守りたい、君のこと

第16話「小さな嵐」

休み時間、教室の喧騒が遠くに聞こえる中、
ユズホは廊下にひとり立っていた。

昨日の小さな勇気はまだ胸に残っている。
けれど、その安定は長く続かなかった。

「おやおや、ひとりでいるんだね、加西さん」
低くて冷たい声。ユズホは一瞬で背筋が凍る。
声の主は、クラスの新入りで
少し異質な存在感を放つレイ。
鋭い視線がユズホを射抜く。

「え、えっと……」
言葉が喉に詰まる。
いつものユズホなら堂々と答えられるはずなのに、
レイの近くに立つと心臓が速く打つ。

「昨日も見かけたよ、
渡り廊下でユアトくんと話していたじゃないか」
小さな挑発。言葉の端々に、
ただの興味以上の何かが混ざっている。
周囲の男子もチラチラと視線を送る。
ユズホはその注目が耐えられず、目を逸らす。

「な、何の用ですか……？」
か細い声が廊下に響く。レイは微笑むが、
その笑顔には鋭さが潜んでいる。

「別に用なんてないさ。
ちょっと君の反応を見てみたかっただけ」
言葉の重みが、ユズホを一層緊張させる。
心臓が高鳴り、手のひらに汗がにじむ。
これまで積み上げてきた勇気が、一瞬で揺らぐ。

そのとき、遠くから足音が近づく。
「ユズホ、大丈夫？」
ユアトの声だ。振り返ると、
冷静な顔で歩み寄るユアトがいる。
背筋が伸び、視線は真っ直ぐに
レイと周囲の男子に向けられていた。

「……ユアトくん」
声に安堵が混ざる。ユアトの存在は、
ユズホにとって唯一の安全地帯のように感じられる。

「俺は離れない。
君が困っているなら、ちゃんと守る」
ユアトの言葉に、ユズホは胸が熱くなる。
怖さで固まっていた体が少しほぐれ、
息を整えることができた。

すると、アオイとケンジも廊下に現れる。
アオイは軽く手を振り、
ケンジは少し強めの声で言った。

「レイ、やめろよ」
「ユズホにそんなこと言わせるな」

レイは一瞬眉をひそめるが、退くことはない。
周囲の男子も笑みを浮かべつつ、さらに視線を送る。
ユズホは少し目を伏せ、しかし、
ユアトや友達が自分を支えてくれていることを感じる。

「……ありがとう、
ユアトくん、アオイさん、ケンジくん」
心の中で何度もつぶやく。

言葉に出せない感謝が、
胸の奥で膨らんでいく。

ユアトは穏やかに頷き、
アオイもケンジも軽く肩をすくめる。
けれど、三人の存在が
ユズホを守る盾のようになっているのが、明確に伝わった。

「次はないと思うけど……覚えておきなよ」
レイは最後に一言残すと、後ろを向き、
少し離れた場所へ歩いていった。
その背中を見つめ、ユズホは小さく息をつく。

「……大丈夫、私、負けない」
小さな決意が胸に生まれる。
怖さは完全には消えないけれど、
ユアトや友達と一緒なら
乗り越えられるという自信が芽生えた。

廊下の空気が少し落ち着きを取り戻し、
ユズホはゆっくりと教室に戻る。
心臓はまだ高鳴っているが、昨日の勇気に加え、
今日はもう一つ大きな力を得た気がした。
それは、信頼できる仲間と、
自分を守ってくれる人の存在だった。

そして、ユアトと目が合う。
互いに何も言わなくても、
分かるものがある。小さな嵐のあと、
二人の絆は少し強く、そして特別になった。