29 / 84
青藍の章
3
しおりを挟む
「おーう、ティア様じゃん。オハヨー」
水神族女帝直属近衛隊隊長のティアナ・クライ・シースが、役職に似合わぬホワホワとした笑顔で歩いて来る。康平が挨拶をしながら手を振れば、白く細い手で振り返してくれた。
「康ちゃん、朝から『お掃除』したみたいねぇ」
「うん」
「その後、サラ様の歌と望の演奏で舞ったみたいねぇ」
「うん」
「見たかったわぁ…姉様も見たかったでしょうにぃ…」
はふりとティアナは、わざとらしくため息をついて見せた。ティアナとその姉であるディアナは双子の姉妹で、望と康平に楽器と舞を教えた師でもある。
それに、とティアナは笑みの色を変える。
「血の臭いが酷いわ…派手に暴れたのね」
口調もガラリと変わり、隊長としての本性が垣間見えた。康平の表情も飄々とした表情から一転。どこか黒い部分を含む笑み。
「朝の『掃除』に精を出したからね」
で、今からまた顔出すの。と満面の笑みだ。ティアナもいつも通りの笑みへと変わる。
「またリタちゃんに頼んだの?お片付け」
「うん。ちゃんと証拠は残ってる筈だけどね」
行く?と聞けば、ティアナはふんわり笑って頷いた。
「あらぁ…」
康平とティアナは、屍が溢れている筈の中庭に到着した。そこには血の一滴も見当たらない。ただ、康平の契約竜がつまらなそうに大樹の根元に寝転がっているだけ。
康平が名を呼べば、嬉々としてこちら側に飛んできた。
「サンキュー、お疲れさん」
「綺麗に燃やしちゃったのねぇ」
康平がリタに頼んだ『片付け』とは、肉塊と血痕の消去。草花を傷付けず、目標だけを燃やす事の出来るリタならではの『片付け』だ。
「何かあったか?」
康平の問いに、リタは小さく首を振る。再び礼を言い、リタを己の内に戻した。
「うーん…なんか証拠が…あると思ったんだけどなー」
残念がりつつも、その口元は笑っているので説得力皆無である。
「でもぉ、既に切り札を持っているんでしょう?」
ティアナが笑みを深めて言えば、康平は微笑みながら立てた人差し指を口元に持ってくる。
「ひーみーつ」
そう笑って、再び歌を口ずさみながらその場を後にした。残されたティアナからは柔らかな微笑みが消え、無表情に康平の背中を見つめていた。
「まったく…今度は何を考え込んでるのかしら…って、そんな事考えるのはきっと野暮よねぇ」
そう呟いて上機嫌でその場を立ち去とうとした足を止め、背にした庭に目を向けた。
「アルガ」
剥き出しの右肩。精霊の契約紋章が輝き出し、水の精霊が大樹の茂みに飛び込んだ。ものの数秒で戻って来たかと思うと、その茂みから白目を剥いた男が一人落ちてきた。
「詰めが甘いわよ…康ちゃん?」
冷たい笑いを浮かべたかと思うと、刹那の間に普段通りの柔和な表情になり、その場を去って行った。
***
その頃、龍馬は鬼教官と勉強部屋に居た。
「そういえば、サラ様の声量すごいですね。朝の歌、多分城中に響いてましたよ?」
龍馬の教官でありトラスティルの実弟であるイシュバイル・ティーン・アイル・シュウは、分厚い本を片手にさらりと言い放った。あまりにもあっさりと言われた為か、龍馬は反応が遅れた。
「…え?城中…?」
「ええ。私が朝稽古をしていた演習場まで聞こえて来たので、恐らく。…まあ、微かにでしたけど」
その言葉は龍馬の羞恥を煽るには充分な効果を有していて。走らせていたペンがぴくりとも動かなくなり、ジワジワと広がる黒の染み。
ハッと気付いてペンを退かすが、そこには小さな黒い水溜まり。やってしまったと項垂れながら、ふと書き出したのはクレアートの言葉ではなく自分が居た世界の言葉。『あいうえお』と書いていく。
長いこと書いてなかったな…と懐かしい思いになりつつ、自分の名前を書いてみる。
―カリカリカリ
『更紗 龍馬』
イシュバイルがその手元を覗き込んでくる。
「それが、サラ様の?」
「そ。俺の居た世界の字。凄く久し振りに書いた」
ほんの少し、懐かしさを感じて苦笑が漏れる。
「…まだ、書けるんだなー」
しみじみと思う。
