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第八章 青黎祭と文学市場
45.演劇の練習
しおりを挟む放課後の教室では、机を脇にどけ、前の方で演劇の練習が、後ろの方で舞台セットの制作が行われている。
舞台監督と演出を兼任する事になった、内巻きワンカールがフェミニンな女子桐谷。
彼女が演劇の練習を取り仕切り、メガホンを片手にああだこうだとキャスト達に指導の熱弁を振るっている。
彼女は、映画研究会という、それまでその存在さえ知らなかった会の部長を務めているらしい。
その部員数は、たったの三名。今年中にも廃部にされそうな気がする。
演劇では、今嫉妬に狂った女が、白雪を排除しようと動き出すシーンに差し掛かったところのようだ。
だが、その役を演じているギャル風女子の新居は、普段の緩さを引っ込めて、上手く狂気に歪む様を表現しているように思える。
──ああいう役も熟せるなんて、意外と器用なんだな。
そんな風に、演劇の練習に時折り目をやりつつ、俺はせっせと舞台セットの冷凍睡眠装置を制作していた。
物語における重要な意味を持つ機械装置だ。これが余りにもチープな造りだと、観客も白けてしまうだろう。
俺の手先の器用さとデザイン力が問われるところだな。
その最中、同じように舞台セットを手掛けているクラスメイトの何人かに、「小説読んだよ」等と話し掛けられた。
中には、次の更新を楽しみにしているとまで言ってくれた生徒もいて、かなり励みになった。
Web上での応援ももちろん嬉しいのだが、やはりこうして生の声が聞けるというのは、感慨深いものがある。
そんな事があって、気を良くした俺が舞台セット制作にさらに熱を入れて取り組んでいると、教室に、樫井会長が入ってきた。
後ろにもう一人二年生の男子がついているが、聞こえてくる話を聞いた限り、彼はどうやら文化祭実行委員長を務めているらしい。
文化祭の実行委員で広報部を担当しているお団子ヘアの田辺に、ポスター制作の進捗状況を聞きにきたとの事だ。
林間学校でも実行をやっていた田辺。
彼女はこういうイベントごとになると、お団子ヘアの印象そのままにアクティブになる。
それと、彼女は、先日開かれた文化祭実行委員会の会議において、抽選の結果、体育館で演劇を行う権利をゲットしてきた強運の持ち主でもあるのだ。
その彼女によると、俺達の演劇『凍れる美少女と一枚の絵』の舞台は、二日目の午後に開演される事になったらしい。
その田辺との会話を終えた樫井会長が、俺の姿を見て、傍に寄ってきた。
「久しぶりだね、緋本君。定期考査がないと、どうしても疎遠になっちゃうね」
相変わらず、向けてくるその柔和な笑みと優しげな眼差しは癒しの女神のようだ。
「ご無沙汰です。樫井会長は多忙なんですから、仕方ないですよ」
「でも私、貴方の新作ラブコメを読んで、すぐにでも感想を伝えたくてヤキモキしてたんだよ」
「あぁ、その話なら、怜愛を通じて聞きました。読んでくれてありがとうございます」
「どういたしまして。それで感想なんだけどね。今回はいつもの純愛物とはちょっと毛色が違うじゃない? だから最初の内は戸惑いもしたんだけど、読み進めていく中で、それもいつしか消えちゃってね。後は主人公の成長ストーリーを、温かい目で見守りながら、時間を忘れて楽しませてもらったよ。主人公とヒロインのモデルが、緋本君と怜愛ちゃんっていう身近な二人だったから、感情移入し易いっていうのもあったかもね」
「痛いとは思いませんでしたか? 自分をモデルにした主人公なんて」
バツが悪い思いがして、無意識に頭を掻いていた。
「ううん。私はあの主人公大好きだよ。ちょっと考え方は暗くて厭世的なところがあるけれど、それを補うくらいの優しさと誠実さを持っていて」
「凄く面映ゆいですね。けど、嬉しいです。読者に受け入れてもらい易いように、モデルよりもソフトな人格にしようって、あれこれと悩みましたから。怜愛がモデルのヒロインは、ほぼほぼ彼女そのままですけどね」
