江戸時代信用詐欺~吉原の抱けない太夫~

四宮 あか

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越後谷は出る杭を打ちたい

第十話 一皮むけろ

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 之綱がバタバタと総司の部屋に飛び込んできたのは、あれからわずか3日後のことだった。
 店に出入りしていた芸子に扮装した夕凪から、女郎言葉やしぐさなど教えられているときに、突如として乱暴に襖が開かれたのだから、二人して何事かと視線を入り口へとやった。
 
「三日月楼の新しい太夫のことがどこからか漏れたようだ」
 慌てた之綱の手からひらりと質の悪い紙が幾重も舞い総司の目の前にもひらりと落ちた。
『三日月楼 藤宮太夫』の文字が添えられ書かれていたのは、浮世絵だった。

「あら、これは見事な」
 目の前に落ちた質の悪い紙に描かれたものを、夕凪は白く細い指で拾い上げるとそういった。
 総司もおそるおそる、夕凪が手にしているものを覗き込んだ。


 質が悪い紙ながらも、そこに描かれたのは細い線、白いうなじ。
 鮮やかな着物を身にまとい。
 後姿を向いた女がほんの少しだけ後ろを振り返ると、まだあどけなさが残る端正な顔が少しだけ見える。
 正面からの顔が実に気になる見事なできのものであった。



 夕凪は、しれっとした顔で。これは顔が見たい人が多く押し寄せるでしょうなどと言っているけれど。
 総司は驚いて、口がパクパクと動く。


 総司が女であれば、どこから情報が漏れたかわからないところだっただろうが。
 総司は男であり、本来はこんな女いない。
 この姿で会った人物など、本当に限られた人だけ。
 となると、このようなものを手配した人物など心当たりが一つしかない。


 金山で誰が一番儲けたかを話した座頭と目の前にある、実に顔が見たくなる見事な浮世絵……
「まだ、こちらは何の準備もできていないのに。呉服屋がこぞって太夫に面会したいと……」
「……わっちにでありんすか?」
 呉服屋と聞いて、総司は顔をこわばらせた。
「叱るんじゃない。太夫の衣装を融通するのは呉服屋だ。金を出すのは誰にしろ衣装を下すのは、上等な絹地を準備できるものだけ。取って食おうというわけではないから心配の必要はない」
「呉服屋……といますと?」
「越後谷、白木屋、大丸。後は少し格はおちるがまめ福。どれも江戸きっての大店だ。この浮世絵がどこから出回ったかはわからんが、太夫のお披露目前にこれだけの大店がこぞってぜひにと売り込んでくることはめったにあることではない。幸先がいいぞ」
 まめ福……二度と聞きたくない名に総司は思わず下唇をぎゅっと噛んだ。


「使い者の話しでは、この店のことなのにこちらがあずかり知らぬところでこの浮世絵が話題になっているそうでな。あの浮世絵の太夫におろしているのは家の店だという箔が欲しいらしい。なぁ、お前はいったいどこがいいと思う」
「わっちは……わっちは……」
 まめ福だけは嫌だ、まめ福だけは嫌だ……舐るような視線を思い出し、背筋がゾクリとした総司はそう断ろうとしたときだ。


「こんな機会めったにないから、競ってもらっては?」
 聞きやすい低い声が部屋に響いた。
「おぉ、座頭。ちょうどいいところに、競るとは?」
「商いではよくあることですよ。すべての店とあって、よりいい条件を出したところを選ぶと言ってやれば、呉服屋同士の見栄がありますから、おまけをいただけるやもしれません」
「おぉ、それは良い。これは、お前さんに選んでもらうために、鼈甲の簪の一つももらえるかもしれんぞ。こりゃ忙しくなる。順番は私が都合をつけよう。うちの店に、あれだけの大店が集うだなんていつぶりだろう……」
「ちょっ……まっ「ホホホホ」
 引き留めにかかった総司の口は夕凪によって抑え込まれた。





「全く今にもとびかかりそうな猫のようですね」
 キッと座頭を睨みつけると、座頭は楽しそうに笑いながらそういった。
 総司の口元を抑え込む夕凪の手がそっと離れて、大きな声を出すんじゃないよと耳に吐息と妙につやっぽい声がそう告げた。
「どういうことだ……こちらの事情を知らないわけじゃないだろ?」
「えぇ、もちろん。よくわかっているつもりですよ。あなたが殺したいほど邪魔なのでしょう?」
 久々に聞いたその名に体中の血が沸騰するかのような思いだった。
 太ももをなぶったざらついた手の感触、必死で逃げ出した先では、自身の信用している人から裏切られ。
 働こうにもも皆こぞって首を横に振った。


 その日暮らしの地獄。その元凶の男の名など二度と聞きたくなかった。
 思わず、感情に任せて、座頭を1発殴ってやろうと踏み込んだその時だ。
「はぁ、座頭。ほどほどにおし……かわいそうに」
 やれやれという口ぶりで、夕凪は今にもとびかかりそうな総司を簡単に抑え込んだ。
 手拭いを口に噛ませられ、手を後ろにひねり上げられ夕凪はさらっと総司の上に乗っかった。
 男女ではあるが、抑えるべき場所を知っているせいか、夕凪に抑え込まれると、総司は殴り掛からんばかりに上半身をあげようとするが、それ以上身体を起こすことができない。



「詐欺はばれれば死罪。そして、お前さんが真っ当な道に戻るためには、敵というものは自分で息の根を止める必要がある。お前ならわかってんだろどれほどあの男がお前に執着しているかを……」
 フーッフーッと総司の荒い息がこだまする。
「全く、商品に傷がついたり、商品の心が折れちまったらかけた時間も銭も無駄になる。落ち着きな。アンタもだよ、座頭」
 苛立った口調で夕凪が総司の身体を押さえつけながらそういった。


「これは、夕凪に久しぶりに怒られてしまいましたね」
 先ほどまでの荒い口調から一変、座頭はいつもの丁寧な口調に戻り、総司をじっと見つめ言葉を続けた。
「お前は三流以下のスリから、一流の詐欺師になったんですよ。勝負から逃げては機を逃します。機会はものにして二度とその面を見せれないようにしてやるんですよ。二度と怯えずに済むようにね」

「私らは狙う獲物がでかい分、皆で分担し徒党を組んでやるんだよ。失敗しちまっても、誰かがケツを拭く心配しなさんな」
 そういって、夕凪は手を緩めた。


 
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