紅蓮の獣

仁蕾

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青藍の章

15

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《母上様にご足労をお掛け致しました事、なんとお詫びを申し上げればよいか…》
 女性が僅かに声を震わせ、龍馬は苦笑を浮かべた。
 望たちはそう言えばと首を傾げて見せる。
「龍馬…その人たちは…?」
 珍しく色の薄い望の声に小さく笑いながら紹介をする。
「新しく生まれた精霊の四人だよ。主の為だけに生まれてきたの」
「あるじ…?」
 康平の呟きに、龍馬が笑みを深めた。同時にアルビノの四人が立ち上がる。
《わたくしは、壱の焔花ほむらばな榮烙ようらくと申します》
 紅の唇が笑みを湛える。
《弐の焔花、鉉煌げんこうと申す》
 目隠しをする男は、無表情に微かに頭を下げた。
《参の焔花、爐營ろえいです》
《肆の焔花、赫貔かくびです!!》
 双子の繋がれた手は、仲の良さを表している。
「ほむら…ばな…?」
 望が口元で小さく呟けば、正面に立った榮烙が「はい」と返事をした。
「そう、焔花」
 龍馬は人差し指を立てて説明を始めた。
「他人の為でなく、ましてや自分の為でなく。主たる望さん、康平さん、アイリーン、ソニアの為だけに命を賭して戦う精霊。勿論、俺も守護の対象じゃない。純粋に、望さんたちだけを護る為に生まれて来たんだ」
「火の精霊なのに、君を護らないのか!?」
 望が声を荒げる。と同時に、傷の痛みに眉を寄せた。
「火の精霊だからと言って、俺を護る必要はないもん。ケセドたちと琥珀くんがいるし?」
 首を傾げながら笑う龍馬は、榮烙に「ね?」と問い掛ければ、彼女もまた穏やかな笑みを浮かべて見せる。
《わたくしたち焔花は、母である龍馬様の意志を強く引き継いでおります》
《龍馬様の意志は、皆様を『護りたい』という強い想い》
《僕らが樹に成った時には、普通の精霊たちと何ら変わりは無い存在でした》
《ですが、レジーナ様の募り続けた強い想いが、あたしたちに『宿命』を定めたのです》
 そう語るアルビノの四人は、どこか誇らしげに見える。龍馬もその通りだと満足そうに頷いている。だが、納得いかないのは無神族帝王直属近衛隊〈バハムート〉の四人だ。
「俺たちは君を護る存在だ!なのに、護られるだなんて…」
「そうだ。お前を護る為に、俺たちは此処に居るんだぞ?」
「そこらに居る兵隊共よりはつえー」
「護りたいと想ってくれるのは有り難いけど…貴方の為に闘うのがあたしたちの役目だわ」
 驚きや憤り、戸惑いを隠せない。
 龍馬は四人の思いが痛いほど解る。だが、自分だって護られるだけの存在ではない。自分はのうのうと護られて、大切な人たちが傷付くのを見たくはない。
 不愉快だと言わんばかりの四人に対し、龍馬は意に介す事無く笑って見せた。
「でもさ、コレでおあいこじゃない?」
「………はぁ!?」
 たっぷりの間を持って異口同音で吐き出された言葉に、龍馬はぱちりとひとつ手を打った。
「わお、息ピッタリ。だってさ、ノン様たちって俺が前に出る事を嫌うじゃない?」
「当たり前でしょ。君は俺たちの王様なんだから。君が傷をこさえる必要はない」
「俺だって、ノン様たちが先頭きって傷付くのはヤダもん」
 先頭きるなら俺がする。
 ベッと赤い舌を出す龍馬に、望のこめかみがピクリと反応を示し、康平、アイリーン、ソニアは「やば…」と思いつつもどちらの言い分も分かるから何も言えないで居る。
「それに、俺って『王様』って感じじゃないじゃん?人の上に立つような立派な人間じゃないし。ノン様たちが傷付く事なんてこれっぽっちもないじゃん」
 突き出された右手の親指と人差し指。数ミリの隙間もない、と言うよりも完全にくっ付いている。
 更に望のゲージが上がる。しかし、次の龍馬の言葉で、その怒りは何処かへ吹っ飛んでしまった。
