは躊躇いながらも小さく頷いた。
「はい。先日、|無神族帝王直属近衛隊に入隊いたしましたアイリーンより、契約時の証拠として押収した物です」
 その言葉に、柳眉が僅かに跳ねた。
「後ほど、王の間にて」
「解った」
 ほんの数秒、室内を沈黙が支配するが、「さて」と望が手を叩いた。
「龍馬くん」
「え、なに、ノン様、気持ち悪い」
「…いっぺん逝こうか」
「ゴメンナサイ」
「おっふ、相変わらず早いなーお前」
 このトリオこそ相変わらずなのでは、と誰もが思った事は秘密である。
 それはいいから、と漫才を終わらせたのは楽しげに龍馬を苛めていた望だ。
「俺的お願いを聞いてみない?」
 目は口ほどにものを言う。顔は穏やかな微笑み。それが逆に恐い。
 琥珀色の目が訴える。
 ―断るわけが無いよね?断ったら…解ってるよね?
 この隊長は、とことん自身の帝王様より強かった。
 何かを画策しているのは分かるが、マツバは首を傾げる。
「何かあるんですか?」
「たまーに迦陵さんが龍馬のとこに来てるいみたいで、色んな歌を習っているそうです」
 望が言えば、その場に居た全員が是非とも聞きたいと囃し立てた。どんどんどんどん龍馬の逃げ場がなくなっていく。助けを求めるようにヒガディアルに目を向けたのだが。
「楽しみだな、ドゥーラ」
 ―そんな素敵な笑顔で見られても…
 敢え無く撃沈。折れるしかない龍馬だったが、ハッと顔を上げると望に視線を向けた。その顔は必死そのもの。
「じゃ、じゃあ!望さんが演奏してよ!」
「はぁっ!?」
 思わぬ龍馬の反撃に望が素っ頓狂な声を上げる。同時に、それを更に囃し立てる全員。だが。
「却下」
 即答。それも、無表情で。
「その代わり………康平」
「ふぁ?」
 黙々とパンを口に含んでいた康平に目を向ける。
「『琴龍きんりゅう』は?」
「んぐ…部屋に置いてる。取って来る?」
「宜しくー」
 ひらりと手を振る望に、軽く返事をしながら康平は最後のパンの一欠けらを口に放って腰を上げた。
 聞きなれない名前に龍馬が首を傾げ、望は笑みを浮かべると説明を始めた。
「琴龍は俺の竜と康平の竜の鱗で作った琴の事だよ。只、弦は康平の竜の鱗だから、あいつにしか弾けないけどね。最近、弾いてなかったけど…あの音色は絶賛ものだよ」
「へえ…望がそこまで言うなんて…相当なんでしょうね」
 マツバが言えば、望は肯定するように微笑んだ。
 龍馬も望絶賛の音色に期待しつつ、自分も歌わなければならないという事実が邪魔をし、素直にわくわくと胸を躍らせることが出来なかった。
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