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3 克実の話 前半
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姉と晋也さんが亡くなったのは、新婚旅行に向かう途中の車の事故だった。
お土産を楽しみにしているねと結婚式で親戚たちから声をかけられていたお祝いムードが一転して、昨日はあんなに幸せそうだったのにとみなが眉を落とした。お通夜だなんだせわしなくなり、法要まで済ませて、その食事の席で義兄の両親が俺に頭を下げた。
「克実くん、きみのお姉さんの命を奪った車を運転していたのは、紛れもなくうちの息子なのだから、私たちはきみに謝罪しなければならない」
結婚式の晴れやかな顔をしていた二人と、別人だと言われたらそうかも知れないと思うくらいに、晋也さんの両親は急激にやつれていた。一人息子を亡くした喪失感は俺にはわからない。
確かに、親ももうなく俺と姉は二人きりの血の繋がった家族だったが、結婚式を終えて俺はホッとしていたし、どこか遠いところで起こった他人事のように感じていた。
姉と晋也さんの遺体の状態が悪かったため、俺は見ることは叶わなかった。確認は晋也さんのお父さんが一人でした。だからだろうか、もしかしたらまだ死の実感が湧いていないのかもしれない。本当は、姉がどこかで生きているのかも、と俺は思っていたのかもしれない。
晋也さんの両親に、「俺の方こそ」と謝罪の言葉を口にしかけたら拒否された。晋也さんの両親の俺に対する罪悪感も、俺からしたらどこか遠い話だった。
「その上でなんだが、うちに養子に来てくれないか」
晋也さんの両親はそう続けた。
「いや、それは……」
俺はすっかり困ってしまった。
ひとりっ子の晋也さんを亡くした今、俺をかわりにして孫を見たいという晋也さんの両親の思惑──と言ったら失礼だが──が透けていたからだ。
晋也さんの愛した姉の、弟。
俺のポジションはそれだけなのに。
俺にはあなたたちの孫を見せることはできない。
やんわり断りの台詞を何回かくり返し、話が通じていないのがわかって、俺は困惑した。
晋也さんの両親も、晋也さんのまさかの死に動揺しているに違いなかった。
そのままの流れで、「今日は泊まっていって?」と言われ、有無を言わさず泊まることが決まった。
広い家だったので、何室かある客間に、親戚の一部も泊まると知ってホッとした。
俺が案内されたのは二階の階段を上がって一番奥の一室だった。
入って見る前からわかった。
ここはおそらく実家に住んでいた時の晋也さんの部屋だったところだ。
晋也さんの両親は「自分の家だと思ってくつろいでね」と言って、俺を残して行ってしまった。
俺はひとりになって、部屋を眺めた。
畳敷きの部屋の隅にはベッドがあり、小さな本棚には人の名前がたくさん書いてある。よく見ると伝記が多かった。
部屋の隅のスタンドミラーには、喪服を着ているんだか着られているんだかわからない似合っていない自分の姿が映る。大学に入って美容師に言われるままに明るくして少しパーマをかけた髪は、カチッとしている喪服と合っていなくて笑えた。鏡からこちらを見返す目は「お前が悪い」というように鋭い目で俺を責めていた。
それなのに、俺は姉と晋也さんの死に食欲がなくなったということもなく、御膳もぺろりと平らげ、何なら周りから「お前は若いんだからどんどん食え」と色々押しつけられて、喪服の腹は少しきついくらいだ。
ベルトをゆるめてズボンを脱いで、持っていた普段着に着替える。喪服をハンガーに吊るす時、姉と喪服を作った時のことを思い出した。
『ね、だから少しゆるめに作っておきなさいって言ったでしょ、かっちゃん』
思い出の中の姉はそう笑っていた。
姉はきれいな人だった。いわゆる美人ではないが、心も見た目も清らかといった雰囲気の人だった。
少し、前に出るのが苦手な部分もあったが、それは姉の雰囲気を壊すことなく、それがいいのだと男性を虜にした。だが姉は両親がいない中、俺を育てるのに精一杯で、変な男に引っかかることなく、俺が特別奨学生で高校に入ったと同時に、真面目で気のよさそうな男を連れてきて、結婚すると言い出したのだ。
「初めまして。僕は阿津森晋也と言います」
初めて会った時の晋也さんは、緊張した様子だったが、俺の方を見てへにゃっと笑って手を差し出してきた。
「高校に奨学生で入るなんてえらいよ。僕なんか親のすねかじりで大学まで出て、何となく就職したから、目標持って何かするなんて本当に尊敬しちゃうな」
その言葉は付き合っている姉の弟だからお世辞で言ったものではなく、本心で言ったのだとわかるような口調で、それだけで高校一年生だった俺はすっかりこの兄となる人に懐いてしまったのだった。
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