江戸時代信用詐欺~吉原の抱けない太夫~

四宮 あか

文字の大きさ
6 / 12
三流一流と出会う

第六話 うまい話

しおりを挟む
 吉原の大門をぬけて中野町通りを進むと、最初に出くわす最初の通りが江戸通りと呼ばれ人気の店が並ぶ。
 そんな江戸通り一丁目の端にあるのが、『三日月楼』だった。
 店は江戸通りにある店の中でも大きく、その分抱える女郎が豊富だ。
 しかし、三日月楼はここ数年大きな売り上げも出せていなければ、話題に上ることが減っていると感じていた。
 理由は簡単だ。
 店の顔になる太夫がいないからだ。

 とはいえ、他の小さな店とは違い。三日月楼には太夫はいるにはいる。
 最高位に付けるような太夫がいないというだけだが、店の顔がいない影響がもたらすものはあまりにも大きい。
 太夫は誰でもなれるわけではない、見た目だけでは何度も足しげくなど大金を落とす客は通ってくれない。
 太夫との時間に、顔がいいだけの女郎と違い。通い大金を落とす価値のある人物に育て上げないと、大金を落としたりなどしないからだ。


 それでも、太夫の中でも一番位の高い呼び出しですら、最後は男に身体を許すというのに……
 三日月楼の亭主、之綱ゆきつなは、話しを受けておきながらそんな馬鹿な話に銭を落とす男は本当にいるのかと疑問に思っていた。



 そんな時、長いこと店にかかわってくれた口番。ようは客の履物をしまうものが倒れ。
 やってきた新しい口番は手足が蜘蛛のように長く、禿げた頭にメガネをぎょろりとかけた、ちょっとぎょっとする容姿の雲野という男だった。
「手足が蜘蛛のように長いんで、皆蜘蛛爺と読みます」と名乗った男は、ちょっとした料亭で働いていたこともあり。
 大店であり、それなりに人の出入りがある三日月楼でも履物を間違えることなく捌いてくれ、さらに自分は年でいつやめることになるかわからないからと、下の育成まで始めるような見た目とは違いできた男だった。


 そいつが、店に来て半年ほどしたときに、客の見送りを終えた後つぶやいたのだ。
「これはまずいかもしれませんな……」と。
 店は大店だけあり、それなりに女郎がいて人の出入りはにぎわっていた。
 ただ、銭を沢山引っ張れる女郎が足りないことを履物から見抜いたのだ。
 こんなことを言ってくる雇われは珍しかった。


 と言っても、話半分で聞くだけで相手にしないのが常だったのだが。
 隣に並ぶ大店に、とうとう現れてしまったのだ。
 店の顔に呼ぶにふさわしい。二十年に1度現れるかどうかの逸材が。
 

 付け回しと違い、呼び出しと呼ばれる太夫の最高位なんか、店の中にいても、運よくすれ違い見れるはずもないが、見れるかもしれない店に客が流れるのに時間はかからなかった。



 どうしたらいいのか、悩む中。周りは見えていなかったのだ。これがどれほど危ぶまれることかが……
 店を乗っ取られる心配のない人材で周りを固めていたことがあだとなったと気づいたときには遅かったのだ。
 それでも、今からでも素質のある禿を育ててと思うのだが、なにせ店に入る銭が違う。
 めぼしい娘を三日月楼ではもう競り落とせないと気が付いたときは、店が終わることすらよぎった。
 あたらしく競り落とした女郎をみて、くも爺がいったのだ。
「目玉が必要ですな」と。
「それが、手に入れば苦労はしない。そんな禿を手に入れる銭が圧倒的に足りないのだ」


 そんな時くも爺が囁いたのだ。
「商売事には、売るつもりのないものを、店頭に見本としておくことが多々あります」と。
「見本?」
「そうです。見本です。売るつもりがけしてないからこそ、店頭における目玉の品というやつです」
 くも爺はそういって笑った。


「なんだ、ならお前は。見せるだけで客には売らない大夫を置けというのか?」
「ここに流れ着く大半は、生活に困り売られる農村や漁村の娘たちです。ここでどういったことが行われるかも知らずに、一度入れば出てこれない門を、まるで物見雄山のようにあっさりとくぐるような者たちばかり。大夫になる資質がある教養を受けたような娘っ子はそうそういるはずはございません」
「武家から落ちる女は小さいころから寺子屋に通わされているからこそ、このようなところに売られることなく仕事を探せば見つかるゆえに、ほぼ来ることはない」
 くも爺が言いたいことはわかる、学ぶ経験がないものに仕込むことの難しさや、地頭の良さだ。

「ここが女を売るところだから来ないのです。では、女を売らなくてもいいとなれば?」
 ばかげた話だった。それこそ取らぬ狸のである……それでも、打開策も何もない中でてきた、話しに面白いと乗ってしまったのだ。



 くも爺が用意してみたと、突然言ってきたのだからその驚きとはない。
 とはいえ、この話には乗るつもりはない。
 そんな人材そう相違ない。
 ましてや、女を売らせないと言ったところで、男と女では力が違う。それを確実に保証という形にはできないのだから。

 ふすまが動き、総司はびくりと肩を震わせた。
 しかし、ボロを出せばどうなるかわからないゆえに、気持ちを引き締め俺は怯えてなどいないと見栄を張ることにしたのだ。
 だって、総司は女ではないからだ、元服を迎えてもおかしくない男が怯えたなどと思われたくなかった。


 背筋を伸ばし、すました顔をした。
 そして、こういう時のために夕凪姉から言われた心得を思い出し実践することにしたのだ。

 自信がない時は相手と目を合わせない。
 目を合わせると空気に飲まれるときがある。
 自分の気持ちが固まっていないときに、相手に合わせて目を合わせる必要はなく、いつ目を合わせるかは自分で決める。

 そしてそれを言い訳に、総司は気持ちが固まるまで目を合わせないことにした。
 襖の閉まる音がして人の気配はするものの、口は開かれない。

 それでも、こちらから愛想を下手に振りまき、その後取り繕うことは困難だと思い。
 この女郎はこういう性格、こういう性格なのだと、こちらから下手にでることはなく、相手の出方をうかがうことにしたのだ。


 これに驚いたのが、之綱だった。
 襖の先にいたのは、ようやく店に出れるようになったばかりほどの年齢の少女だったのだ。
 しかし、少女は目を合わせることもなければ、之綱に愛想を振りまくこともなかった。
 ツーンとすまして、その場に優雅に座っている。
 だから試したのだ、あえてすぐに話しかけず之綱は少女の前にどかりと腰を下ろしたのだ。


 そのとき、総司は思った。
『なんで、一言も話さないんだよ』と。そして、そっちがその気ならこっちから絶対話してたまるか。
 それに、こいつに気に入られなければ、ここからすぐに帰るように言われて終わるはずと。
 我慢比べの始まりだった。


 その様子をみて、くも爺はほくそ笑んだ。
 第一関門はクリアしたようじゃな。無言で気を引くとは、面白いと……


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...