幼い頃までは楽しく優しい思い出が溢れている。しかし、両親を失ってから、その思い出たちは残酷と言えるほど傷を抉った。そこで、ふと思い至る事がある。
「あの声…誰のだったのかな…?」
その呟きに、イシュバイルが「声、ですか?」と聞き返し、それに龍馬は頷く。
「うん…あ、イルはクロガラスって知ってる?母さんがよく言ってたんだけど…『黒鴉の声を聞くな』って。…ある時、聞こえたんだ…」
―お前は、『花嫁』に相応しい。我が名は、黒鴉。汝が名を、答えよ…
低い男の声だった気がする。感情の読み取りにくい声。しかし、何処か嬉々とした色が見えた気がした。
「黒鴉…?確か…」
そう言って、イシュバイルは持っていた本を机の上に置いて本棚へと向かう。
背表紙の群れに視線を巡らせ、選び取ったのは黒いカバーで製本された少し厚めの本。元居た場所に戻り、ページを捲り始める。その音は暫くすると止まった。
「コレ、ですね」
龍馬の前に本を開き、ある項目を指した。
【黒鴉】
ほぼ全てが謎に包まれている。解っている事は、二つ。
①火神族守護神〈ククルカン〉に仕える者と言う事。②異世界と『クレアート』を行き来し、精霊王に相応しき『花嫁』を連れて来ると言う事。性別も姿も、何も解らない。実体が存在しないとも言われている。対して、『白鴉』と言う者が居るが、此方は『悪戯鴉』とも言われており、二つの世界を行き来できるのを良い事に、あちらの人間をこの世界に誘い込む。その理由は未だに解明されていない。
記載されていたのは、ほんの数行。
「恐らくもっと詳しい事は地下書庫に在る《火神族の守護神》と言う書物に載っているとは思いますが…帝王しか触れられないので確証は有りません」
「ククルカン、ねー…」
脳裏をよぎったのはふてぶてしい態度のドーベルマン。龍馬は唇を突き出し、深くため息を吐き出した。
「さ、勉強の続きをしますよ」
「…はーい」
差し出された書物へと目を向けたとき。
―オイデ…
「は…?」
顔を上げ、辺りを見渡す。当たり前だがイシュバイル以外に誰もいない。イシュバイルは別の本を手に首を傾げている。
「サラ様?」
「今、声…」
―オイデ…オ前ノ求メル答エハ、ココダヨ…
その瞬間。
―ガタン!
椅子を倒す勢いで立ち上がった龍馬は、猛スピードで部屋から走り去ってしまう。それを呆然と見送ったイシュバイルは、ある事実に思い至り小さく項垂れた。
「はぁ…逃げられたか…」
と、一人呟いたのだった。
―オイデ…オイデ…
龍馬は長い廊下を真っ直ぐに走った。その間も声は響く。
奇妙なほどに人の気配を感じない。常に誰かしらの気配を感じるのに。
城の奥へ奥へと向かって行く足取りに迷いはなく、何かに導かれているかのようにただひたすらに足を動かす。
暫くして大きく豪華で重厚な扉が目の前に現れ、龍馬は立ち止まった。肩で息をしながら扉を見上げる。
かつて、マツバに言われた事を思い出した。
『城の奥。誰も居ないようなずっと奥に、一つの扉があります。ただ、その扉は開かないのです。帝王は何か知っているご様子でしたが…近寄らない方が賢明かもしれませんね』
その言葉が脳裏を過ぎる。しかし、何かが呼んでいる。
誘われるように、そっと手を差し伸べた。
「そこなオノコ、何をしておる」
凛と響いたのは、朗々たる女性の声。龍馬の手がビクッと反応し、扉に触れる僅かな距離で止まった。
声がした方を見れば、紺碧の髪の女性。晴れ渡った空のように澄み切った美しい薄青の左目。右目は、濃藍の眼帯で覆われている。顔の左側。雪のように儚い印象を与える肌に浮かぶのは精霊との契約紋章。
女性はヒールを鳴らしながら龍馬近付いた。纏うのは勇ましい気迫。
龍馬は驚きのあまり、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
女性の視線が、ふと龍馬の耳に流れるのに気が付いた。途端、龍馬の胸に走る微かな痛み。
「無神族の者が、風神族の耳飾りを付けているのか。風神族に嫁いだのか?」
