ひょんなことから悪役令嬢を●してしまいました! 〜処刑エンド回避のため、私は彼女を演じます〜

甘酢あんかけ

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14話 夜の支配者②

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 予想外の出来事が続きすぎて、私はようやく喉の渇きを自覚した。
 ベッドを抜け出し、サイドテーブルの水差しからグラスになみなみと水を注ぐ。音も気にせず、一気に飲み干した。

 ——まるで、品位とは無縁の行動だ。

 でも、今さら気にする余裕なんてなかった。
 私は、ミアがしてきたことを肯定できない。
 屋敷の主人の娘という立場を利用し、下僕である彼に拒否権のない関係を強いていたのだ。
 卑劣で、身勝手で、節操がない。
 ……悪役そのものじゃない。

(ああ、そうだった)

 苦笑がこみ上げる。
 ミアは“悪役令嬢”だったのだ。
 つくづく、ミアと私は違う。
 育ちも、価値観も、人との距離の取り方も。
 ミアは欲しいものを力で奪い、気に入らなくなれば切り捨てる。
 本来、しかるべき立場の相手がいようとも——その存在をまるで無視するように。

 この世界が「ゲーム」だった頃、彼女は主人公のヒロインに執着し、嫉妬し、集団で追い詰め、最後には毒にまで手を伸ばした。
 自分の幸福のためなら、他人の人生など顧みない。

(……私には、無理だな)

 どれだけ外見が似ていても、私は悪役にはなれない。
 根が真面目で、駆け引きが苦手で、遠回しな物言いもできない。
 それで損をしてきた人生だったけれど——それでも、人が嫌いにはなれなかった。
 人と、ちゃんと関わって生きたかった。
 私は、深く息を吐いた。

「……自分の部屋に戻って。もう夜、ここへ来なくていい」

 はっきりと、けれど命令にならないよう、言葉を選んだ。

「それも……私の役目だったはずですが。私のことが、お嫌いになられましたか?」

 ヴィクトルは、私に捨てられるのではないかと少し怯えたような顔をした。
 それも無理はない。使用人にとって、主の機嫌は生死に直結する。

「言ったでしょう。私はミアに似ているだけ。ミアじゃないの」

「無理に夜伽みたいなことをさせたりしない。あなたを切り捨てる気もないわ」

 彼は、じっと私の顔を見つめた。
 感情の読めない瞳。信じたいが、信じきれない——そんな揺れが滲んでいる。

「……本当に、ミア様ではないのですか?」

「ええ。本物じゃないわ。屋敷まで来てしまって、ごめんなさい。でも、私にも行き場がなかったの」

 嘘ではない。
 その言葉を口にした途端、胸の奥が締めつけられた。

「……よかった」

「え?」

 彼が、ぽつりと呟いた。
 新緑の風のように涼やかな声。
 抑え続けてきた感情が、ほんの一瞬、隙間から漏れ出たようだった。

「よかった……。ミアお嬢様が、いなくなって」

 不穏な言葉とともに、彼は苦く笑う。
 次の瞬間、ヴィクトルはベッドから身を起こし、獣のような速さで距離を詰めてきた。
 吐息が触れるほど近い。

「……じゃあ、ミア様はどこへ行った? それから——あんたは、誰だ」

 声音が変わった。
 優しさを削ぎ落とし、長年押し殺してきた本性が、鋭く剥き出しになる。

(これが……本当の彼)

 彼は私の首元へ鼻先を寄せ、微かに匂いを探る。
 逃げ場はない。

「嘘は通じない。俺には分かる。だから、真実を言え」

 喉が鳴った。
 嘘をつけば、見抜かれる——本能で理解していた。
 私は、覚悟を決めた。

「……私の名前は、羽根(はね)うぐみ」
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