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青藍の章
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「ま、まさかそれ…サラに…」
「サラ?…ああ『花嫁』殿の事ですね。ええ、気になりましたので、指摘いたしましたが…何か問題が?」
リオッタの言葉に、トラスティルが額を掌で覆う。眉を寄せ、痛みに耐えるような表情を見せた。やはり、先手を打つべきだったと悔いる。
「それは、ちょっと…勿論、不可抗力なのは解っておりますが…今の彼にその指摘は傷を抉る以外の何者でもない…」
トラスティルの常にない後悔の色に、リオッタは首を傾げて見せた。
「…教えて頂いても?」
当然でもあるリオッタの問いに対し、トラスティルは数秒の間を空けると小さく息を吐き出した。
「…あの耳飾りは、彼が…いえ、彼と精霊王が着けるべき物。…アレは、元を正せば精霊玉…お二人の『始まりの子』である風の精霊の卵だったのです」
迦陵が気付いた時には、とそこで区切る。リオッタも事情を飲み込み、俯いた。
「それは…申し訳ない事を…」
「いえ、他種族には公表していない事。お気になさいますな」
少し沈んだ空気が室内に広がった。
それを振り切るように、トラスティルは「そう言えば…」と口元に笑みを刷いて言葉を紡いだ。
「帝王には会われたのですか?」
「…いえ、今から向かおうかと」
トラスティルの心遣いに、リオッタはふんわりと隻眼を細めて見せた。
「そう言えば…馴染みの無い気配が…『花嫁』殿の他に二つ程ありますわね」
「ええ、新しく無神族帝王直属近衛隊に入団した兄妹です。諸事情により、サラの推薦で…」
「そう…血の臭いが濃い兄妹ですわね…」
小さく呟かれた言葉に、トラスティルの唇が小さく歪んだ。
***
大きな枝垂れ柳の下。龍馬は柔らかな芝生にその身を横たえていた。
左手を腹部に乗せ、右手は取り外したピアスを摘み眼前に翳していた。
「ホントは…この世界に生まれたかったよな…」
キラキラと輝く孔雀石。無論、返事など返って来る筈も無い。それでも、龍馬は問い掛けたかった。
「俺も、お前の生まれた姿を見たかった…」
囁くように言葉を零し、ピアスをそっと握り込む。右手も腹部に乗せ、深く息を吐き出しながら空を見上げた。
すると。
―バサバサバサバサッ
「んぎゃっ」
大樹から落ちて来た何かが龍馬の顔面に直撃する。
温もりが覆い被さる事、数秒。ガシッ、とそれを掴み引き剥がしてみた。
「と、鳥?」
―ピィー!
高く鳴いたのは、純白の鳥。その目は鋭く、翡翠に輝いている。翼を広げれば全長二mは有るだろう成鳥だ。
「綺麗な目だなー…セイレーン、じゃないよね」
龍馬が首を傾げれば、それに倣うように鳥も首を傾げた。
「うわ、凄い爪…タカ…?ワシ、なのかな?」
地面に降ろしてみれば、その足の爪の鋭さに気が付く。猛禽類の種類に相応しい鋭利さを持っていた。
そっと、頭部に手を伸ばしてみれば、鳥はその手をパッと見上げて鋭い眼光で凝視した。反射的にビクつき嫌な汗を掻くが、甘えるように頭を摺り寄せてきたので知らず安堵の息を吐いた。
しばらくその柔らかな羽毛を堪能していたが、鳥はバサッと大きく翼を広げると、小さく羽ばたいて龍馬の腹部にその身を寄せた。
「ぅおぅっ!?」
ずっしりと重そうな鳥は、見た目に反してフワリと軽い。
我が物顔で陣取った鳥はモゾモゾと丁度いい体勢を探ると、驚きで胸部に移動した龍馬の右手に頭を乗せてピイと小さく鳴いた。そして、その翡翠の目を瞼の裏に隠してしまう。
「…おーい」
―……スピー…スピー…
「って…寝てるし…!」
気持ちよさそうに寝息を立て始めてしまった白い鳥。
ぬくぬくとした体温と穏やかな空気、麗らかな日差しに包まれ、何時しか龍馬も夢の中へと入り込んでいった。