視線が合った途端、はたと女性の時間が止まる。数秒の間。
女性の表情が、ふんわりと和らいだ。
「これは…失礼致しました」
言葉遣いまで変わり、龍馬の喉がひくりと引き攣る。
女性が優雅に腰を曲げれば、長い髪が細い肩をサラリと流れた。
「お初にお目に掛かります。わたくしの名は、リオッタ・リオンと申します。以後、お見知り置きを」
龍馬は瞬時に悟った。
この人は敵に回しちゃいけない、と。
「宜しくお願いしますー…」と言いつつ、その表情は引き攣り笑い。
「さ、更紗龍馬です…」
礼儀として、己の名を口にする。
「お呼び止め致しまして、申し訳御座いませんでした。『花嫁』殿」
そう言って一礼すると、龍馬の横を通り過ぎて行った。
龍馬は、少々茫然自失。しかしハッと我に返り、目的だった開かずの扉を見つめた。
未だ魂に囁きかける声がある。
―オイデ…
―汝ガ求ム答エハ
―オ前ガ求メル答エハ
―此処ニ……
生唾を飲み込み、再び扉に手を伸ばした。
重厚な扉から感じるのは、無機質特有の冷たさと細かい装飾の感触。試しに押してみるが、やはり動く気配は無い。しかし、開けられるという確信がある。
その時。
ピッタリと合わさる扉の真ん中。紅の大きな宝玉が輝き出した。驚きと共に扉から距離をとり、輝く宝玉を見つめていた。
―コプ…―
小さな音を立てて現れたのは、紅い肌の女性の上半身。その両目は閉じられ、額には一つの目が開いている。手首から先と腰から下は、宝玉の中。
〔遺伝子照合完了。一致シマシタ〕
機械的な声が、目を閉じる宝玉の女性から発せられた。
〔第二ノ照合ヲ行イマス。貴方ノ名ヲ入力シテ下サイ〕
龍馬の正面に画面とパネルが現れる。が、それは映像らしく、後ろの扉が透けて見えている。
「…近代的ってか…未来的?」
恐る恐る近付き、パネルを見てみる。それに書かれていたのはクレアートの言葉。
パネル映像に触れれば、画面に文字が入力されていく。
水神族女帝直属近衛隊隊長のティアナ・クライ・シースが、役職に似合わぬホワホワとした笑顔で歩いて来る。康平が挨拶をしながら手を振れば、白く細い手で振り返してくれた。
「康ちゃん、朝から『お掃除』したみたいねぇ」
「うん」
「その後、サラ様の歌と望の演奏で舞ったみたいねぇ」
「うん」
「見たかったわぁ…姉様も見たかったでしょうにぃ…」
はふりとティアナは、わざとらしくため息をついて見せた。ティアナとその姉であるディアナは双子の姉妹で、望と康平に楽器と舞を教えた師でもある。
それに、とティアナは笑みの色を変える。
「血の臭いが酷いわ…派手に暴れたのね」
口調もガラリと変わり、隊長としての本性が垣間見えた。康平の表情も飄々とした表情から一転。どこか黒い部分を含む笑み。
「朝の『掃除』に精を出したからね」
で、今からまた顔出すの。と満面の笑みだ。ティアナもいつも通りの笑みへと変わる。
「またリタちゃんに頼んだの?お片付け」
「うん。ちゃんと証拠は残ってる筈だけどね」
行く?と聞けば、ティアナはふんわり笑って頷いた。
「あらぁ…」
康平とティアナは、屍が溢れている筈の中庭に到着した。そこには血の一滴も見当たらない。ただ、康平の契約竜がつまらなそうに大樹の根元に寝転がっているだけ。
康平が名を呼べば、嬉々としてこちら側に飛んできた。
「サンキュー、お疲れさん」
「綺麗に燃やしちゃったのねぇ」
康平がリタに頼んだ『片付け』とは、肉塊と血痕の消去。草花を傷付けず、目標だけを燃やす事の出来るリタならではの『片付け』だ。
「何かあったか?」
康平の問いに、リタは小さく首を振る。再び礼を言い、リタを己の内に戻した。
「うーん…なんか証拠が…あると思ったんだけどなー」
残念がりつつも、その口元は笑っているので説得力皆無である。
「でもぉ、既に切り札を持っているんでしょう?」
ティアナが笑みを深めて言えば、康平は微笑みながら立てた人差し指を口元に持ってくる。
「ひーみーつ」
そう笑って、再び歌を口ずさみながらその場を後にした。残されたティアナからは柔らかな微笑みが消え、無表情に康平の背中を見つめていた。
