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追放された聖女は滅亡した妖精の国を蘇らせる

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 バーミリオンは苛立っていた。

 バーミリオンの治める砂漠の国より海を渡って来た、緑豊かな小国ウェーダルを奪って早三か月。

 奪った小国の城ですごしていた彼だが、本来であれば、この国を臣下に任せて、もっと早くに砂漠の国への帰途へついているはずだった。

 けれども、ウェーダルを制圧して十日をすぎたあたりから、豊かな大地に異変が訪れはじめた。

 最初は小さな違和感だった。

 城の周囲の畑に、イナゴの大群がやってきたと報告が上がった。

 イナゴは農作物を食い尽くす厄介者だ。バーミリオンは臣下や制圧したウェーダルの民たちに少しでも被害を食い止めるべく、総出でイナゴの駆除にあたらせた。

 せっかく手に入れた国なのに、なんて不運なのだと思いながら、バーミリオンはこの時はまだ、自然が剥いた小さな牙くらいにしか思っていなかった。

 けれどもーー

「突然山の木々が枯れはじめ、川の水が干上がり、果ては火山が噴火しただと!? どうなっている! どういうことだ!」

 三か月だ。

 たった三か月。

 その短い間に、どうして次々と不可解な現象が起こるのだろうか。

 豊かさを手に入れるために奪った小国。それなのに、この三か月で小国の山の半分以上がただの砂に変わり、川が干上がったせいで水が淀んで腐り、火山の噴火によって降り注いだ火山灰で町が一つ飲み込まれた。

 ぎりりと歯ぎしりをするバーミリオンに、臣下の一人が困惑の表情で一つの報告を上げた。

「ウェーダルの民の言葉によりますと、聖女の祈りが途絶えたせいだと。聖女の祈りがなければこの国は亡びる。そう言い伝えられているそうでして……」

「馬鹿馬鹿しい!」

 バーミリオンは大声で臣下の言葉を遮った。

 聖女の祈り? 一人の女の祈りだけで豊かさが手に入るのならば、わざわざ国を落とす必要がどこにある。

 しかし、被害がどんどん拡大していく中、バーミリオンは徐々にその言葉の意味を理解した。

 南の内海に浮かぶ死の孤島、忘却の大地。

 その孤島に突如として大樹が出現したことを、バーミリオンはこの目でも見ているのだ。そしてそれは、ウェーダルの聖女であったエリーゼをかの島に流刑にした直後に起こった。

「……聖女め」

 バーミリオンは拳を握り締めた。

 にわかには信じがたいことだが、ウェーダルの聖女には不思議な力が宿っている。そう考えずにはいられない。

「船を整えろ! 聖女を連れ戻しに行くぞ」

 
 ーーしかしバーミリオンの用意した船は、忘却の大地を目前にして、海面に現れた突然の渦に巻き込まれて沈没した。





「だから言っただろう?」

 アバロンが勝ち誇ったように微笑む。

 バーミリオンは幾度となく孤島へ船を向けたが、それらはすべて孤島にたどり着く前に沈没していた。

 驚くことに、それらはすべて妖精の力だというのだから、この小さな体の妖精たちのどこにそんな力があるのかと不思議になる。

「誰もこの島を侵略などできない」

「……誰も?」

「ああ。エリーゼが望む限り、この島は永遠に平和だ」

 エリーゼとロベルトの目の前で、また一艘の船が沈む。

 ロベルトと手をつないで海岸に立ったエリーゼは、それを見ながらきゅっと唇をかみしめた。

「……たくさんの人が死ぬわ」

 ぽつりとつぶやいたエリーゼを、ロベルトがそっと抱き寄せる。

「あれはウェーダルを滅ぼした国の人だけど、彼ら全員が好きでやったことではないでしょうに」

「そうだな」

 ロベルトにとってバーミリオンやその国のものは、自国を滅ぼし、親を殺した憎き敵だ。けれども、その怒りも、エリーゼの嘆きの前では静かに霧散していくような気さえする。

 彼女の言う通り、憎むべくはバーミリオンで、彼の国の民すべてではないのかもしれない。

「だが、ここへ攻めてこさせるわけにはいかない。君を渡すわけにはいかないよ」

 ロベルトはエリーゼの頭を撫でながら、アバロンに視線を向けた。

「……バーミリオンからウェーダルを奪い返すことはできないのだろうか?」

 こうしてアバロンに問うこと自体、ロベルトは悔しかった。

 本来であれば自分の力ですべてを奪い返したい。だが、今のロベルトには何の力もなく、ここで黙って船が沈むのを見ていることしかできない。

 その沈む船を見て、エリーゼは人が死ぬと言って悲しむ。

 ならば、元凶であるバーミリオンを打たねば、彼女の悲しみを取り除くことはできない。そして、ロベルト自身も、このまま指をくわえて、ウェーダルが滅びの道をたどるのを見ていたくはない。聖女を失ったウェーダルには滅びの道しか残されていないのだ。

 アバロンはふむ、と一つ頷いてから、大樹を見上げた。

「あとひと月待て。さすればすべてがうまくいく」

 相変わらずすべてを語ろうとはしない男だなと思いながら、ロベルトは黙ってうなずいた。



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