30 / 99
続・聖女は魔王に嫁ぎます!
9
しおりを挟む
「我は気高い龍族だぞ!」
わたしの膝に抱っこされた五歳児が、甲高い声で叫ぶ。
毛先だけが赤く染まった黒髪の男の子は、どうやら先ほどわたしを攻撃してきた龍のなれの果てらしい。
ジオルドはわたしから状況を聞き出し、男の子を観察して、わたしの聖女の力が龍の攻撃をはじいて、さらに龍の力を封じ込めてしまったらしいと判断した。
つまり――、力を封じ込められたせいで、龍が五歳児になってしまったそうよ。
わたしの膝の上でキャンキャンわめいているけれど、わたしがお菓子を差し出すと嬉しそうに頬を染めて受け取る様は、「気高い龍族」には到底見えない。
「あなた、お名前は?」
先ほどまで龍に怯えていたアマリリスも、くりっと大きな赤い目をした五歳児がお菓子を頬張る姿に母性本能が刺激されたのか、優しく微笑んでいる。
「ん。我はランディーだ!」
両手でカップケーキを持ってかぶりつきながら、五歳児――もとい、龍族のランディーが答えた。
「それでランディー、お前は火山口に封印されていただろう。どうやって封印を解いた?」
「マルベルとか言う女が我に贄を捧げたのだ」
「贄?」
「人間だな」
まさか、その人間をばりばりと食べちゃったの⁉
先ほどの大きな龍の口なら人間なんて一飲みできる。ゾッとするわたしに、ランディーはふんっと小生意気に鼻を鳴らした。
「我は人間など食わん! ちょっと血をもらって力を吸い取っただけだ」
「じゃあ、その人間は生きているの?」
「一応な。灰にならないように固い卵の中に閉じ込めて火山の中に転がしている。我は優しい龍だからな」
え、それ茹で卵とかにならないの?
安心していいのかどうか微妙なんですけど。
「大丈夫だ、死にはせん。まあ、苦しいだろうが」
ほら、安心できないじゃないの!
その贄にされたのが誰かはわからないけれど、早く助け出してあげないと大変じゃない!
焦るわたしだけど、ランディーはお菓子に夢中で卵に閉じ込めて贄には興味がないみたいよ。
「で、どうしてお前はシェイラを狙った?」
ジオルドの目が怖い。ランディーがわたしの膝にいなかったら、踏みつけるくらいはしそうなほどに目が据わっている。
ランディーも身の危険を感じたのか、片手にお菓子を持って、わたしにしがみついた。
「わ、我は悪くないぞ! 封印を解いてやった対価を支払えとマルベルに言われたから、仕方なくやったことだ。等価交換は基本だろう!」
封印を解いた等価交換でわたしを殺そうとされても困るんですけど。
ていうか、マルベルさんって、わたしを殺したいほど憎んていたのね……。あの剣幕だからきっとまたやってくると思っていたけど、殺されそうになるとは思わなかった。
ジオルドはじろっとランディーを睨んでから、立ち上がった。
どこに行くのって問えば、彼は卵に閉じ込められて転がされている贄を助けに行くと答える。
ジオルドがいなくなると、自称気高い龍族のランディーが、「我はココアを所望する!」と頬を赤く染めて要求してきた。
アズベール様の舌打ちと、アマリリスの鈴を転がしたような笑い声を聞きながら、わたしはもう、苦笑するしかなかったわ。
結局のところ、ランディーの贄にされたのが誰だったのか、わたしが知らされることはなかった。
ただ、ジオルドによると、よほどの恐怖体験だったのか、贄にされた人間は、人間界に帰ったあと、部屋の中に閉じこもって誰とも会いたがらなくなったそうよ。可哀そうに……。
そしてマルベルさんだけど――、彼女についてもジオルドは何も教えてくれなかった。
ただ、もう二度と彼女がわたしの前に姿を現すことはないらしくて――、これ以上訊ねるのはさすがに怖くて、わたしも追及しなかった。
そして、ランディーだけど。
「今日はチョコレートケーキがいいぞ!」
どうしてか、すっかり懐かれてしまって、彼はジオルドの魔王城で生活している。
朝起きるとわたしのうしろをついて歩き、お菓子を要求するのよ。
ジオルドは忌々し気に「さっさと出て行け!」って言っているけれど、五歳児とはいえ龍族、ジオルドの剣幕なんて何のそので、べーっと舌を出して返すのよ。そのあと、慌てたようにわたしのドレスのスカートの中に隠れちゃうんだけど。
でもまあ、ランディーのおかげでわたしの日常から「暇」と「退屈」という言葉は消えそうね。
愛くるしい顔をしているランディーにめろめろになっちゃったアマリリスも頻繁にやってくる。
「ランディー! 俺の妻のスカートにもぐりこむな!」
ジオルドが怒っているけれど、スカートの下でわたしの足にしがみついているランディーがこっそり舌を出しているのが目に見えるようよ。
どうやら、魔王城はこれから賑やかになりそうね。
~~~完~~~
わたしの膝に抱っこされた五歳児が、甲高い声で叫ぶ。
