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霧男の目的
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半歩前を進むユリウスのあとを追いながらメリーエルはどうしてかユリウスにはじめてあったときのことを思い出していた。
一年以上も前のことだ。もうそんなに立つのかと思うし、まだ一年程度しかたっていないのかとも思う。
ただ、ユリウスと出会う前と出会った後では、一分一秒の時間の濃さが違う気がするのは何故だろう。
一年と少し前――
メリーエルは、両親のいなくなった邸で、ただひたすら魔法薬の研究に明け暮れていた。
母のような魔女になりたい――そんなメリーエルの思いは、自分の魔力量の限界を知った途端に儚く散った。かわりに、知識と技術で補える魔法薬にのめりこんだ。
幸いなことに、母が集めた蔵書がたくさんある。
基本は母に教わったし、母がいなくなった後でも本を見ながらいくらでも勉強ができた。
「飛行薬には龍の髭がいるのよねー」
母がふわふわと宙に浮きながら昼寝をしている姿を見たとき、メリーエルは一度でいいからあれをやってみたいと思っていた。
しかし、魔力の少ないメリーエルでは、自分の体を宙に浮かすことはできない。
そんなときに、母のおいて行った蔵書の中に、体を浮かすことのできる「飛行薬」の作り方を見つけたのだ。
それには、龍の髭という植物が必要だった。
「龍の髭はラナドーンにしかないのかー。龍の国の入口なんて、そう簡単には見つからないよね」
メリーエルは一度はあきらめかけた。しかし、一か月後、偶然にも龍の国ラナドーンへつながる入口らしきものを発見して、メリーエルは何も考えずに意気揚々とラナドーンへの入口をくぐった。
「うわー……、山の中じゃん」
ラナドーンに北はいいが、目の前に現れたのは大木が密集する山の中。樹齢何百年もするような、幹が太く背の高い木が並び、メリーエルの腰まである草が生い茂っている。
草をかき分けて進むのも一苦労で、メリーエルは自分がどこに進んでいるのかわからなくなった。
(でも、龍の髭は山の奥深くの半日蔭に自生するっていう話だし)
メリーエルは帰るときのことなど何も考えずに、草をかき分けながらずんずんと進んでいく。
そして、しばらく歩き続けたときだった。
急に足元がぬかるんだかと思えば、ずぶずぶと体が沈みはじめた。
「え――」
沼地だと気づいた時には遅かった。
ラナドーンには山の中でも変に魔法がかかった場所が多いと聞く。
それは、侵入者などの招かれざる客を排除するためだそうだが、まさか草と木しかない山の中に、いきなり沼地が現れるとは思わなかった。
「嘘でしょ!?」
まずいと思ったときはすでにひざ下まで沼に飲み込まれていた。
必死に抜け出そうとするも、体を沼から引き揚げようとついた手まで、沼に飲まれていく。
絶体絶命とはこのことだった。
メリーエルの微力な魔力では、ここから抜け出すことなんてできない。せいぜい、息が止まらないように顔の周りを空気で覆うことが精いっぱいだ。それすら、一時間も持たないだろう。
(まずいまずいまずい―――!)
暴れれば暴れるほど体が沼の底へと沈んでいく。
すでに胸の下まで沼に飲まれていて、メリーエルは真っ青になった。
このままだと間違いなく死ぬ。冗談じゃない。まだまだやりたいことだって、作りたい魔法薬だってたくさんあるのに!
「死にたくない―――! まだ飛行薬だって作ってないのに! 変身薬だって作りたい! それからケーキもお腹いっぱい食べてみたいし、あのムカつくおじさまに悪戯だってしてみたい―――!」
メリーエルは木々の間から見える青い空に向かって、大声で叫んだ。――そのときだった。
「やかましいことだ」
あきれたような声がして、気がつけば目の前にふわふわと一人の男が浮かんでいた。
銀色の髪に銀色の目の、背筋が凍り付きそうなほど整った顔立ちをした青年だった。
「お前、侵入者か? 人間のようだが、よくこの国の入口を見つけたものだな」
メリーエルが今にも沼に飲み込まれそうな状況だと言うのに、のほほんとした口調で話しかけてくる男に、メリーエルの額に青筋が立った。
すっごい美形だが、その美形に感心している心の余裕はメリーエルにない。
「ちょっとあんた! か弱い乙女の危機だっていうのに、なんだってそこで優雅に見物してんのよ! 助けなさいよ! もしもこのまま死んだら化けて出るわよ人でなし!」
すると、ぽかんとした表情を浮かべた青年は、次の瞬間笑い出した。
「ふ、はは、あいにくと俺は人ではないのだが、化けて出られては寝覚めが悪いな。まあいいさ、龍は気まぐれなものだ」
「え、龍―――って、きゃあああああ!」
龍という単語にメリーエルが目を丸くした次の瞬間、突然メリーエルの体が沼から空へ向かって放り出された。
「いやあああああ―――! おちるぅ――――――」
沼から助かったと思ったのもつかの間、今度は空からの落下にメリーエルが半泣きになる。
草の生い茂った地面にたたきつけられるのを覚悟して、メリーエルがぎゅっと目を閉じたとき、突然ふわりと体が宙に浮いた。
「本当にやかましいな。落としたりしないから、安心しろ」
メリーエルがそろそろと目を開けると、そこには息を呑むほどの美貌がドアップで存在していて、面白そうな顔をした彼が訊ねてきた。