「まったく…今度は何を考え込んでるのかしら…って、そんな事考えるのはきっと野暮よねぇ」
そう呟いて上機嫌でその場を立ち去とうとした足を止め、背にした庭に目を向けた。
「アルガ」
剥き出しの右肩。精霊の契約紋章が輝き出し、水の精霊が大樹の茂みに飛び込んだ。ものの数秒で戻って来たかと思うと、その茂みから白目を剥いた男が一人落ちてきた。
「詰めが甘いわよ…康ちゃん?」
冷たい笑いを浮かべたかと思うと、刹那の間に普段通りの柔和な表情になり、その場を去って行った。
***
その頃、龍馬は鬼教官と勉強部屋に居た。
「そういえば、サラ様の声量すごいですね。朝の歌、多分城中に響いてましたよ?」
龍馬の教官でありトラスティルの実弟であるイシュバイル・ティーン・アイル・シュウは、分厚い本を片手にさらりと言い放った。あまりにもあっさりと言われた為か、龍馬は反応が遅れた。
「…え?城中…?」
「ええ。私が朝稽古をしていた演習場まで聞こえて来たので、恐らく。…まあ、微かにでしたけど」
その言葉は龍馬の羞恥を煽るには充分な効果を有していて。走らせていたペンがぴくりとも動かなくなり、ジワジワと広がる黒の染み。
ハッと気付いてペンを退かすが、そこには小さな黒い水溜まり。やってしまったと項垂れながら、ふと書き出したのはクレアートの言葉ではなく自分が居た世界の言葉。『あいうえお』と書いていく。
長いこと書いてなかったな…と懐かしい思いになりつつ、自分の名前を書いてみる。
―カリカリカリ
『更紗 龍馬』
イシュバイルがその手元を覗き込んでくる。
「それが、サラ様の?」
「そ。俺の居た世界の字。凄く久し振りに書いた」
ほんの少し、懐かしさを感じて苦笑が漏れる。
「…まだ、書けるんだなー」
しみじみと思う。
幼い頃までは楽しく優しい思い出が溢れている。しかし、両親を失ってから、その思い出たちは残酷と言えるほど傷を抉った。そこで、ふと思い至る事がある。
「あの声…誰のだったのかな…?」
その呟きに、イシュバイルが「声、ですか?」と聞き返し、それに龍馬は頷く。
「うん…あ、イルはクロガラスって知ってる?母さんがよく言ってたんだけど…『黒鴉の声を聞くな』って。…ある時、聞こえたんだ…」
―お前は、『花嫁』に相応しい。我が名は、黒鴉。汝が名を、答えよ…
低い男の声だった気がする。感情の読み取りにくい声。しかし、何処か嬉々とした色が見えた気がした。
「黒鴉…?確か…」
そう言って、イシュバイルは持っていた本を机の上に置いて本棚へと向かう。
背表紙の群れに視線を巡らせ、選び取ったのは黒いカバーで製本された少し厚めの本。元居た場所に戻り、ページを捲り始める。その音は暫くすると止まった。
「コレ、ですね」
龍馬の前に本を開き、ある項目を指した。
【黒鴉】
ほぼ全てが謎に包まれている。解っている事は、二つ。
①火神族守護神〈ククルカン〉に仕える者と言う事。②異世界と『クレアート』を行き来し、精霊王に相応しき『花嫁』を連れて来ると言う事。性別も姿も、何も解らない。実体が存在しないとも言われている。対して、『白鴉』と言う者が居るが、此方は『悪戯鴉』とも言われており、二つの世界を行き来できるのを良い事に、あちらの人間をこの世界に誘い込む。その理由は未だに解明されていない。
記載されていたのは、ほんの数行。
「恐らくもっと詳しい事は地下書庫に在る《火神族の守護神》と言う書物に載っているとは思いますが…帝王しか触れられないので確証は有りません」
「ククルカン、ねー…」
脳裏をよぎったのはふてぶてしい態度のドーベルマン。龍馬は唇を突き出し、深くため息を吐き出した。
「さ、勉強の続きをしますよ」
「…はーい」
差し出された書物へと目を向けたとき。
―オイデ…
「は…?」
顔を上げ、辺りを見渡す。当たり前だがイシュバイル以外に誰もいない。イシュバイルは別の本を手に首を傾げている。
「サラ様?」
「今、声…」
―オイデ…オ前ノ求メル答エハ、ココダヨ…
その瞬間。
―ガタン!
