セカンドライフは魔皇の花嫁

仁蕾

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第6章

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「王帝は穏和だ。穏和で、寛容で、寛大。何故なら、王帝の負の感情の多くは天界に向けられているからだ。滅多に他者に向く事は無い。王帝の力である『九泉』は意思を持つ。基本的には王帝の命には絶対服従だが、隙あらば天界を喰らいつくそうとしていてな…それを抑えるのが冥幻魔界ジュノ・ガルディスの役目のひとつでもある」
 それを知っているのは、『魔皇』だけだとロイウェンは言う。文献や口伝で継がれる訳ではなく、悟るのだと。
「主の目を盗んだ『九泉』が『魔皇』の結界に触れて初めて知る事実だ。そして、『魔皇』は何食わぬ顔で結界を維持する」
 世界の安寧を、循環を守るために。
「世界を崩壊させるのは容易い。『魔皇』が冥幻魔界を閉ざせばいい。それだけで世界は闇の中。『死』に包まれるだけ。…冥幻魔界を敵視する天帝の考えは分からんが、自分の首を自分で絞めている様相は滑稽でたまらん」
 嗚呼、愉快愉快。にたりと口角を上げるロイウェンの表情が物語る。魔族らしいその面を見て、康泰は何故か安堵を覚えた。
 人間味に溢れる魔族は、さぞや苦しい事だろう。自分とはまた違う苦しみに苛まれている男の背を、慰めるようにゆっくりと撫で下ろした。
「とにかく、現状、そこまで急を要する事は無いって結論で?」
「まあ、そう言う事になるな」
「じゃあ、居館に戻ろう。それで、もう少し眠ろう」
 腰を少しだけ強めに叩いて促せば、ロイウェンは吐息で笑う。
「私は十分に眠っていたのだがな」
「やめろ、その笑えそうで笑えない冗談はダメだ」
 ミオンさんが泣き出すぞ、と促して居館への道を歩き出す。
 ロイウェンの背を押しながら、康泰は厚い雲に覆われる空を見上げた。その琥珀色の奥に、氷雪の煌めきを宿して。
「覗きなんて、イイ趣味してるじゃん」
 にい、と唇が弧を描いた。


   ***


 男はひゅうと喉が鳴ったのを、他人事のように聞いた。自分自身が発した音だと理解するまでに、まばたき数回分の時間を要した。
 理解して、その瞬間に滝のように汗が流れ落ちる。
 気が付けば、悠々と眺めていた水晶鏡から距離を取っていた。
 自身に人間やその他の生物のような『心臓』と言う器官は存在しないはずなのに、全身が強く脈打つような不快感に襲われる。
 ひゅっ、ひゅっと無様な呼吸音を数度繰り返せば、正常な思考が働き出す。水晶鏡を通して侵入して来た『魔力』と自身の力が反発しあっているのだと、ようやく理解した。
 ―あいつは、あの男は…。
「一体、何なのだ…っ!」
 己が抉じ開けたものでは無い、魔皇の強固な結界の隙間から何となしに魔皇の氷の世界を眺めていた。作られた隙間の残滓に紛れ込ませるように、己の力を最小限に抑えて。その為、音は無く、映像だけを見ていたのだが。
 何やら魔皇と親し気な、初めて見る男が一人。あの厳格で、冷酷な男が接触を許している。
 まさか、この男は。
 これはと思った次の瞬間、ばちりと目が合った。ような気がした。
 感情を宿さぬ、きらりと輝く琥珀色が、きゅうと弧を描いた。次の瞬間―。
 新たな汗を滲ませた男は、大きく息を吸って己の耳に触れる。魔皇の結界をものともせず、己の結界をものともせず。
 耳に、直接吹き込まれた声が蘇る。
「何者だ…あの男…」
 男―天帝は、初めて感じる理解しがたい感情に震える声で呟いた。


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