「お前、名は?」
これが、メリーエルとユリウスの出会いだった。
一年以上も前のことだ。もうそんなに立つのかと思うし、まだ一年程度しかたっていないのかとも思う。
ただ、ユリウスと出会う前と出会った後では、一分一秒の時間の濃さが違う気がするのは何故だろう。
一年と少し前――
メリーエルは、両親のいなくなった邸で、ただひたすら魔法薬の研究に明け暮れていた。
母のような魔女になりたい――そんなメリーエルの思いは、自分の魔力量の限界を知った途端に儚く散った。かわりに、知識と技術で補える魔法薬にのめりこんだ。
幸いなことに、母が集めた蔵書がたくさんある。
基本は母に教わったし、母がいなくなった後でも本を見ながらいくらでも勉強ができた。
「飛行薬には龍の髭がいるのよねー」
母がふわふわと宙に浮きながら昼寝をしている姿を見たとき、メリーエルは一度でいいからあれをやってみたいと思っていた。
しかし、魔力の少ないメリーエルでは、自分の体を宙に浮かすことはできない。
そんなときに、母のおいて行った蔵書の中に、体を浮かすことのできる「飛行薬」の作り方を見つけたのだ。
それには、龍の髭という植物が必要だった。
「龍の髭はラナドーンにしかないのかー。龍の国の入口なんて、そう簡単には見つからないよね」
メリーエルは一度はあきらめかけた。しかし、一か月後、偶然にも龍の国ラナドーンへつながる入口らしきものを発見して、メリーエルは何も考えずに意気揚々とラナドーンへの入口をくぐった。
「うわー……、山の中じゃん」
ラナドーンに北はいいが、目の前に現れたのは大木が密集する山の中。樹齢何百年もするような、幹が太く背の高い木が並び、メリーエルの腰まである草が生い茂っている。
草をかき分けて進むのも一苦労で、メリーエルは自分がどこに進んでいるのかわからなくなった。
(でも、龍の髭は山の奥深くの半日蔭に自生するっていう話だし)
メリーエルは帰るときのことなど何も考えずに、草をかき分けながらずんずんと進んでいく。
そして、しばらく歩き続けたときだった。
急に足元がぬかるんだかと思えば、ずぶずぶと体が沈みはじめた。
「え――」
沼地だと気づいた時には遅かった。
ラナドーンには山の中でも変に魔法がかかった場所が多いと聞く。
それは、侵入者などの招かれざる客を排除するためだそうだが、まさか草と木しかない山の中に、いきなり沼地が現れるとは思わなかった。
「嘘でしょ!?」
まずいと思ったときはすでにひざ下まで沼に飲み込まれていた。
必死に抜け出そうとするも、体を沼から引き揚げようとついた手まで、沼に飲まれていく。
絶体絶命とはこのことだった。
メリーエルの微力な魔力では、ここから抜け出すことなんてできない。せいぜい、息が止まらないように顔の周りを空気で覆うことが精いっぱいだ。それすら、一時間も持たないだろう。
(まずいまずいまずい―――!)
暴れれば暴れるほど体が沼の底へと沈んでいく。
すでに胸の下まで沼に飲まれていて、メリーエルは真っ青になった。
このままだと間違いなく死ぬ。冗談じゃない。まだまだやりたいことだって、作りたい魔法薬だってたくさんあるのに!
「死にたくない―――! まだ飛行薬だって作ってないのに! 変身薬だって作りたい! それからケーキもお腹いっぱい食べてみたいし、あのムカつくおじさまに悪戯だってしてみたい―――!」
メリーエルは木々の間から見える青い空に向かって、大声で叫んだ。――そのときだった。
「やかましいことだ」
あきれたような声がして、気がつけば目の前にふわふわと一人の男が浮かんでいた。
銀色の髪に銀色の目の、背筋が凍り付きそうなほど整った顔立ちをした青年だった。
「お前、侵入者か? 人間のようだが、よくこの国の入口を見つけたものだな」
メリーエルが今にも沼に飲み込まれそうな状況だと言うのに、のほほんとした口調で話しかけてくる男に、メリーエルの額に青筋が立った。
すっごい美形だが、その美形に感心している心の余裕はメリーエルにない。
「ちょっとあんた! か弱い乙女の危機だっていうのに、なんだってそこで優雅に見物してんのよ! 助けなさいよ! もしもこのまま死んだら化けて出るわよ人でなし!」
すると、ぽかんとした表情を浮かべた青年は、次の瞬間笑い出した。
「ふ、はは、あいにくと俺は人ではないのだが、化けて出られては寝覚めが悪いな。まあいいさ、龍は気まぐれなものだ」
「え、龍―――って、きゃあああああ!」
龍という単語にメリーエルが目を丸くした次の瞬間、突然メリーエルの体が沼から空へ向かって放り出された。
「いやあああああ―――! おちるぅ――――――」
沼から助かったと思ったのもつかの間、今度は空からの落下にメリーエルが半泣きになる。
草の生い茂った地面にたたきつけられるのを覚悟して、メリーエルがぎゅっと目を閉じたとき、突然ふわりと体が宙に浮いた。
「本当にやかましいな。落としたりしないから、安心しろ」
メリーエルがそろそろと目を開けると、そこには息を呑むほどの美貌がドアップで存在していて、面白そうな顔をした彼が訊ねてきた。
「お前、名は?」
これが、メリーエルとユリウスの出会いだった。
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