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第六章 初デートと夏休み旅行
35.夏祭り
翌日の朝が訪れた。
昨夜江南の配信を見たせいか、腕から触手を生やした江南に搦め捕られて襲われる悪夢を見てしまった。
彼女には色々と言ってやりたい事があるし、夏休みが明けたら、その事を含めて責任を問い詰めてやる。
江南に関してはとりあえずそういう事で置いておく。
それより喫緊の問題として、今日の夕方からは、観光協会が主催する夏祭りがある。
色んな屋台が立ち並び、多くの祭り客で賑わい、フィナーレには海上で約三千発にも及ぶ花火が打ち上げられるとの事だ。
ここでミッションを達成するために、ある程度の目に見える成果を上げておきたい。
じゃないと、後からの振り返りミーティングで怜愛に叱責されてしまう事になるからな。
気合を入れた俺は、昨日買ってきておいた食材を使って、皆に朝食として、ハムエッグトースト、ミネストローネ、サラダ、ヨーグルトを振る舞った。
皆喜んで食べてくれていたので、掴みは上々と言えるだろう。
朝食を摂った後は、昨日と同じように海で遊び、昼食は海の家で食べた。
そして、午後の海遊びは早めに切り上げて、皆で駅前にある店に浴衣をレンタルしにいった。
§
「すごーい! 人多いねー! 大きなお祭りだー!」
「姫ははしゃぎ過ぎて迷子にならないように気を付けなさいよ」
白鳥と涼葉がお決まりの姉妹のようなやり取りをする。涼葉が世話焼きの姉で、白鳥は甘えたがりの妹だな。
意中の人に告白された時の純朴な少女の頬にも似た綺麗な茜色に染まった空。
そこに、満月にゆっくりとした足取りで向かう少し欠けた夕べの月が、陰ながら見守るみたいにして優しげに灯りながら浮かんでいる。
──どん、どどん、どーん! かっこん、かっこん、てんてこ、ぽんぽこ、どんひゃらら。
その下では、多くの祭り客で賑わいを見せる中、どこからか小気味よく和太鼓を鳴らす音が耳に届いてくる。
通りには、焼きそばやたこ焼き、金魚すくいに射的等の定番の屋台が立ち並ぶ。
中には、ワニ串や肉巻きおにぎり、レインボー綿あめ等の変わり種もあるみたいだ。
ちなみに、女子メンバー達の浴衣を褒めるという任務。
それは、いざその場面に直面すると、上手く言葉が喉から出てこず、まっとうする事は出来なかった。
怜愛から向けられるジト目が、地味に胸に刺さって痛かったです。
「私、かき氷食べたーい! マンゴー味!」
「トロピカルだな。俺は先ずはいか焼きから攻めるぜ!」
「私はたこ焼きがいいわ」
「僕は焼きとおもろこしだね」
「私はワニ串に挑戦してみようかな。ヘルシーでコラーゲンも豊富っていうし、美容によさそう。獣性も得られそうだし」
白鳥、朝倉、涼葉、鳴宮、橘がそれぞれ目当ての食べ物を口にする。
女子は、白鳥が朝顔、涼葉が百合、橘が椿といった柄の浴衣に身を包んでいる。
男子は、朝倉が縦縞しじら、鳴宮が沙綾形、俺が紺の無地、最後に来栖が麻の葉柄だ。
「私は、ベビーカステラにするよ。祭りにくると、どうしてか食べたくなっちゃうんだよね。君は何にする?」
彼女に相応しい雪の結晶柄の浴衣に身を包んだ怜愛が聞いてきた。
「さっきの失態のペナルティとして、食事はお預けとか言われるかと思ってたよ」
何だか、拍子抜けした思いだ。罰がない分にはありがたいんだけどな。
「せっかくスルーしてあげようと思ってたのに、そんな事言われると、私のSっ気が表に出てきちゃうよ」
と嗜虐的に目を鋭く細める。
「悪い。今のは聞かなかった事にしてくれ」
慌てて詫びた。
「いいでしょう。この後の挽回に期待して今は気に留めないでおくよ。で、何が食べたいの?」
「そうだなぁ。じゃあフランクフルトにしようかな」
怜愛とそんな会話を交わし、皆で思い思いの屋台グルメを堪能した。
§
「なぁ、次はあれやらね? 見ろよ。何か豪華な景品が揃ってる」
朝倉が誘い掛けるのは、輪投げゲームだった。
屋台の通りを練り歩きながら、食欲に従い皆で色んな食べ物を口にし、腹もくちくなった後は、ゲームに興じる事になった。
だが、これまで、金魚すくいや射的、ヨーヨー釣りにボトルボーリング等をやったのだが、どれも芳しい成果は上げられていない。
