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湖には魔物がすんでいる!?

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 バァン!

 耳を塞ぎたくなるような大きな音が、銃口から放たれる。

 ズゴッド伯爵の左耳を打ち抜いた弾が壁にめり込んだ。左耳から血を吹き出させたズゴッド伯爵は絶叫し、その場に腰を抜かして、耳をおさえて叫び続ける。

「安心して? 簡単には殺さないよ」

 ヴィクトールは暗い表情を浮かべて、再び伯爵へ銃口を向ける。

「た、助けてくれ……! 金、金ならいくらでも払う! 何だって言うことを聞く! たのむから……!」

 涙を浮かべて、床に這いつくばるような体勢で懇願するズゴット伯爵を、ヴィクトールは冷ややかに見下ろした。

「そうやって、この子が――、お前に助けを求めたとき、お前はどう答えた?」

「こ、この子……?」

「どうせ覚えていないだろうね。何十人もいるうちの一人だ。だけどね、お前にとってはその辺の石ころのようなものでも、僕にとっては大切な大切な女の子なんだよ。――僕は、僕の大切な子を傷つけたお前を許さない。こうして、お前をこの手でほふる機会が与えられたことに、普段は信じていないけど、今日くらいは神に感謝しようって気になるね」

 さあ――、次は右の耳かな? ヴィクトールが薄く笑うと、ズゴット伯爵の表情が凍り付く。

「両耳が終わったら、両足――、さすがに予備の弾は持っていないから、足が終わったら殺してあげるよ。胸と頭、どっちがいい?」

「た、助け……」

「断る」

 カチリ、とヴィクトールは撃鉄を起こした。

 しかし、ヴィクトールが引き金を引く前に、「ちょっとまてー!」という大声が聞こえてきて、彼は思わず振り向いた。

 そこには、ぜーぜーと肩で息をしているマーシュ・ラッカーの姿。

 マーシュのうしろにはルドルフ警部がいて、さらにうしろに、国王オルフェリウスの秘書官であるオーゲンが立っていた。

「ヴィクトールさん! あんた何やってるんですか!」

「ちょうどよかった。マーシュさん、スノウを持っていてくれません?」

「え? わ、わわ! スノウちゃん!?」

 ヴィクトールにスノウを渡されて、マーシュは慌てふためきながらスノウを抱きかかえる。

 そして再びヴィクトールが拳銃を構えるのを見て、

「だから待ってってばー!」

 と大声で叫んだ。

「止めないでください。ズゴッド伯爵は、幼いスノウを虐待して、今もなお残る傷跡をつけた男です。僕はこの男をこの手で殺すと決めている」

 ヴィクトールは予定を変更して、ズゴット伯爵の額に銃口を向けた。なぶり殺しにしようと思っていたが、余計な人間が来てしまったため、急いだほうがいいだろう。

 オーゲンは、ヴィクトールがオルフェリウスと交わした約束を知っているから――、今回のことでヴィクトールが何をしようと黙認するだろう。

 ルドルフも、思うところはあるだろうが、オーゲンの手前すべてが終わるまでは黙っていてくれるはずだ。

 邪魔者はいない――、そう思って、引き金に指をかけたヴィクトールだったが。

「そんなことをして、スノウちゃんが喜ぶはずないでしょう!?」

 この場で唯一、ヴィクトールを止めるつもりらしいマーシュの言葉が、ヴィクトールの耳を打った。

「ヴィクトールさんが自分のために手を汚したってわかれば、スノウちゃんはきっと悲しみます!」

「あなたにスノウの何がわかるんです?」

「わかりますよ! スノウちゃんはそういう、優しい子でしょう!?」

「………」

 そのとき、すぐ耳元で大声をあげられたからか、スノウが「むぅー」と声をあげた。

 見ると、起きてはいないが、眉間に少し皺を寄せている。

(スノウ……)

 もし、彼女がここで目を覚ませば、ヴィクトールの行動を泣いて止めるだろう。スノウも伯爵には多大な恨みがあるはずなのに――、マーシュの言う通り、スノウはそういう子だ。

 ズゴット伯爵に銃口を向けたまま葛藤するヴィクトールに、それまで黙っていたオーゲンが静かに口を開いた。

「……この男の処刑は免れません。あなたが手を下すまでもない」

「―――」

「腹に据えかねるってぇんなら、殺さない程度に殴っとけや」

 そんくらいにしとけ――、とルドルフ警部が髪を書きながら言うと、ヴィクトールは「はー」と大きく息を吐きだして銃口を下げた。

 拳銃を懐にしまって、マーシュの手からスノウをもらい受けると、幸せそうな寝顔を浮かべている彼女の顔を覗き込む。

「……スノウに泣かれるのは、嫌ですから」

 あとは、任せました――、ヴィクトールはそう言って、スノウを抱えたまま小屋から出て行った。
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