江戸時代信用詐欺~吉原の抱けない太夫~

四宮 あか

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越後谷は出る杭を打ちたい

第十一話 まさかの

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 座頭の言いたいことがわからないほど、総司は子供ではないし、馬鹿でもない。
 だが、まめ福と店の名を聞いただけで、恐怖を抱くほど……総司の心の傷はでかかった。

 心を決めなければいけない、でもここから逃げ出してしまいたい。
 総司の瞳が不安げに揺れるのを座頭はジッと見ていた。

「なぁに、呉服屋どもが来るといってもアンタとは口も直接聞けないから大丈夫だよ」
 不安げな総司に夕凪はからからと笑いながらそういった。
禿かむろっと呼ばれる、まだ店には出せない。のちの店の売れっ子になるだろう子たちが普通は太夫の身の回りをするんだけれど。客ですらその子たちを通してでしか、最初は会話しないんだよ」
「じゃぁ、お……わっちは、その場にいればいいだけでありんすか? でも、顔がばれては」
「どうしても気になるなら、ついたての後ろにでもいればいいだろうさ」
「夕凪は甘やかすんですから~」

「あら~。物事をうまくやるためには飴も必要じゃないかい?」



――――



 吉原の老舗の一つ三日月楼には、提灯の灯りが灯る前。
 夕刻に江戸きっての呉服屋を取り仕切る主たちが続々と籠に乗り店の前に現れた。

「有名どころで働かれている方は、意外と顔がしれているものですからね。そんな人物が、三日月楼を出入りするように見せかけよう」とくも爺が提案すると、すぐにそれはいいと之綱が話しにのったため。
 店が始まる前の忙しい時間帯にも関わらず、豪華な面々が籠で現れ勢ぞろいした。


 いくら何でも、流石に江戸の御三家と呼ばれる呉服屋と飛ぶ鳥を落とす勢いで店がでかくなったまめ福。
 すべてが一堂に足を本当に運ぶとは之綱は思ってはいなかったが、なんと、本当に越後谷、白木屋、松坂屋、まめ福の面々が吉原遊郭が一つ『三日月楼』に籠を乗りつけ上等な羽織姿で現れたものだから、之綱は焦っていた。

 それも、てっきり店の中でもそれなりの地位があるだろう者が、店を代表して来ると思っていたのに、現れたのが、店の主たちばかりだったのだ。
 それも夕刻をしていしたらこちらの意図がまるでわかったのか、わざわざ籠にのって現れたのだから、店で遊ぶわけでもないのに粋である。



 それなりの地位の者がくるとは思っていたが、まさか主たちばかりが来るとは。之綱は三日月楼の二階へと案内し。
 それぞれの前に、軽い軽食と酒を準備するように指示をだした。


 通された部屋は普段は襖で部屋をくぎっているのだろうが、襖が取っ払われたせいで、ずいぶんと大規模な宴会を開くかのようであった。

「てっきり皆さんはお忙しいから。店の者を使いに出すと思ってました。このように4人が集まることなど珍しい。いやいや実に面白い」
 迷うことなく一番の上座の席にどかりと腰を落とすと、給仕がもってきた相応の値段がするであろう酒を、躊躇なく注ぎ口にしながらそういって、話しを切り出したのは。
 齢50をとっくに過ぎているにも関わらず、40、いや30半ばだと言われても信じてしまうかもしれない。ピーンと伸びた背筋と。
 整った顔立ちの男、それが越後谷の旦那だった。
 あぁ、面白いなどといって酒を口に運ぶが、その目は笑っていない。


「いやぁ聞いたところだと、忙しいから越後谷さんは店から使いを出すときいたんですがねぇ。急に忙しくなくなることが度々越後谷さんはありますからなぁ。私どもも気を付けませんとね。白木屋さん」
 この中で一番最年長の松坂屋の主はすでに65を超えていた。越後谷が上座に座ったことがいささか気に入らないようで眉を少ししかめたが、キツネのようにすぐにとりつくろうような目の細い笑顔に変わった。