この輪投げゲームで高得点を取り、皆にいいところを見せてやる。
そうした上で、怜愛のために、高得点者に贈られるとされるギフトカードや日帰り温泉チケット等を狙うとしよう。
「僕もやろうかな。緋本君もやるよね?」
と鳴宮。
「ああ。参加するよ」
「理人は⋯⋯あれ? 理人の姿が見えないね」
キョロキョロと辺りを見渡す。だが、来栖は近くにはいないようだ。
「理人ならさっき怜愛を連れてどこかにいったわよ。用件が終わったらスマホに連絡して合流するって言ってたわ」
「何か理人真剣な顔してたよー。昨日から余り元気もないみたいだったし、悩み事でもあるんじゃない?」
「⋯⋯理人君、怜愛に何の用があるんだろう⋯⋯もしかして⋯⋯」
涼葉、白鳥、橘が、それぞれ言う。
まずい事になった。
おそらく来栖は怜愛に告白するつもりでいるんだろう。
この旅行中、ずっと様子が可怪しかったのは、その事で悩み、タイミングを窺っていたからに違いない。
もし、そうだとしたら、怜愛はその告白を断る方便として、前に言っていたように、実は俺と付き合っていると伝えるはずだ。
──最悪だ⋯⋯。
これから、俺にBSSされたと誤解した来栖に、今まで以上の妬みや嫉みを向けられる事に⋯⋯。
ともすれば、強い憎しみと言えるような負の感情まで──という事も十分に考えられる。
──これは避けようのない危機なのか⋯⋯⋯?
「そうなのかい? じゃあ僕達だけで遊ぼうか。女子の皆はどうする?」
「私は見てるわ。もし浴衣が崩れたら嫌だもの」
「私もー。後ろで応援してあげるよー」
「私も」
女子達で参加する者はいないため、男三人でやる事になった。
決められたラインを踏まないようにその後ろに立ち、片手で輪を投げ的に入れるという基本的なルール。
景品は、的のポールに入った数や点数で決まるらしい。
「よし! じゃあ俺からいくぜ! 豪華景品をゲットしてやる! 俺の華麗な投擲を見てろよ!」
気炎を上げる朝倉が、トップバッターとしてラインの後ろに立った。
「とう! ⋯⋯やあっ! ⋯⋯ ほっ!」
間隔を置いて投げられた三本の輪は、一本は六点のポールに入ったが、それ以外の二本は、ポールに弾かれたり、枠外に飛んでいったりした。
「あははっ! 大翔どんまーい」
「まぁそんなところでしょうね」
「くそっ! 結構ムズいな!」
白鳥にお情けの励ましを受け、涼葉に素っ気なく評された朝倉が膝を拳で叩いて悔しがる。
けれど、屋台のおじさんから景品として恐竜のフィギュアをもらって案外喜んでいたから、結果としてはまずまずだろう。
「次は僕だね」
続けて、鳴宮が前に出る。
狙いを定め、しなやかな動きで放たれた輪は、見事三本ともポールに入った。
点数は、合計で二十一点とかなりの高得点だ。
「湊すごーい!」
「やるじゃない。不甲斐ない大翔とは大違いね」
二人に称賛され、鳴宮が澄まし顔のままクールに片手を挙げて応える。
気障ったらしい所作だけど、悔しい事に絵になっているな。
贈られる景品は、高得点者用の図書カードだった。
俺が代わりにもらいたいくらいだ。
ついに俺の番となり、三本の輪を持ってラインの後ろに立った。
ルーティンの目蓋を閉じての深呼吸をして、気持ちを落ち着かせると、再び目を開き、三本とも九点の的を狙って輪を投げた。
手から放たれた輪は、放物線を描き──。
§
「はい。じゃあ、残念賞のお菓子詰め合わせね」
しょんぼりと肩を落としながら、屋台のおじさんから景品を受け取った。
俺が投げた輪は、三本ともポールには掠りもせずに、枠外に落ちてしまっていた。
高得点を取ろうと、一番遠い角隅にある九点のポールを狙った事が敗因だろう。
欲張り過ぎては何も得られないという教訓だろうか。
バスケのフリースローのように上手くはいかないものだ。ぐすん。
などと悔いていると、信玄袋に入れていたスマホが通知のバイブ音を鳴らした。
取り出して画面を見ると、Rainで怜愛から一言だけ、『助けて』とメッセージがきていた。
──怜愛⋯⋯!
俺は他の皆には何も告げる事はせず、人混みを縫って走った。
背後の涼葉から掛けられた、「蒼介、どこにいくの!?」という声を無視しつつ。
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