紅蓮の獣

仁蕾

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青藍の章

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 ―ピピ…
〔第二ノ照合クリア。第三ノ照合ヲ行イマス。貴方ハ、黒鴉ノ選出者デスカ?〕
 パネルが消え、画面映像が〔Yes・No〕と表示する。逡巡の後、〔Yes〕を選択する。
 ―ピピ…
〔照合中………第三ノ照合クリア。最終照合ニ移リマス。貴方ハ何者デスカ?〕
 「え…」と無意識の内に唇から零れ落ちていた。質問の意図が全く掴めない。
「…異世界の人間?」
〔不一致デス〕
「…無神族の帝王?」
〔不一致デス〕
「…精霊王の花嫁?」
〔不一致デス〕
「…紅蓮の花嫁?」
〔不一致デス〕
 悉く否定されていく。しかし、これ以上なんと言えばいいのか解らない。
〔規定ノ時間ガ過ギマシタ。照合ヲ終了致シマス〕
 それを最後に、女性の姿が宝玉の中へと戻って行った。それを茫然と眺めていた龍馬はその場にしゃがみ込み、項垂れてしまう。
 ―もう少しで、辿り着けたのに…
 深い落胆が、龍馬を押し潰そうとしていた。 

   ***

 麗らかな陽気の下。
 ポカポカと日向ぼっこをしていた桜色の猫が、同じくのんびりうたた寝をしていた紅い虎の頭の上で頭を擡げた。
《どうかしたのか、咲夜姫?》
 トラスティルの契約精霊である紅い虎、プローデが桜色の猫の咲夜に声を掛けた。
《あの部屋に…『守護神様の部屋』に誰かがアクセスしたのです》
 咲夜姫の言葉に、プローデの耳がピクリと反応する。
 咲夜が床にトンッと着地すると、プローデを振り返った。
《ご主人様に伝えて来るのです》
《恐らく、レジーナだろう》
《そう思います。一応、報告義務があるのです》
 ペコ、と一礼するとトテトテと歩いて行き、プローデは一つ息をついてその身を持ち上げた。
《ああ、水の気配が強くなったな…》
 一言呟き、炎の華となってその場から消えた。

   ***

 部屋のソファーにて伏せていた瞼を持ち上げたヒガディアルは、深く息を吐き出した。
 低いテーブルの上に乗せられているのは、美しい金の硬貨。数時間前。トラスティルから簡単な説明と共に受け取ったモノだ。そして、今は別の人間の来訪を待っていた。
 ―コンコン
「失礼致します」
 扉を開けたのは、紫紺の髪の持ち主。アイリーン・アザゼル・リーチェ。元最高峰旅団『アラクニデ』のリーダーである。トラスティルに金貨を預けた者であり、現在は無神族帝王直属近衛隊の一員である。
 彼は躊躇う事無く、ヒガディアルと対にあるソファーの横に立った。
「お呼びでしょうか」
「まず…私の親友を瀕死に追い込んでくれたようだが」
 目の笑ってない冷笑に、アイリーンも笑みを向ける。
「こちらとて仕事上、致し方なく」
 物怖じしない態度に、ヒガディアルがニッと笑う。
「ふ…そう言う事にしておこう。それで?望とはどうだ?」
 ソファーを手で示し座るように促せば、アイリーンは一礼してそこに腰掛けた。
「どうもこうも…何やら根深い『闇』が巣食っているみたいで。ソニア…妹には普通の態度なんですけど、どうも俺を近付けたくないようで」
 そう言って浮かべる苦笑は、何処か寂しげな色が垣間見える。ヒガディアルは、笑みを優しいものに変えた。
「…そう問題視する事もなさそうだがな…」
 呟く言葉に、「え?」と聞き返すが「いや、気にするな」とはぐらかされる。 
「さて…本題だが、いいか?」
「ええ、どうぞ?」
 笑みは消え去り、鋭い眼光がアイリーンを捕らえる。しかし、アイリーンの表情は笑みから崩れる事はない。
「この金貨…本人から受け取ったモノか?」
「本人ではないでしょう。声があまりに若かった。んー…俺が見るに、元老院の誰かの息子、または…男妾?」
 そう言ってアイリーンは、笑みを深める。
 ヒガディアルは金貨を手に取ると、手の中で弄びピンと弾いてアイリーンは難無くそれを掴む。
「私が持っていた方が安全だろうが…」
「いえ、俺が。その方があっちも狙いやすいでしょう」
 アイリーンが無邪気に笑ってソファーから立ち上がると、ヒガディアルは穏やかに微笑んだ。
「ところで、お前は『賢帝』の名を持つのか」
「ん?あー、はい。母が好きだったらしくって。ほら、史実によるとあのお方って文武両道でしょう?そのお陰か、俺も文武両道になっちゃいまして。そんな感じです」
「そうか」
 と、ヒガディアルは美しい笑みを浮かべる。アイリーンは、はにかみながら一礼して部屋を出て行った。
 ヒガディアルは笑みを深め、浮かせていた背をソファーに預けた。
「アイリーンよ…賢帝は、精霊にも愛されていた。…お前もその素質があるようだな?」
 ヒガディアルの目には見えていた。
 彼が部屋に訪れた時、わらわらと精霊たちがアイリーンに擦り寄っていた。やはりと言うべきか、彼には見えぬようで気にする感じでもなかった。
「契約せぬ無神族…あの様子ならば…」
 小さく息を吐き出し、ソファーに身を沈めるとくふりと小さく笑った。
 廊下を歩いていたアイリーンは、小さなくしゃみを二回繰り返し一言。
「ズビ…っあー…風邪か?」