「確かに、ヒロインはそんな感じだね。でも、主人公の方も、緋本君にかなり近いものがあると思いよ。もしあの小説が舞台化されたとしたら、主人公は緋本君で、ヒロイン役は怜愛ちゃんで決まりかな。そうなったら、怜愛ちゃん凄く生き生きと演じるだろうなぁ」
樫井会長は、照れる俺を、微笑ましそうに見てから、教室の前の方で演劇の練習をしている怜愛の方に視線を預けた。
今はまさに、ヒロインの白雪が主人公の青葉と、雪の降る小さな公園で、キスを交わそうと見つめ合っているシーン──現代編のクライマックスを演じているところだ。
「⋯⋯でも、怜愛ちゃん、この演劇では、何だか凄く嫌そうに演じてるみたい」
眉端を垂らす彼女の口から、ポツリとそんな感想が零れ落ちた。
俺はその言葉に黙したまま、頷きを返す。
嫌っている男と、演技とはいえ愛を確かめ合わなければいけない苦難に見舞われている怜愛を、心の中で憐れみ、彼女の心の安寧を祈る事しか出来なかった。
§
俺が、UNISON SQUARE GARDENが奏でる『シュガーソングとビターステップ』のキャッチーなメロディとポップで軽快なリズムに乗せて身体を揺らしながら、キッチンでビーフシチューを作っている時に、怜愛からRainの通知があった。
調理の方は、後は一時間程余熱調理する段階なので、火を止めて、しっかりと蓋を閉め、そのままの状態で放置しておく。
定型化している、ゆるぺんくんによる挨拶に文屋紡希のスタンプで返し、雑談に移る。
ブルー『今日は災難だったな』
ねーじゅ『⋯⋯その件については、黙秘を貫かさせてもらいます』
ブルー『口に出すのも憚られる感じか』
ねーじゅ『今日で終わりなら未だいいけど、文化祭が終わるまで続く事だからね。いちいち愚痴っててもしょうがないよ。私は、舞台が成功するように、演技の向上に邁進するだけ』
ブルー『殊勝な心掛けだな。そのストイックさは見習いたいところだ』
ねーじゅ『君も、第七ミッションの遂行と併せて、連載の方も頑張ってね』
ブルー『ああ。日増しに評価も高まってきているから、モチベーションも上がってるよ』
ねーじゅ『今、林間学校編に入ったところだよね。主人公君のナイト振りがどう描かれるか、楽しみにしてるよ』
ブルー『展開が大きく動くイベントだからな。ここで興味を惹く事が出来れば、新規の読者も増える筈だ』
ねーじゅ『君の作品は、評価は高まっているとはいっても、未だ話題の人気作の陰で埋もれている状態とも言えるからね。けれど、ちゃんと読んでもらえれば、皆いい作品だって気付いてくれるよ』
ブルー『そうなるといいな。ところで、埋もれた作品っていえば、明日、文学市場っていう、同人小説なんかを頒布する大きな展示即売会があるんだけど、知ってるか?』
ねーじゅ『うん。ビッグサイトのホールの一つを使って開催されるんだよね?』
ブルー『そう。俺はそれに去年参加したんだけど、アマチュアでも、一冊の本にして頒布しているだけあって、中々の力作揃いだったよ。中にはプロでも参加している人もいるけれど、俺はあのイベントでは、アマチュアを中心に見て回った。だから、今年も参加して、未だ広くは知られていない原石を探しにいこうかと思ってるんだけど、君も一緒にいかないか?』
ねーじゅ『あー、ごめん。今は、空いている時間は、『変調愛テロル』三巻の執筆に使う事にしてるんだ。来月の締め切りに間に合うか微妙な感じでね』
ブルー『そうか。作品を楽しみに待つファンとして、作者に無理をさせる訳にはいかないからな。残念だけど、明日の文学市場には俺一人でいってくるよ』
ねーじゅ『悪いね。何か光る作品を見つけたら、私にも教えて。君が言ったように、アマチュアといっても侮れない作家は少なからずいるからね』
ブルー『ああ。全ブースを回って逸材を発掘してくるよ』
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