***
《ご主人様、失礼致します》
少女の声が、ヒガディアルの自室である『ネルンビオ』内に響いた。
珍しくソファーに身を沈め、考え事をしていたヒガディアルがテラスへ目を向ければ少女、咲夜が小さな歩幅でトテトテと歩いてきた。
「咲夜姫…どうした?」
《守護神様のお部屋に、レジーナ様がアクセスされたみたいなのです。ですが、開錠出来なかったようなのです》
「…そうか」
僅か残念そうに呟くと、咲夜に向かって礼を述べる。微笑んだ咲夜はピョコンと一礼すると、炎の花弁を残してその場から消えた。
静寂が室内に戻る。
ヒガディアルはため息をひとつ零すと、炎となって『ネルンビオ』から姿を消し、王の間へと移動を果たす。
フワリと玉座に降り立つのと同時に、王の間の扉が開け放たれた。そこに立っていたのは、マツバとリオッタだった。
「帝王、リオ様がお見えです」
「お久し振りに御座います、精霊王。ご挨拶が遅れまして」
マツバに勧められるまま足を踏み出したリオッタは、ヒガディアルの正面まで歩を進むと躊躇いなく美しく磨き上げられた床に膝をついた。
玉座に腰を降ろしたヒガディアルは、頭を垂れるリオッタに苦笑を浮かべる。
「顔を上げよ、リオ。長らく振りの再会…力を抜くがよい」
促されたリオッタは優雅に立ち上がると、どこかホッとしたような笑みを湛えた。
「『花嫁』が見つかり、膨大な精霊力が安定したようで…」
ヒガディアルも頷きながらも柔和に微笑んだ。
マツバが椅子を用意するが、リオッタはやんわりと断った。
「ディアナに何も言わず城を出ましたので、早々にお暇させて頂きます」
ふふっと笑えば、マツバの片頬が引き攣った。
「ディアに内緒で、ですか…」
「有能な側近を持つと、なかなか外出も許して貰えず…」
ティアナの双子の姉であるディアナは、水神族の宰相でもあるのだが、噂によると恐いらしい。否、噂等ではなく実際恐いのだ。リオッタの裏面そのものと言っても過言ではない。
女傑と言うのは、美しいからこそ総じて恐ろしいのである。
「ああ…精霊王、一つだけお伝えせねばならぬ事が…」
「何だ?」
「その……」
何に対してもきっぱりと物を言うリオッタが珍しく言い淀んだ。ヒガディアルが視線で先を促す。
「先程、『花嫁』殿とお会い致しまして…孔雀石の事を…」
眉尻を下げ、隻眼は不安に揺れている。しかし、ヒガディアルは困ったように微笑むだけでゆるりと首を横に振った。
「…さあ、早く行かねばディアが鬼の形相で城に入り込んでくるぞ?」
ヒガディアルはクツクツと笑った。言外に気にするなと慰められ、続いた言葉にリオッタは苦笑を浮かべると軽く一礼をして踵を返した。
「帝王…」
マツバの揺れる声音に、ヒガディアルは小さく頷く。
「あの子のところへ飛ぶ。後は任せたぞ…?」
「…御意…」
―ボ…
小さな音を立て、ヒガディアルの体は炎となりその場から消え去った。
マツバのため息が、王の間に響く。
「いつの間にか急ぎの書類の押印も済んでいますし…本日はゆっくりとされて下さい」
聞こえなくとも分かっているだろうと高を括り、マツバは自身の執務に集中するのだった。
***
《慌しき男よの…》
低い男の声が移動中のヒガディアルの耳に入り、強制的な力に引き摺られ、逆らう事無く降り立った。
そこは美しい紅い蓮の花が咲き乱れ、果てのない湖の中央にある小さな小島。大きな桜の木が島の中央にそびえている。ひらひらと花弁が舞い散り、それは炎となって地に付く事無く風に消え去る。
「ククルカン…お前に付き合っている暇はないのだが?」
そう。此処は、龍馬が開けようとしていた部屋。火神族守護神の部屋である。
ヒガディアルが目を向けたのは、桜の木。見上げた先には太い幹を背凭れに寛ぎながら、膝に小さな豹を乗せている男、ククルカンが居た。
《そう言うでないよ、ヒガディアル》
