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アマルベルダ、風邪を引く!
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庭の一角にロープを張って作った物干し場に洗い立ての洗濯物を干したイリアは、額にじんわりと浮かんだ汗を手の甲でぬぐった。
見上げれば、空は青く澄んでいる。これならば昼過ぎには洗濯物も乾くだろう。
「せっかくいいお天気だし、お布団も干しちゃおうかしら?」
何気なく独り言ちたのだが、これは実にいい考えに思えた。うん、干したばかりの布団は太陽の香りがして暖かくて気持ちがいい。クラヴィスはいつもイリアのベッドで眠りたがるから、彼のためにも気持ちのいい布団を用意したかった。
イリアはさっそく家に入り、二階の自室に向かった。そして細い腕に一生懸命に布団を抱え持つと、よいしょよいしょと庭まで持って出た。
布団を干すように、腕ほどの太さの木で作った干場があるのだ。アマルベルダの家庭菜園場のすぐ近くにあるそこに布団をかけると、イリアは畑に目を向けた。にょきにょきと育っている豆に、ようやく黄色い小さな花をつけたトマト。その隣には、キッチンで芽が出ていたジャガイモを、イリアがこっそりと庭に植えていたのだが、それが濃い緑色の葉を出している。
畑の朝晩の水やりはイリアの仕事だったが、イリアの頓珍漢な魔法で大切な野菜たちを枯らされることを恐れたアマルベルダに、畑には絶対に魔法を使おうとするなと言いくるめられていた。そのため、ただ水をあげるだけだ。
トマトが実ったら、いまだに挑戦したことのないグラタンにしようとイリアは今から決めていた。毎日の水やりのときに、まだかまだかと心待ちにして、ようやく蕾がほころんだ黄色い花は何と愛らしいことだろう。
「早く実になってね、トマトさん」
イリアはまだ自分のひざ下までの高さしかないトマトに話しかけたあと、せっかくだからアマルベルダの布団も干してあげようと、再び家の中に戻った。
一階の奥にある大きな部屋がアマルベルダのベッドルームである。
イリアはノックして、そーっと扉を開けた。
「はいりますよー」
アマルベルダは普段、居間で紅茶を飲んでいるか、二階にある書庫で本を読んでいる。そのためベッドルームに魔女はいないだろうとイリアは思っていたのだが。
部屋の中央にデンとおかれている大きなベッド。その布団が、こんもりと盛り上がっている。
(ん?)
イリアは不思議に思ってベッドに近づいてみた。すると、布団の端から、黒と赤を混ぜたような不思議な色味の髪の毛の先が覗いているのが見えた。
「……アマルベルダ?」
イリアはそーっと布団の端を持ち上げてみた。するとやはりそこにはアマルベルダがいた。魔女は布団を頭のてっぺんまで駆けて、どうやら惰眠を貪っているらしかった。
「朝ごはんを食べたあと見ないと思ったら、寝てたのね」
イリアは怠惰な魔女にあきれたが、起こすのもかわいそうだと思った。しかし今日は気温も高いしいい天気たし、布団を干すには絶好のチャンスなのだ。
(ごめんなさい、アマルベルダ)
イリアは心の中で謝って、次の瞬間、容赦なく布団をはぎ取った。
「アマルベルダ! もうお昼になるんだから、起きないとだめですよ!」
アマルベルダはぐっと眉間に皺を寄せて、それから気だるそうに片目を開いた。そして、
「あんたかい。もう少し寝かしとくれ。気の利かない娘だねぇ」
と言った。
イリアはそのアマルベルダの声に違和感を覚えた。魔女と言いながらも男であるアマルベルダの声は、ハスキーで、少し掠れている。けれども今の声は、一段と掠れていなかっただろうか。
イリアは無言でアマルベルダの額に手を伸ばして、目を見開いた。
「アマルベルダ、熱があるんですか?」
「うん? ああ、上がってきちゃったかい」
「もしかして風邪をひきました?」
「どうやら、そうらしいねぇ」
思い返してみれば、朝食の席でも口数が少なかった。当たり前のようにやってくるクラヴィスといつもやいのやいの言い合っているのに、今日はクラヴィスが魔女の目の前でどれだけイリアにちょっかいを出そうとも、ほとんど文句がなかったように見える。