椅子を倒す勢いで立ち上がった龍馬は、猛スピードで部屋から走り去ってしまう。それを呆然と見送ったイシュバイルは、ある事実に思い至り小さく項垂れた。
「はぁ…逃げられたか…」
と、一人呟いたのだった。
―オイデ…オイデ…
龍馬は長い廊下を真っ直ぐに走った。その間も声は響く。
奇妙なほどに人の気配を感じない。常に誰かしらの気配を感じるのに。
城の奥へ奥へと向かって行く足取りに迷いはなく、何かに導かれているかのようにただひたすらに足を動かす。
暫くして大きく豪華で重厚な扉が目の前に現れ、龍馬は立ち止まった。肩で息をしながら扉を見上げる。
かつて、マツバに言われた事を思い出した。
『城の奥。誰も居ないようなずっと奥に、一つの扉があります。ただ、その扉は開かないのです。帝王は何か知っているご様子でしたが…近寄らない方が賢明かもしれませんね』
その言葉が脳裏を過ぎる。しかし、何かが呼んでいる。
誘われるように、そっと手を差し伸べた。
「そこなオノコ、何をしておる」
凛と響いたのは、朗々たる女性の声。龍馬の手がビクッと反応し、扉に触れる僅かな距離で止まった。
声がした方を見れば、紺碧の髪の女性。晴れ渡った空のように澄み切った美しい薄青の左目。右目は、濃藍の眼帯で覆われている。顔の左側。雪のように儚い印象を与える肌に浮かぶのは精霊との契約紋章。
女性はヒールを鳴らしながら龍馬近付いた。纏うのは勇ましい気迫。
龍馬は驚きのあまり、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
女性の視線が、ふと龍馬の耳に流れるのに気が付いた。途端、龍馬の胸に走る微かな痛み。
「無神族の者が、風神族の耳飾りを付けているのか。風神族に嫁いだのか?」
視線が合った途端、はたと女性の時間が止まる。数秒の間。
女性の表情が、ふんわりと和らいだ。
「これは…失礼致しました」
言葉遣いまで変わり、龍馬の喉がひくりと引き攣る。
女性が優雅に腰を曲げれば、長い髪が細い肩をサラリと流れた。
「お初にお目に掛かります。わたくしの名は、リオッタ・リオンと申します。以後、お見知り置きを」
龍馬は瞬時に悟った。
この人は敵に回しちゃいけない、と。
「宜しくお願いしますー…」と言いつつ、その表情は引き攣り笑い。
「さ、更紗龍馬です…」
礼儀として、己の名を口にする。
「お呼び止め致しまして、申し訳御座いませんでした。『花嫁』殿」
そう言って一礼すると、龍馬の横を通り過ぎて行った。
龍馬は、少々茫然自失。しかしハッと我に返り、目的だった開かずの扉を見つめた。
未だ魂に囁きかける声がある。
―オイデ…
―汝ガ求ム答エハ
―オ前ガ求メル答エハ
―此処ニ……
生唾を飲み込み、再び扉に手を伸ばした。
重厚な扉から感じるのは、無機質特有の冷たさと細かい装飾の感触。試しに押してみるが、やはり動く気配は無い。しかし、開けられるという確信がある。
その時。
ピッタリと合わさる扉の真ん中。紅の大きな宝玉が輝き出した。驚きと共に扉から距離をとり、輝く宝玉を見つめていた。
―コプ…―
小さな音を立てて現れたのは、紅い肌の女性の上半身。その両目は閉じられ、額には一つの目が開いている。手首から先と腰から下は、宝玉の中。
〔遺伝子照合完了。一致シマシタ〕
機械的な声が、目を閉じる宝玉の女性から発せられた。
〔第二ノ照合ヲ行イマス。貴方ノ名ヲ入力シテ下サイ〕
龍馬の正面に画面とパネルが現れる。が、それは映像らしく、後ろの扉が透けて見えている。
「…近代的ってか…未来的?」
恐る恐る近付き、パネルを見てみる。それに書かれていたのはクレアートの言葉。
パネル映像に触れれば、画面に文字が入力されていく。
8
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる