騎士団長様、どうか勘弁してください~普通の侍女なのに、どうして騎士団に入団しないといけないんですかっ?! ~

中村まり

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その果実は私が摘んだんですけどね!~3

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「やあ、アリサって言ったけ」

フレッツ殿下はソファーに腰掛けながら、部屋に入ってきたばかりのアリサに視線を向けた。

「あ、は、はい! そうにございます」

さっきよりさらに近い距離で、殿下の姿を尊顔する。

淡い金髪の巻き毛に、抜けるように白い頬。まだあどけない顔をした殿下は、実に美しかった。

(て、天使だ、天使がここにいる!)

思わず脈拍が上がり、興奮のあまり鼻血とか出そうだ。

けれども、殿下に呼び出しされた理由がわからず、アリサは困惑した視線を殿下に向けてた。

「そう。よろしくね、アリサ」

一体、何がよろしくなのだろうか。

なんとなく、見透かしたような殿下の顔つきに、今一つ、合点がいかないでいると、別の従者が声をかけてきた。部外者はとっとと出ろということらしい。

「殿下、もうよろしいでしょうか?」

「うん、ありがとう」

何がどうなってる? 

今一つ、意味がわからないまま、追い出されるかのように部屋の外へと出されてしまった。

廊下の扉の前で、アリサはひたすら首をかしげる。

よろしくって? よろしくってなんだ?