「いや~ほんと。ほんと。材木屋上がりゆえに、こういう駆け引きはとーんとまだなれませんで、越後谷さんは本当にお上手ですからなぁ」
 白木屋の旦那は60近いにもかかわらず、材木屋で長いこと下積みをした体らは筋肉質で体格も大きく。呉服屋としては少々異質だが、豪快な身体とは反対に、自分を卑下しながらも商売人としてやり手なことは雰囲気からずいぶんと伝わる。


 そんな呉服屋御三家の様子を一歩引いてそれからそっと空いた席に座ったのが、店としても少しまだ御三家に劣るまめ福の旦那。
 天願だった。


 天願のもとに、浮世絵が持ってこられたものの、天願は心ここにあらずだった。
 それを叱責したのが、長いことまめ福で方向として働いている千草だった。
 女ゆえに、今は新しく入ってきた小僧たちの教育をするにとどめているが。女で40過ぎで店に残れるほど、商才があることを天願は知っていた。
 だからこそ、千草が「うちの店にまで配るくらいだから大店には軒並み配っているので絶対に顔を出したほうがいい」と言われ、渋々来たものの。
 集まった面々にごくりと天願は唾を飲み込んだ。

 呉服屋として成功を収めてきた天願であったが。御三家は別だった。
 蹴り落としたくとも蹴り落とせない相手がいる。それが今目の前で、天願など眼中に入れず話している三人である。



 この三人がこのように張り合っているのは初めて見た。よほどすごい相手なのだろうか。天願はようやくぼんやりと浮世絵を思い出そうとした。
 遊女は金になる。
 遊女が身にまとう上等な衣。身分が高いものになればなるほど同じものを毎回着ない。遊女には旦那が幾人もついて、気に入った女に衣を贈る。太夫ともなれば、送られる衣の質が違う。
 先ほどから御三家も狸のばかしあいのように、誰が遊女の着物を調達するかで牽制しあっている。

 くそ、分が悪い。
 天願は最近仕事に身が入っていなかったことを自覚していた。手元にある反物で勝負できるかとせわしなく久方ぶりに頭の中がせわしなく動く。
 これ見よがしに上座に建てられた、つい立。太夫ゆえにわれわれ客ではない者には面もろくに見せないのだろう。表情がわかれば、まだ勝負の使用もあるもののと天願が唇をかみしめたその時だ。

「失礼します」
 そういって、襖が左右に開かれた。


 淡い藤色の打掛、淡い色にも関わらず、畳の上をそっと這う少しだけ見える足が白きこと……
 さて、その面をと天願は顔を上げ固まった。

 おしろいなど塗らずとも白かろうにという肌にはみずみずしく張がある。
 小さく薄い唇に控えめに乗せられた朱色。
 目じりに入れられた鮮やかな朱色に、大きな瞳が冷ややかに部屋にいるものを一瞥する。
 足音を立てずに進めば、頭にさした藤の花をもしただろう真珠でできた簪の粒が揺れる。

「見事な……」
 そうつぶやいたのは誰かわからない。でも、思わず口からそうこぼれるのも仕方あるまいという美しさだった。
 しかし、天願は違うことで驚いていた。


――――総司!

 こ、こんなことあるか。こんなことが……
 太夫の視線は一瞥した時にだけ、後はまっすぐと前を見据え緩やかに歩いて行ってしまう。
 顔をもっとよく確認したい。線は女ゆえに細いがあの顔はまさしく瓜二つ。
 天願の願いはむなしく太夫はつい立の後ろへと姿を隠してしまう。


 ありえない、総司は男だ。
 そして、ここは吉原遊郭の大店が一つ三日月楼。
 あぁ、もっともっと顔が見たい。
 気持ちがはやった。御三家がざわめきあれやこれやと話す声すらも聞こえない。


 もう一目、もう一目……

 しかし、天願の願いはむなしく。
 襖をさっと閉じると、太夫と直接客でもないものが話せるわけはなく。明らかに禿ではないが、世話役の女が太夫の横へとつくべくつい立の後ろに消えた。


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