   ***

《ティール》
 プローデが、契約者であるトラスティルの元へ姿を現した。珍しく書類整理をしていたトラスティルのこめかみがピクリと反応する。
「おめーはその呼び方を改めろってぶふっ」
 背後を振り返り、契約精霊を睨み付けると同時に、ボフ、とプローデの前足の柔らかな肉球が主人の顔を押さえた。
《良いから、話を聞け》
「テメーもなぁ…」
 怒りマックス。傍らに立て掛けていた愛刀〈煉獄〉を手にしている。が、プローデは気にする様子も無い。どうやら、茶飯事の出来事のようだ。
《何やら、水の気配が尋常でない程に増幅しているぞ》
 その言葉に、トラスティルからは一気に血の気が引き顔色が悪くした。
「シース姉妹…じゃなくてか?」
《確実に違うな》
「ま…まさか…」
《そのまさか》 
 ―バンッ!
《だな…》
 プローデの言葉を遮り、響き渡った力の限りの扉を開く音。微かに「ミシ…」と鳴いたのもご愛嬌。そこに立っていたのは、一人の女性。右目に眼帯。先程、龍馬と鉢合わせた女性、リオッタ・リオンである。美しい微笑みは、氷の眼差し。
 リオッタは、紅を刷いた形の良い唇を開いた。
「ご機嫌麗しゅう、トラスティル隊長」
 トラスティルの表情が、これ以上ない程に引き攣りだす。
「お、お久し振りです…リオ様…」
 珍しく恐怖するトラスティル。しかも、相手は女性だ。
 リオッタは、ドサッと乱雑にソファーへ腰掛けた。
 二面性極まりないこの女性こそ、ティアナが隊長を務める近衛隊の護衛対象の女主人。水神族(ウンディーネ)女帝、リオッタ・リオンである。
 トラスティルは顔を引き攣らせつつ、リオッタにお茶を出した。
「粗茶ですが。…急な来訪ですね」
「ええ…ニアが精霊王に『承認状』を出したと伺いましたの」
 有難う、とお茶を受け取りながら隻眼でトラスティルを見つめる。耳が早いな…と感心しつつ、トラスティルは頷いた。
「確かに、今朝セイレーンが届けに来ましたが?」
 お茶を啜り、リオッタは一息付く。
「そうですか。実は、つい先程…火神族守護神の部屋の前で『花嫁』殿に会いましたわ」
 その言葉にトラスティルは僅かばかり驚いた。
「ただ一つ、解せぬ事があるのです」
「はい?」
「あの者は、何故…風神族の装飾具を身に付けておるのです?火神族のものならば分かりますが、いくら『花嫁』殿と言えど…トラスティル隊長?如何されました?」
 はたと気が付く。トラスティルの表情が硬くなり、微かに青褪めている。
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