ククルカンはにんまりと笑みを深めながら、見上げてくるヒガディアルを見下ろした。
「サラ?…ああ『花嫁』殿の事ですね。ええ、気になりましたので、指摘いたしましたが…何か問題が?」
リオッタの言葉に、トラスティルが額を掌で覆う。眉を寄せ、痛みに耐えるような表情を見せた。やはり、先手を打つべきだったと悔いる。
「それは、ちょっと…勿論、不可抗力なのは解っておりますが…今の彼にその指摘は傷を抉る以外の何者でもない…」
トラスティルの常にない後悔の色に、リオッタは首を傾げて見せた。
「…教えて頂いても?」
当然でもあるリオッタの問いに対し、トラスティルは数秒の間を空けると小さく息を吐き出した。
「…あの耳飾りは、彼が…いえ、彼と精霊王が着けるべき物。…アレは、元を正せば精霊玉…お二人の『始まりの子』である風の精霊の卵だったのです」
迦陵が気付いた時には、とそこで区切る。リオッタも事情を飲み込み、俯いた。
「それは…申し訳ない事を…」
「いえ、他種族には公表していない事。お気になさいますな」
少し沈んだ空気が室内に広がった。
それを振り切るように、トラスティルは「そう言えば…」と口元に笑みを刷いて言葉を紡いだ。
「帝王には会われたのですか?」
「…いえ、今から向かおうかと」
トラスティルの心遣いに、リオッタはふんわりと隻眼を細めて見せた。
「そう言えば…馴染みの無い気配が…『花嫁』殿の他に二つ程ありますわね」
「ええ、新しく無神族帝王直属近衛隊に入団した兄妹です。諸事情により、サラの推薦で…」
「そう…血の臭いが濃い兄妹ですわね…」
小さく呟かれた言葉に、トラスティルの唇が小さく歪んだ。
***
大きな枝垂れ柳の下。龍馬は柔らかな芝生にその身を横たえていた。
左手を腹部に乗せ、右手は取り外したピアスを摘み眼前に翳していた。
「ホントは…この世界に生まれたかったよな…」
キラキラと輝く孔雀石。無論、返事など返って来る筈も無い。それでも、龍馬は問い掛けたかった。
「俺も、お前の生まれた姿を見たかった…」
囁くように言葉を零し、ピアスをそっと握り込む。右手も腹部に乗せ、深く息を吐き出しながら空を見上げた。
すると。
―バサバサバサバサッ
「んぎゃっ」
大樹から落ちて来た何かが龍馬の顔面に直撃する。
温もりが覆い被さる事、数秒。ガシッ、とそれを掴み引き剥がしてみた。
「と、鳥?」
―ピィー!
高く鳴いたのは、純白の鳥。その目は鋭く、翡翠に輝いている。翼を広げれば全長二mは有るだろう成鳥だ。
「綺麗な目だなー…セイレーン、じゃないよね」
龍馬が首を傾げれば、それに倣うように鳥も首を傾げた。
「うわ、凄い爪…タカ…?ワシ、なのかな?」
地面に降ろしてみれば、その足の爪の鋭さに気が付く。猛禽類の種類に相応しい鋭利さを持っていた。
そっと、頭部に手を伸ばしてみれば、鳥はその手をパッと見上げて鋭い眼光で凝視した。反射的にビクつき嫌な汗を掻くが、甘えるように頭を摺り寄せてきたので知らず安堵の息を吐いた。
しばらくその柔らかな羽毛を堪能していたが、鳥はバサッと大きく翼を広げると、小さく羽ばたいて龍馬の腹部にその身を寄せた。
「ぅおぅっ!?」
ずっしりと重そうな鳥は、見た目に反してフワリと軽い。
我が物顔で陣取った鳥はモゾモゾと丁度いい体勢を探ると、驚きで胸部に移動した龍馬の右手に頭を乗せてピイと小さく鳴いた。そして、その翡翠の目を瞼の裏に隠してしまう。
「…おーい」
―……スピー…スピー…
「って…寝てるし…!」
気持ちよさそうに寝息を立て始めてしまった白い鳥。
ぬくぬくとした体温と穏やかな空気、麗らかな日差しに包まれ、何時しか龍馬も夢の中へと入り込んでいった。
***
《ご主人様、失礼致します》
少女の声が、ヒガディアルの自室である『ネルンビオ』内に響いた。