そんな風に悩んでいると、ふとどこからか視線を感じる。

近衛兵だ。

胡散臭そうにこちらを眺める目つきは、早くどこかに行け、と。

なんとなく、腑に落ちないまま、アリサは自分の仕事場に戻ると、同僚の侍女から待ってましたとばかりに声がかかる。

「アリサ、遅いわよ。ほら、公爵令嬢様がお待ちよ」

そうだった。今日は、城に滞在中のご令嬢の侍女の、それまた侍女様のお世話があるのだった。

「ああ、そうだったわね。すぐに行くわ」

城の中で使える従者たちには、厳しい上下関係がある。

侍女と一口に言っても、王族に直接お仕えする最高ランクの侍女がいれば、上級侍女やそれに使える中級侍女、など侍女に使える侍女という、下級侍女というものもいる。

下級侍女の下は、調理人だったり、洗濯人だったりと、職種とランクも細かく分かれている。

今のアリサは侍女に使える侍女、どちらかというと下級侍女に近いランクだろうか。

そうして、次の持ち場に向かおうと、城の中庭を急ぎ足で通りかかった時のことだ。

中庭の端には木々が生い茂り生垣になっている所がある。その向こうは、騎士達の鍛錬場がある。

そこから時折、剣が打ち付け合うような音と、騎士立ちのかけ声なんかが聞こえてくる。若い騎士達が中で手合わせをしているのだろう。

鍛錬場と中庭と仕切る生垣添いにあるいていると、ふと自分を呼び止める声が聞こえた。

「アリサ」

反射的に振り返ると、そこにはアリサが大好きな顔があった。幼いころからずっと見つめていたアリサの大好きな人。

「ジェシーっ」

ふっと自分の目がキラキラと輝いていることにも気づかずに、アリサは急ぎ足で駆け寄っる。

「久しぶりだね。アリサ」

そう言って上品な微笑みをうかべているのは、アリサの幼馴染、ジェシー・ランダルだ。

アリサがいる子爵家の隣の領地に住んでいたジェシーも同じく子爵家。そして、実は、アリサの初恋の相手である。

「今、休憩中?」

アリサがにっこり微笑むと、ジェシーはまんざらでもない顔を浮かべる。城に騎士としてあがったジェシーはつい最近、少しだけ昇進したばかりなのだ。

「ああ、ほら、ひと階級昇進したろ? 新人を鍛えるのも俺の仕事になったから」

アリサより頭一つ高いジェシーは、茶色の髪に同じ色の瞳。
体はほんの少しいかつい程度で、筋肉隆々というよりは、細身で小柄な体格だ。

ほんの少しそばかすが残る顔は、素直な性格が滲み溢れている、ごく普通の青年だった。

けれども、アリサは彼のことが大好きだったし、今でもジェシーのことが好きである。が、恋心を告げることが未だにできないでいる。

「今日は、どうしたんだい?」

「ああ、あの……」

アリサは本当のことを言っていいのかどうか、一瞬迷った。なぜなら、ジェシーの理想の女性は優雅な貴婦人だからである。特に……。

「今日は、あの、そのレティー様のお食事の介助で……」

レティー様と聞いた途端、ジェシーの目の輝きが真剣なものに変わる。

「なんだって!レティー様とかっ?」

熱心に喰いついてくるジェシーを見て、アリサは言わなきゃよかったと後悔した。

「くっそう。生レティー様に会えるだなんて、お前、幸運だな。俺だって女に生まれてきたら、彼女のお傍に近寄れたのにさ」

そう悔しがるジェシーを見ながら、アリサの胸は切なく痛む。

ジェシーが貴婦人と呼ばれる人種になみなみならぬ憧れを持っていたのは昔から知っている。

王族や高貴な方々が自分達の領地を訪れる度に、ジェシーは胸を高鳴らせて彼らを待つのだ。

そして、ちらりと遠目に傘から顔が見えたりすると、ジェシーは顔を輝かせて、「今、少しだけお顔が見えた」
などと言って喜んでいたのだ。

そう。ジェシーの目には、自分など、森のサルと同じような扱いなのだろうと。アリサはいつも思う。
一度だって、そう、たった一度だって、ジェシーが貴婦人を見るような目で自分を見たことがない。

だから、一度も言えなかったのだ。アリサがジェシーのことを大好きだって。

その言葉を口に出してしまえば、今の関係が終わりになってしまいそうで、それが怖かった。

「なあ、アリサ、今日のレティー様はさぞお美しかったんだろうなあ」

アリサは手を彼に見られないように背中に回し、ぎゅっと手を握りしめた。傷ついた表情をおくびにも出さずに、無理やり笑う。

「ふふっ。もちろん、そうよ。まさしくユリのようにお美しい方ですもの」

どうしよう。泣きそうだ。

確かにレティー様は美しかったし、最初は、王族の方々に目を奪われてしまっていた。

美貌の騎士団長様が姿を現して、ドラゴンをしとめた娘の話をするまでは。

表面上は笑顔を浮かべているアリサであったが、彼らの食事中、ずっと自分がドラゴンを事故であったとはいえ、倒してしまった犯人だと追及されるのではないかと、生きた心地がしなかった。本当はとても怖かった。

そんなアリサの気持ちなぞつゆ知らず、ジェシーは腰にささった剣の位置を直しながら笑う。

「そろそろ休憩時間が終わりそうだから、俺行くな」

そういう彼の顔は、騎士らしくきりりとした表情をしていた。
年と共に、男らしくなっていくジェシーを、アリサは複雑な気持で見つめた。彼もいつか、どこかの美しい貴婦人を連れて帰ってくるのだろうか。その時にアリサは今のように無理やりでも笑顔を浮かべられる自信はなかった。

「ええ。気を付けてね」

手を振るアリサを尻目に、ジェシーはまたいつものように駆け出していった。子供の頃から変わらない後ろ姿を眺めながら、アリサの胸はちりりと痛む。

きっと、彼が自分のことを恋愛対象だと思う日は絶対にこない。

「あ、そうだ。早く行かなくちゃ」

そんな思いを振り切るように、アリサは自分にも仕事があることを思い出して、アリサも急いで次の持ち場へと向かう。

そして、その翌日、アリサが殿下付きの侍女へと昇格されたことを知って、目をぱちくりさせながら、しどろもどろになることを、その時の彼女はまだ知らなかった。
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