江戸時代信用詐欺~吉原の抱けない太夫~

四宮 あか

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三流一流と出会う

第七話 目が合う持っていかれる

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 総司はじろじろと値踏みされているのがわかった。
 それと同時に、男だとばれたらどう思われるかという羞恥心が襲ってきていた。
 それでも、自分から話す話題が思いつきもしない総司は気まずい空気を感じ取っていたが、無視を貫いていた。


 しかし、その我慢比べは唐突に終わったのだ。
 突如として顎を掴まれ無理やり目を合わされたのだ。


 男に予期せぬタイミングで触れられ、目があったことで上等ななめらかな襦袢の下で一気に鳥肌が立った。
 思わず反射的に手を払いのけて距離を取ってしまった。
 しまったというときにはすでに遅く、総司はその場に任せ思い切り手をはたいてしまったのだ。


 くも爺のほうに困り果て視線をやると、あちゃーと言わんばかりに手を目に当てて天を仰いだしぐさにやらかしたことを理解した。
 

 どうする、どうすればいい。
 愛想よく、愛想よくすれば今からでも挽回可能か?
 取り返しのつかない失敗に慌てているところで襖が開かれた。

「おや?」
 それは、総司をここに置き去りにした張本人座頭だった。
 すでに何かをやった後だと悟っただろう座頭に、俺は助けを求めすがるように見やった。


 しかし、座頭といえば、おやおやなどと言いながらここまでやってくると。
「どうも、お初にお目にかかります。座頭です」とのんきに自己紹介をしたのだった。


「君がこの子をみつけてきたのか?」
「えぇ、この様子ならあなたならの価値がわかったのでは?」
 価値? 総司の頭の中に、こんな風に無礼に振舞った俺にどんな価値があるのかと頭をひねった。


「……男嫌いか?」
「流石このような大店の亭主をされているだけありますね。その通りです」
「あの、なんで男嫌いだと価値が?」
 くも爺が二人に問いかける。

「金を持っている男に寄ってくる愛想のいいのは山のようにいる。金持ちは愛想のいい女に慣れてる」
 之綱がくも爺にそういった。
 さらに座頭が話を続けた。
「この子は男嫌いゆえに男にこびません。そして男に媚びなくても許される容姿を持っている稀有な存在。だから価値があるのです」
「と言えども、器量だけよくてもこの世界では使いものにはならない」
 そういう座頭に之綱はきっぱりとまだこれだけでは使えないといいきる。


「読み書き計算はもちろんのこと、茶、碁、楽器、和歌。いろいろたしなんでおります。おまけにこの容姿。彼女は身体を売らなくとも芸が売れるのです」
「それができれば、こんなところに普通はおちてこない」


「そうですね。普通は落ちてこないでしょう。でも男に身体を売らせないという約束をすれば、目玉商品としておいて置けるというわけです。どうせ太夫を抱ける客などほんの一部……では?」
「だがな、大夫は客を選ぶ。万が一容姿のいい歌舞伎役者とでも恋に落ちてみろ。他の客は絶対に取らなくなる。あちらに抱かせて、こちらは抱かせないなど高い金を払って許されることではない。そうなったやつが過去にいたが、自身の借金が膨れようが、いつかそれも含めた見受け金を払うと夢をみてこちらの話を聞かない。そうなったら最後……落ちるところまでいずれ落ちる」



「その辺は絶対に大丈夫です」
「何にそんな自信が……」
「恋愛の対象が男ではなく女だからですよ」
 それ言ってしまっていいのか!? と総司は驚愕した。驚いたように之綱が総司を見つめるので、総司はそれにコクリと頷いてみせた。
「少年ばかり愛す人が形ばかりの妻をとるように、その逆もあるわけです。だからどんな美丈夫にもこの子は惚れることはない。だって恋愛対象は男ではないのだから……男がその柔肌に触れればたちまちサブいぼが立つ。遊女としては欠点ですが……抱かせないお飾り太夫にはそれが強みになる」
「誰にも惚れない飛び切りのいい女を、いったい誰が惚れさせることができるのか……これは競うやつが出てくるぞ」
 之綱は慌ただしく頭を回転させる。
「そして、期限を設けましょう」
「期限?」
「どこまでも引っ張るわけにはいかないではないでしょう? 後だしをすると評判にかかわりますから。とある方にすでに身請けされることが決まっているけれど、太夫としての実績がないと価値がないとかでしょうか」


 ばかげている話だった。
 ばかげている話なのに、それが目の前で淡々と決まっていくのを総司はただ見つめていた。
 そして、必死に覚えさせられた手習いの数々を披露させられ、之綱はなんとこのばかげたことに承諾したのだ。


「うちには、店に客を呼ぶための目玉がどうしても必要だ」



 総司はこの店のお飾り太夫となること。
 他の太夫と違い店に借金があるわけではないので、借金の返済はないが。場を借りるということで売り上げの取り分を店と座頭とで半分にするという、信じられないような内容で話はまとまっていったのだ。
 さらに身の回りの物をここでの価格でそろえていたらわりに合わないとのことで、必要なものはこの子のものはこちらで準備すること。
 世話をする禿にあたる人物に、この子が惚れると困るから、付き人はこちらで準備すると決まってしまったのだ。
 そして、恋愛対象が男ではなく女であることから、他の妓女とは極力会わないようにしてほしいと決まったのだ。




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