毛先だけが赤く染まった黒髪の男の子は、どうやら先ほどわたしを攻撃してきた龍のなれの果てらしい。
ジオルドはわたしから状況を聞き出し、男の子を観察して、わたしの聖女の力が龍の攻撃をはじいて、さらに龍の力を封じ込めてしまったらしいと判断した。
つまり――、力を封じ込められたせいで、龍が五歳児になってしまったそうよ。
わたしの膝の上でキャンキャンわめいているけれど、わたしがお菓子を差し出すと嬉しそうに頬を染めて受け取る様は、「気高い龍族」には到底見えない。
「あなた、お名前は?」
先ほどまで龍に怯えていたアマリリスも、くりっと大きな赤い目をした五歳児がお菓子を頬張る姿に母性本能が刺激されたのか、優しく微笑んでいる。
「ん。我はランディーだ!」
両手でカップケーキを持ってかぶりつきながら、五歳児――もとい、龍族のランディーが答えた。
「それでランディー、お前は火山口に封印されていただろう。どうやって封印を解いた?」
「マルベルとか言う女が我に贄を捧げたのだ」
「贄?」
「人間だな」
まさか、その人間をばりばりと食べちゃったの⁉
先ほどの大きな龍の口なら人間なんて一飲みできる。ゾッとするわたしに、ランディーはふんっと小生意気に鼻を鳴らした。
「我は人間など食わん! ちょっと血をもらって力を吸い取っただけだ」
「じゃあ、その人間は生きているの?」
「一応な。灰にならないように固い卵の中に閉じ込めて火山の中に転がしている。我は優しい龍だからな」
え、それ茹で卵とかにならないの?
安心していいのかどうか微妙なんですけど。
「大丈夫だ、死にはせん。まあ、苦しいだろうが」
ほら、安心できないじゃないの!
その贄にされたのが誰かはわからないけれど、早く助け出してあげないと大変じゃない!
焦るわたしだけど、ランディーはお菓子に夢中で卵に閉じ込めて贄には興味がないみたいよ。
「で、どうしてお前はシェイラを狙った?」
ジオルドの目が怖い。ランディーがわたしの膝にいなかったら、踏みつけるくらいはしそうなほどに目が据わっている。
ランディーも身の危険を感じたのか、片手にお菓子を持って、わたしにしがみついた。
「わ、我は悪くないぞ! 封印を解いてやった対価を支払えとマルベルに言われたから、仕方なくやったことだ。等価交換は基本だろう!」
封印を解いた等価交換でわたしを殺そうとされても困るんですけど。
ていうか、マルベルさんって、わたしを殺したいほど憎んていたのね……。あの剣幕だからきっとまたやってくると思っていたけど、殺されそうになるとは思わなかった。
ジオルドはじろっとランディーを睨んでから、立ち上がった。
どこに行くのって問えば、彼は卵に閉じ込められて転がされている贄を助けに行くと答える。
ジオルドがいなくなると、自称気高い龍族のランディーが、「我はココアを所望する!」と頬を赤く染めて要求してきた。
アズベール様の舌打ちと、アマリリスの鈴を転がしたような笑い声を聞きながら、わたしはもう、苦笑するしかなかったわ。
結局のところ、ランディーの贄にされたのが誰だったのか、わたしが知らされることはなかった。
ただ、ジオルドによると、よほどの恐怖体験だったのか、贄にされた人間は、人間界に帰ったあと、部屋の中に閉じこもって誰とも会いたがらなくなったそうよ。可哀そうに……。
そしてマルベルさんだけど――、彼女についてもジオルドは何も教えてくれなかった。
ただ、もう二度と彼女がわたしの前に姿を現すことはないらしくて――、これ以上訊ねるのはさすがに怖くて、わたしも追及しなかった。
そして、ランディーだけど。
「今日はチョコレートケーキがいいぞ!」
どうしてか、すっかり懐かれてしまって、彼はジオルドの魔王城で生活している。
朝起きるとわたしのうしろをついて歩き、お菓子を要求するのよ。
ジオルドは忌々し気に「さっさと出て行け!」って言っているけれど、五歳児とはいえ龍族、ジオルドの剣幕なんて何のそので、べーっと舌を出して返すのよ。そのあと、慌てたようにわたしのドレスのスカートの中に隠れちゃうんだけど。
でもまあ、ランディーのおかげでわたしの日常から「暇」と「退屈」という言葉は消えそうね。
愛くるしい顔をしているランディーにめろめろになっちゃったアマリリスも頻繁にやってくる。
「ランディー! 俺の妻のスカートにもぐりこむな!」
ジオルドが怒っているけれど、スカートの下でわたしの足にしがみついているランディーがこっそり舌を出しているのが目に見えるようよ。
どうやら、魔王城はこれから賑やかになりそうね。
~~~完~~~
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
677
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる