騎士団長様、どうか勘弁してください~普通の侍女なのに、どうして騎士団に入団しないといけないんですかっ?! ~

中村まり

文字の大きさ
9 / 10

新しいお仕事~1

しおりを挟む
「あの……、よく聞こえなかったみたいなので、もう一回お話いただいてもいいですか?」

その翌日。

侍女長の元に朝一番で呼びつけられたアリサは、目を白黒していた。

昨日の王族のお食事を補佐する件で、また何かやらかしたのではないかと、びくびくしながら侍女長の執務室に呼ばれてすぐのこと。

「だから、貴女を今日から王子様付の侍女として任命すると言っているのです」

そう語る侍女長の顔は微動だにしなく平静であったが、口調にはなんだか渋さが滲み出ているような気がする。

「あの…、こう申し上げるのも何なのですが、侍女長様」

これは何かの間違いだと思いながら、アリサは口を開く。

王子様付の侍女と言えば、かなりの昇進になる。下級侍女であるアリサは、正直な所、それほど何か昇進させていただけるような業績は何一つ上げていないのである。

……ただ一つ、ドラゴンを倒したということ以外は。

しかし、あれはただの事故だったのだし、一介の侍女であるアリサがドラゴンを倒したからと言って、騎士でもなんでもないので、特に業績にはならないと思う。

ましてや、ドラゴンを倒したなんて、誰にも知られてはならない秘密なのだ。

「王子様がぜひ、お前をお付きの侍女にしたいという、強いご希望があったのです。昨日のお食事の際に、何かしでかしたのですか? アリサ」

じろりと、侍女長はアリサを鋭い目で見つめている。

「……特に、何か王子様のお気にいられるようなことは何も」

そういえば、昨日、別れ際に、「また明日ね」と王子様に言われたことを思い出した。

「王子様は、まだお小さいのに、その聡明さはこの国だけでなく、近隣諸国にまでよく知られているほどの方ですよ。そのお方が、貴女をぜひに侍女に、と申し付けられたのです。正直、何をやらせてもドジばかり踏む貴女に、王子様の侍女が務まるとは到底思いませんけれど、これは王族の命令ですから、抗いようがありません」

「はあ」

全くだ。

侍女長様のお言葉に何一つ反論できないのだから仕方がない。申し訳なさげにうつむくアリサに、侍女頭は苦々しい口調ではあったが、その中に少しだけ優しい気持ちのこもった声で言葉を紡ぐ。

「よいですか? これは滅多にない、いいえ、一万年に一度あるかないかのチャンスです。しっかりお仕えして、ヘマばかりする貴女の悪評を覆してくるのですよ」

励まされているのか、けなされているのかわからないまま、侍女長と共に王子様のお部屋へ向かう。

そして、その瞬間からアリサは王子付きの侍女としての仕事が始まったのである。

とはいえ、下級侍女からの成り上がりなので、直接、殿下の身の回りの世話を細々とするというより、周囲の侍女のアシストという感じだ。

例えば、籠に入った洗濯ものを出しに行くとか、殿下お付きの侍女のための道具を準備するとかそういう仕事なのだが、それでも、下級侍女から王子付きの侍女の一員となったことは大出世なのである。

「アリサ、よろしくね」

フィリッツ殿下のお部屋に赴くと、淡い金髪の巻き毛の天使がにっこりとアリサに向かってほほ笑みかける。

遠くで見た時も天使だったが、三メートルの距離から見ればそれはさらに天使であって。

「は、はぃっ。まだ未熟ですが精一杯頑張ります。よろしくお願いいたします」

ペコリと頭を下げて、頭を上げた瞬間、殿下と一瞬だけ目があった。

その表情は、どことなく何かを知っているような、全てを見透かされたような視線。

まるでアリサの何かを知っているような顔に、一瞬、背筋がぞくりと凍る。

「では、アリサ、こちらにいらっしゃい」

ふと呼ばれたことで我に返って振り向くと、侍女長が呼んでいた。

挨拶もそこそこに、先輩侍女に呼ばれて侍女たちの控室のような場所へと連れていかれ、みっちりと仕事についての指示を受けたのであった。



その頃、騎士団長の執務室では。

「まだ、あの娘が見つからないと?」

煩わしい書類仕事がさらに煩わしくなるような報告を受け、騎士団長リュミエール・グランツは眉間にしわを寄せながら、部下の報告を受けていた。

「はい。あちこち手を尽くして探しておりますが、未だに手がかり一つ得られない状況でして……」

精鋭中の精鋭を集めた騎士団内部の情報部でも何一つ手がかりが得られないという。

グランツはさらに忌々しい風で、精悍な顔に厳しい表情が浮かぶ。その様子は銀色の鷹のようだと部下は思う。

「生きている女であれば、かならず最寄りの町に立ち寄るか、周囲のどこかに生活の拠点があるはずなんだが」

「誠に。王宮の従者でない限り、どこかに痕跡が残っているはずなのですが」

「あの娘のような力の持ち主であれば、王宮の従者である訳がない。引き続き、街中で探索を続けろ。必ず、どこかに潜んでいるはずだ」

「はっ」

立ち去る部下の後ろ姿を眺めながら、リュミエールは手もとにあった書類を煩わし気に手荒に扱う。高等議会に提出する書類であったが、そんなものに全く目をかけず、彼はおもむろに椅子から立ち上がり、窓へと近寄る。

窓を開けると、新鮮な空気が部屋になだれ込んでくる。その空気を吸えば少しは気分がよくなるかと思ったのだが、相変わらずイライラとした気持ちが彼をいら立たせていた。

ドラゴンと関係のあるはずの娘を見つけ、その事情を詳しく聞くべきだと思っていたが、もしかして、聞いた所でどんな返事が返ってくるのははわからない。

それでもリュミエールにとっては、それが大切なことのように思えて仕方がないのだ。
その娘を早く見つけたい。

無敵のドラゴンの力を得ていた娘が、なぜ森の木の実を摘みになど来ていたのだ。

疑問を煩悶している彼に向かって、同席していた秘書官が口を開く。

「それはそうと、団長」

「なんだ」

「見合いの姿絵が届いておりますが、いかがいたしましょうか?」

「断っとけ」

「また王様に愚痴を言われますよ?」

「構わん。俺にその気はない」

リュミエールは不機嫌さを隠そうともせず、窓の外を眺めたままだ。

秘書はその様子を見ながら、そっとため息をつく。言葉通り、団長は姿絵を一目見る気すらないらしい。

もうとっくに結婚適齢期を過ぎているのに、この無骨な上司は貴婦人などは全く食指が動かないらしい。騎士団の中では、もしかして、団長は男色なのではという噂もちらほらと流れているというのに。

結婚しなくても構わないから、女性と浮ついた噂の一つでも流れれば、疑惑の目も減るというのに、この無骨な上司は優美な見かけとは全く異なり、本当の意味で堅物であり、武人の中の武人なのだと秘書は思う。

「では、王様には、一応姿絵は拝見されましたが、気に入られなかったと報告しておきますね」

ため息と共に独り言のような秘書の言葉に、リュミエールは憤慨しながら口を開く。

「あの人もいい加減、見合いなどというものをやめてくれればいいのにな、全く」

あの人というのはこの国の王であり、騎士団長の叔父でもあるのだが、秘書はその言葉を聞かなかったことにして、姿絵を返すために、椅子から立ち上がった。

「では、この姿絵は返却してまいります」

秘書に対して言葉を返すことなく、リュミエールは相変わらず不機嫌そうに窓の外を眺め続けていた。




しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です→2月15日からはランダム更新となります。ご了承ください

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

処理中です...