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湖には魔物がすんでいる!?

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 マーシュ・ラッカーは、フラニール町にある小さな派出所の二階にある住居で、仕事終わりの酒を飲んで枕を抱えて眠っていたところをたたき起こされた。

 マーシュはこのあたり一帯の田舎に唯一存在する、小さな警察の派出所に勤務している警官である。

 といっても、フラニール町にある派出所に勤務している警官は、マーシュしかいない。つい一月半前まで二十歳になったばかりの青二才が一緒に勤務していたのだが、彼は年寄りの話し相手ばかりの毎日に嫌気がさしたらしく、馬車で小一時間ほど行ったところにある隣町のそこそこ裕福な家の娘と結婚して去っていった。

 本来なら、あと三か月の赴任期間を終えて、王都にある警察署に戻れるはずだったのだが、青二才のせいで任期があと一年延びてしまった。

 そのためマーシュは、来る日も来る日も、面白みのない派出所の椅子に座って、ジジババの半分ボケたような話に相槌を打つ生活を、あと一年も送らなければいけない。

 いい加減、派出所勤めにもうんざりしているが、独り身の彼は愚痴を言う恋人もいない。

 唯一の楽しみと言えば、日が沈むころに仕事を終えたあと、大好きな酒を飲んで寝ることだった。

 今日も例外なく酒を飲んで、幸せな眠りについたまではよかったのだ。

 まさか、明け方近くになって、血相を変えた町長にたたき起こされるとは思わなかった。

 マーシュは男の割には小柄で、くるんと先のカールした髭が鼻の下から口の端にかけて伸びている。

 子供のころから髪の量が異様に少なく、また産毛のように細いため、赤子のようにフワフワとした毛が頭をうっすらと覆い、酒の飲みすぎのせいか、中年太りで腹が丸く出てしまっているため、密かに「ピッグ」と呼ばれていることを知っていた。

 マーシュは寝ぼけ眼をこすりながら、階段を下りて一階の仕事場へ降りる。

 閉め切っている扉が、どんどんと激しく叩かれていた。

「こんな暗いうちから、何事ですか?」

 マーシュが鍵を開けて、飾り気のない木の扉をあければ、顔を真っ青にした町長が立っていた。

 六十をいくらかすぎた白髪の町長のうしろには、松明を持った数人の男がいる。

 みな、焦ったような、それでいて怯えているような顔をして、寝起きの目をしばしばさせているマーシュをすがるように見つめていた。

「川から死体が上がりました」

 代表して町長が言えば、マーシュの頭が一気に覚醒した。

「ま……、また、ですか!?」

 マーシュが知る限り、川から遺体が上がるのはこれで六度目だ。最初の水死体を発見してから半年。この、わずか半年の間に、六人の死体が上がった。このあたり一帯にあるのは、フラニール町と、近くのウォール村。合わせて千人も住んでいないというのに。

「りょ、領主様へご報告に行かなくては……!」

 町長はよほど動転しているようだった。

 このあたりの地域を治めている領主は、フラニール町から馬車で小一時間ほど南に行くと見えてくる、もっと大きな町に住んでいる。マーシュの元同僚の青二才が結婚して移り住んだところだ。

 領主はズゴッド伯爵といい、四十手前ほどの、にこにこといつも微笑んでいる人当たりのいい人物だった。

 最初の水死体が川から上がり、その一月後にもう一人、さらに半月後に一人――、と三人目の水死体が上がったときに、町長とマーシュは話し合って、領主に報告することにした。

 さすがに三人も続けばただ事ではない。のどかなこのあたり一帯の地域で、なにか不吉な事件――は起こらないかもしれないが、それでも何かあるかもしれないと思ったのである。

 ちょうどそのころ、湖に魔物が住むという奇妙な噂が広がっていた。まさか本当に魔物がいるとはマーシュは思わなかったが、立て続けに発見された死体を見れば、気味が悪い。

 町長とマーシュはズゴッド伯爵に報告し、妙な噂も流れているので、湖に人を近づけないようにすると決めた。

 そして、警戒しながらも、しばらく様子を見ることに決めたのだが――、これで、六人目。

 この前発見された死体は、まだ十五歳の少女だった。ウォール村に住む、アガートという名前の赤毛の少女だ。

 マーシュは、アガートの死体を発見した時のことを思い出し、暗い気持ちになった。

(あんな若い娘さんがなぁ……)

 マーシュは「領主に報告!」と慌てふためいている町長をなだめながら、まだ日が昇る前の薄暗い空を見上げたあとで、こう言った。

「領主様への報告は日が昇ってからにしましょう」

 先に、遺体を確認させてください――、マーシュが警官らしくいかめしい顔つきで言えば、町長は強張った顔で頷いた。
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