イリアは慌てて、はぎ取った布団をアマルベルダの上にかけた。
そして、「待ってて!」と言うと、バタバタと部屋を飛び出した。
見上げれば、空は青く澄んでいる。これならば昼過ぎには洗濯物も乾くだろう。
「せっかくいいお天気だし、お布団も干しちゃおうかしら?」
何気なく独り言ちたのだが、これは実にいい考えに思えた。うん、干したばかりの布団は太陽の香りがして暖かくて気持ちがいい。クラヴィスはいつもイリアのベッドで眠りたがるから、彼のためにも気持ちのいい布団を用意したかった。
イリアはさっそく家に入り、二階の自室に向かった。そして細い腕に一生懸命に布団を抱え持つと、よいしょよいしょと庭まで持って出た。
布団を干すように、腕ほどの太さの木で作った干場があるのだ。アマルベルダの家庭菜園場のすぐ近くにあるそこに布団をかけると、イリアは畑に目を向けた。にょきにょきと育っている豆に、ようやく黄色い小さな花をつけたトマト。その隣には、キッチンで芽が出ていたジャガイモを、イリアがこっそりと庭に植えていたのだが、それが濃い緑色の葉を出している。
畑の朝晩の水やりはイリアの仕事だったが、イリアの頓珍漢な魔法で大切な野菜たちを枯らされることを恐れたアマルベルダに、畑には絶対に魔法を使おうとするなと言いくるめられていた。そのため、ただ水をあげるだけだ。
トマトが実ったら、いまだに挑戦したことのないグラタンにしようとイリアは今から決めていた。毎日の水やりのときに、まだかまだかと心待ちにして、ようやく蕾がほころんだ黄色い花は何と愛らしいことだろう。
「早く実になってね、トマトさん」
イリアはまだ自分のひざ下までの高さしかないトマトに話しかけたあと、せっかくだからアマルベルダの布団も干してあげようと、再び家の中に戻った。
一階の奥にある大きな部屋がアマルベルダのベッドルームである。
イリアはノックして、そーっと扉を開けた。
「はいりますよー」
アマルベルダは普段、居間で紅茶を飲んでいるか、二階にある書庫で本を読んでいる。そのためベッドルームに魔女はいないだろうとイリアは思っていたのだが。
部屋の中央にデンとおかれている大きなベッド。その布団が、こんもりと盛り上がっている。
(ん?)
イリアは不思議に思ってベッドに近づいてみた。すると、布団の端から、黒と赤を混ぜたような不思議な色味の髪の毛の先が覗いているのが見えた。
「……アマルベルダ?」
イリアはそーっと布団の端を持ち上げてみた。するとやはりそこにはアマルベルダがいた。魔女は布団を頭のてっぺんまで駆けて、どうやら惰眠を貪っているらしかった。
「朝ごはんを食べたあと見ないと思ったら、寝てたのね」
イリアは怠惰な魔女にあきれたが、起こすのもかわいそうだと思った。しかし今日は気温も高いしいい天気たし、布団を干すには絶好のチャンスなのだ。
(ごめんなさい、アマルベルダ)
イリアは心の中で謝って、次の瞬間、容赦なく布団をはぎ取った。
「アマルベルダ! もうお昼になるんだから、起きないとだめですよ!」
アマルベルダはぐっと眉間に皺を寄せて、それから気だるそうに片目を開いた。そして、
「あんたかい。もう少し寝かしとくれ。気の利かない娘だねぇ」
と言った。
イリアはそのアマルベルダの声に違和感を覚えた。魔女と言いながらも男であるアマルベルダの声は、ハスキーで、少し掠れている。けれども今の声は、一段と掠れていなかっただろうか。
イリアは無言でアマルベルダの額に手を伸ばして、目を見開いた。
「アマルベルダ、熱があるんですか?」
「うん? ああ、上がってきちゃったかい」
「もしかして風邪をひきました?」
「どうやら、そうらしいねぇ」
思い返してみれば、朝食の席でも口数が少なかった。当たり前のようにやってくるクラヴィスといつもやいのやいの言い合っているのに、今日はクラヴィスが魔女の目の前でどれだけイリアにちょっかいを出そうとも、ほとんど文句がなかったように見える。
イリアは慌てて、はぎ取った布団をアマルベルダの上にかけた。
そして、「待ってて!」と言うと、バタバタと部屋を飛び出した。
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