「俺は大切な人たちが傷付くのを見る為に、帝王の地位を受け入れた訳じゃない。この地位に居れば、大切な人たちを守れると思って受け入れたんだ。俺は上に立つ者は下に就く者を守ってこそ、上に立てるんだと思ってる。守られるだけの存在なんて真っ平ゴメンだね」
 飄々としていた笑みはなりを潜め、打って変わって真剣な眼差しで望を見つめた。望すらその気迫に圧される。
「ノン様たちが傷付くなと言うなら、前に出て無駄に心配をさせない。でも、俺の意志を継ぐ者を傍に置かせて。焔花の事を認めてあげて」
 それが存在意義なのだと眉根を寄せて、泣きそうな顔で龍馬は笑う。
《もし、お許しいただけるのならば、御手を…》
 榮烙が望に向かって右手を差し出した。弦煌たちも同じように、主に向かって手を差し出す。
 白い肌はよく雪のようだ、と形容される。在り来たりな例えだと思うが、差し出される手を見下ろしながら、正しくその通りだと思った。
「もし…」
 望がほつりと零す。
「もし、貴女の手を取らなかった場合…貴女たちはどうなりますか」
 問いに対する、明確な答えがあるのか。
 康平たちは望と榮烙の会話に耳を傾ける。榮烙は花が綻ぶように美しい笑みを湛えた。紅の唇がゆるりと開く。
《分かりません》
「…分からない?」
《ええ。消える可能性もございますし、主を持たずに生き続ける可能性もございます。もしかしたら、龍馬様のお世話になるやもしれません。…わたくしたちは異端の存在でございます。前例などありません。ですが、心に定めた主に『要らぬ』と言われて消えるのならば、それもまた宿命なのだと定めております》
 怯える訳でもなく、悲観する訳でもなく。穏やかに微笑みながら淡々と言葉を紡ぐ。
「…はーああ…」
 地を這うような深いため息と共に前屈するように深く腰を曲げて数秒。ガバリと顔を上げると、榮烙の僅かばかりひんやりとした手に己が手をパシンと重ねた。
「仕方がないなー、もう!まあ、龍馬を護る力があるに越したことはないからね…」
 それに、ともうひとつ短く息をつき、呆れにも似た笑みを浮かべた。
「俺たちは精霊に好かれても、精霊が宿ってくれる事はない…だから、実はちょっと嬉しかったり」
 照れ臭そうに笑う望は珍しい。それを眺めていた康平たちも、それぞれの手に手を重ねた。
《今ここに、我らの契約は成りました》
《未来永劫、永の眠りに就くその刹那まで》
《掲げし忠誠を違える事無く》
《共に歩まん事をお誓い申し上げます》
 宣言を終えると同時に、榮烙たち四人のそれぞれの額に四弁の花が浮かび上がり、その姿は深紅の炎と化す。炎は帯となって望たちの手に巻き付くと、その手の甲に同じ四弁の花を刻んで消え去った。
 龍馬は満足そうに頷いている。
 「まったく…」と呆れたように深いため息を付きながら、望の表情は苦く微笑んだ。
「しっかし…今回のやり方は、一段と汚ねーな」
 穏やかな空気をガラリと変えたのは、大きく伸びをしながら康平が呟いた言葉だった。それに頷く面々。
「確かに、今回はやり過ぎたね…」
 望の目の奥。不穏な炎が燃え始めた。望と康平の内側では、二人の竜も同族が受けた仕打ちに怒りを溢れ出させている。
「琥珀くんも怒り心頭だ」
 龍馬が言うには相当怒り心頭の様子で、呼び出せば暴れ狂う可能性が大きいそうだ。それにも恐怖を覚えるが、その事をウキウキと楽しそうに伝える龍馬の方が恐ろしい。
「そんで?首謀者は解ってんだろ?行かねーの?」
 ソニアも同意を示すように頷くのだが、龍馬はにっこりと笑みを深めて唇に人差し指をあてた。
「まだダメなの。ヒガ様がゴーサインを出してくれないからさ、手が出せないのよ。でもね、多分もうすぐ暴れられるよ。後は、ヒガ様が首謀者を裁く決意と覚悟をされるだけだから」
 捕らえた後はどうされるのか、状況次第だよね。
 笑いながら言う龍馬に対し、望は深く息を吐き出しながら思う。
(絶対あいつ一人だけ暴れて、俺たちが止めることになるんだろうなー…あ、なんか頭痛い…)
 顛末を考えただけで小さく頭痛が起きたのだが、望は気付かぬふりでやり過ごすしかないのだと諦めたのだった。
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