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想④
しおりを挟む「あ、俺、今平気?」
「朔ちゃん? 昨日大丈夫やった?」
インターホン越しの、KANの質問。
それに答える前に、ドアが開いた。
「どしたん?」
「ちょっと、DVD見して」
「へ?」
事務所には、凌空がいて、写真撮影中であった。
「なんの写真?」
「写真集出すんよ」
「へぇーすごぉっ! さすが王子だわ」
今日は使われていない編集部屋で、綺麗に棚に並べられている歴代のDVDに指を走らせる。
自分たちがデビューする前から在るDVD。
弦がジャケットに映るDVDで、その指を止めた。
ひとつひとつ、丁寧にDVDを抜き取る。
自分と櫂が絡んだもの。
そして、櫂が別のモデルと絡んだもの。
パソコンにDVDを吸い込ませ、イヤホンを装着した。
「別に音だしてええで?」
「気ぃ散るでしょ」
朔良はちらりと凌空の方を見やり、そしてパソコン画面をじっと見つめた。
液晶には、チャプター選択場面。
迷わず、自分と櫂の絡みを選択した。
なんとも言えぬ感情が、込み上げる。
自分の映像を見る気恥ずかしさ。
久しぶりに見る櫂に感じる、愛おしさ。
そして、もう遠い何年も昔のことのような、懐かしさ。
ほんの数ヶ月前なのに、それはとても遠い過去を見るような感覚だった。
『俺さぁ、朔良のそういうとこ好き』
『クールなくせにすぐムキんなるよな』
海辺を見て歩いた。
初めての、櫂との撮影。
『俺、男やぞ?』
『ずっと、朔良のことが好きやった』
リアルだと、すごくリアルだと、櫂朔カップルがファンの間で話題になった作品。
『俺といる時が朔を、いちばん輝かせられる気がするわ』
『俺といる時いちばんでおってほしい』
『朔が……好きやから……』
そしてあの、デンキウナギ。
あんなに、一緒にいた。
なのに、作品は、たった3本しかなかった。
どれだけ探しても、どれだけ見返しても、櫂との作品は、たった3本で。
一緒にいた期間は、たった、1年半だった。
ふと、凌空のいる後方を見やる。
そこには、あのソファがあって。
作品は3本だが、絡んだのは4回であったと気づく。
練習だと言って、カメラのない空間で、たったふたりで、絡み合った。
その後の作品がリアルであったのは、まさに、リアルな絡みの後だったからだろうか。
別の作品に、手を伸ばす。
そこに映る櫂も、自分の絡みと同じように、緩急のある優しさと激しさのある絡みで、流石だと感じた。
『凌空くん、くすぐったいって!』
『弦くんお兄ちゃんみたい。お兄ちゃん好き』
『可愛いなぁ~聖也』
かける言葉にも、その世界に入り込んで、相手に想いを伝えていることは、画面越しにも伝わってきた。
それでも感じる違和感。
もう1度、自分との作品に戻る。
初めての作品での、櫂の言葉。
『朔のそういうとこ好き』
そして、ラスト作品の、櫂の言葉。
『朔が、好きやから』
いつか、言っていた。
昔、転々としていて。
大阪が長くて、でも、受け入れられようと必死で隠した関西弁。
他の人との絡みと、自分の絡みの違い。
櫂の、言葉の変化。
気づかなかった。
事務所に寝泊りして、たくさん話して、そして笑って、その中に櫂の言葉に変化があるなんて、考えてもみなかった。
櫂の心はわからない。
でも少なくとも櫂は、拒否されるという恐怖感なく、接してくれていたのではないか。心許せる存在には、なれていたのではないか。
「じゃぁなんで……」
何も言ってくれなかったのか。
パソコンの前で、グッと拳を握った。
「なんで……」
聞いてやれなかったのか。
あの日、櫂はなぜ、一緒に帰ろうと誘ったのか。
あの日、櫂はなぜ、何も言わなかったのか。
いや、櫂は言った。
「朔、怒っとる?」
あれは拒否されることを恐れる櫂の、精一杯の言葉だったのではないか。
自分はなんと言ったか。
あの時自分は、何を考え、どんな態度をとったか。
「言えなかったんだろ……俺のせいじゃねぇか……」
朔良はパソコンを前に、肩を、震わせた。
「おい、大丈夫か? 朔良?」
異変に気付いたスタッフが、声をかける。
その声に、反応することすらできなかった。
イヤホンに流れ続ける櫂の笑い声が、朔良の心を震わせた。
どんな気持ちで、過去の話をしてくれたのか。
今、櫂が自分にどんな感情を抱いているのか。
今、櫂の隣には、誰がいるのか。
考えれば、キリがなかった。
それでも、今、素直に心から思う。
「おい、朔良? 大丈夫?」
肩に感じる手。
凌空の、声。
「凌空くん……俺……俺……」
凌空の腕にしがみつく。
子どものように、泣きじゃくりながら。
俺、櫂に会いたい
泣き声にほとんど混じり合いながら。
朔良は凌空の耳元に、そう言った。
凌空はただ、ひたすら頷いて、そして強く、朔良を抱きしめた。
「櫂な、美容師になるんだって。お前と出会ってそう思えたって言ってたらしいよ」
涙が枯れて、ぐずぐずと鼻のすする音だけが響き始めた頃、凌空が言った。
「俺が絶対探したるから」
そしてKANが強く、そう言った。
しかし櫂は、見つからなかった。
櫂は、いつの間にか連絡先を変えていて。
そして都内に美容室は、腐るほどあった。
例えば美容室に電話をかけたとして、スタッフの個人情報を教えてくれるはずもなく。
できることといえば、ひたすら美容室を訪ね歩くこと、それだけだった。
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