珍しくソファーに身を沈め、考え事をしていたヒガディアルがテラスへ目を向ければ少女、咲夜が小さな歩幅でトテトテと歩いてきた。
「咲夜姫…どうした?」
《守護神様のお部屋に、レジーナ様がアクセスされたみたいなのです。ですが、開錠出来なかったようなのです》
「…そうか」
僅か残念そうに呟くと、咲夜に向かって礼を述べる。微笑んだ咲夜はピョコンと一礼すると、炎の花弁を残してその場から消えた。
静寂が室内に戻る。
ヒガディアルはため息をひとつ零すと、炎となって『ネルンビオ』から姿を消し、王の間へと移動を果たす。
フワリと玉座に降り立つのと同時に、王の間の扉が開け放たれた。そこに立っていたのは、マツバとリオッタだった。
「帝王、リオ様がお見えです」
「お久し振りに御座います、精霊王。ご挨拶が遅れまして」
マツバに勧められるまま足を踏み出したリオッタは、ヒガディアルの正面まで歩を進むと躊躇いなく美しく磨き上げられた床に膝をついた。
玉座に腰を降ろしたヒガディアルは、頭を垂れるリオッタに苦笑を浮かべる。
「顔を上げよ、リオ。長らく振りの再会…力を抜くがよい」
促されたリオッタは優雅に立ち上がると、どこかホッとしたような笑みを湛えた。
「『花嫁』が見つかり、膨大な精霊力が安定したようで…」
ヒガディアルも頷きながらも柔和に微笑んだ。
マツバが椅子を用意するが、リオッタはやんわりと断った。
「ディアナに何も言わず城を出ましたので、早々にお暇させて頂きます」
ふふっと笑えば、マツバの片頬が引き攣った。
「ディアに内緒で、ですか…」
「有能な側近を持つと、なかなか外出も許して貰えず…」
ティアナの双子の姉であるディアナは、水神族の宰相でもあるのだが、噂によると恐いらしい。否、噂等ではなく実際恐いのだ。リオッタの裏面そのものと言っても過言ではない。
女傑と言うのは、美しいからこそ総じて恐ろしいのである。
「ああ…精霊王、一つだけお伝えせねばならぬ事が…」
「何だ?」
「その……」
何に対してもきっぱりと物を言うリオッタが珍しく言い淀んだ。ヒガディアルが視線で先を促す。
「先程、『花嫁』殿とお会い致しまして…孔雀石の事を…」
眉尻を下げ、隻眼は不安に揺れている。しかし、ヒガディアルは困ったように微笑むだけでゆるりと首を横に振った。
「…さあ、早く行かねばディアが鬼の形相で城に入り込んでくるぞ?」
ヒガディアルはクツクツと笑った。言外に気にするなと慰められ、続いた言葉にリオッタは苦笑を浮かべると軽く一礼をして踵を返した。
「帝王…」
マツバの揺れる声音に、ヒガディアルは小さく頷く。
「あの子のところへ飛ぶ。後は任せたぞ…?」
「…御意…」
―ボ…
小さな音を立て、ヒガディアルの体は炎となりその場から消え去った。
マツバのため息が、王の間に響く。
「いつの間にか急ぎの書類の押印も済んでいますし…本日はゆっくりとされて下さい」
聞こえなくとも分かっているだろうと高を括り、マツバは自身の執務に集中するのだった。
***
《慌しき男よの…》
低い男の声が移動中のヒガディアルの耳に入り、強制的な力に引き摺られ、逆らう事無く降り立った。
そこは美しい紅い蓮の花が咲き乱れ、果てのない湖の中央にある小さな小島。大きな桜の木が島の中央にそびえている。ひらひらと花弁が舞い散り、それは炎となって地に付く事無く風に消え去る。
「ククルカン…お前に付き合っている暇はないのだが?」
そう。此処は、龍馬が開けようとしていた部屋。火神族守護神の部屋である。
ヒガディアルが目を向けたのは、桜の木。見上げた先には太い幹を背凭れに寛ぎながら、膝に小さな豹を乗せている男、ククルカンが居た。
《そう言うでないよ、ヒガディアル》
ククルカンはにんまりと笑みを深めながら、見上げてくるヒガディアルを見下ろした。
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