偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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最終章 

最終話~18

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─ 激しくしすぎただろうか?

情事が終わり、寝台の上で身じろぎもせず眠るジュリアを、ジョルジュは心配するようにのぞき込んだ。まっさらな体に色々なことを教えてしまい過ぎたかもしれない。うとうとと微睡むように眠っている彼女の横顔を見れば、彼女が愛おしくてたまらなくなり、そっと彼女の頬に唇を寄せる。

彼女に熱心にねだられ、とんでもないことを色々してしまったような気がするが、彼女は言葉とは裏腹にそういうことに全く不慣れな様子だったのがありありとわかる。きっと媚薬のせいだろう。

それでも、媚薬の効果は通りすぎ去ったようで、ジュリアの呼吸は規則正しいリズムを刻んでいたが、口元には満たされ、幸せそうな微笑みが浮かんでいたのを見つけ、ほっと胸をなで下ろした。

まだ軽く穏やかな寝息を立てながら眠っているジュリアの傍らで、ジョルジュはそっと身を起こした。彼女を起こさないように細心の注意を払いながら、ベッドの端に腰を掛けた。情事の後の気怠げな気分はまだ続いていたが、ジョルジュは、脱ぎ捨てたシャツを手にとり、そろそろと起き上がった。その間にも、頭の中は、めまぐるしく回転していた。今回のザビラ攻略に伴う利権関係。共に、挙兵した貴族への利益分配、それに、王族との関わり方。法律、補償金、外交上の密約・・・そして、オーティスの処刑だ。

そろそろ、勝利を宣言するために、表に立たなくてはならない頃合いだ。服を着込み、一部の隙も無く身支度を調えたジョルジュは、寝台に近寄りジュリアの肩を軽く揺すった。

「ああ・・・ジョルジュ・・・」

そっと瞼を開いたジュリアの青い瞳を見つめながら、彼女はどうしてこんなに素敵なのだろうと、ジョルジュの胸は熱くときめいた。彼女の薄い唇が目に入れば、それがどんな柔らかさだったのか、その中の熱く湿った感触さえまざまざと思い出す。

つくづく時間が無かったことが悔やまれるが、これから毎晩のように夜は来るのだ。これからはもっと時間をかけよう。あることを知らなかった官能の世界を、彼女の体に、これから、一つ一つ丁寧に時間をかけて教え込んでいくのだ。

自分に熱い眼差しを向けているジョルジュの前で、ジュリアも理性が少しずつ戻ってきていた。

「・・・そろそろ、勝利宣言をしないと・・・」

深く満足げなため息をつきながら、ジュリアも気怠げに呟いた。戦が終結した際に行うべきことが色々とあることはジュリアもよく理解していた。

峠は越えたものの、媚薬がまだ彼女の体内に残っているのだろう。ジュリアの意識はまだ少し朦朧としていたが、危機は去った。ジョルジュは口の端に優しげな笑みを浮かべて、妻となったばかりの自分の愛しい女性を見つめた。亜麻色の髪は下ろされて、顔の周りをゆったりと波打つようだった。彼女のこんなしどけない姿を見るのは初めてだ。

目覚めた彼女はまるで別人のように女らしい色気を漂わせている。ジョルジュは、新しく知った彼女の姿に、さらに魅了されてしまっていた。

「まだ薬が効いているから、起き上がってはダメだ。すぐに薬師と従者を手配させるから、ここで待っていて」

優しく彼女に囁けば、彼女も口元に浮かんだ柔らかな微笑みは自分に向けられていた。

・・・このまま立ち去るのは実に惜しいのだが。

ちょっと残念そうな顔をするジョルジュだが、自分の責務は果たさねばならない。

「ああ、そうだ。ジュリア、手を出して」

言われるがままにジュリアが差し出した指にジョルジュは指輪をはめてくれた。そう、オーティス侯爵がジュリアから奪ったあの指輪だ。

「・・・これはガルバーニ公爵夫人を示す指輪なのだよ。これがある限り、君は誰からも私の妻としての待遇を保証される」

そっと微笑むジュリアを後に、ジョルジュは部屋を出た。これからが本番だ。様々な思惑を持つ同盟軍の貴族達と様々な駆け引きをしなければならなかったが、今の所、ジョルジュは最愛の女性を手にいれることが出来て、気力体力共に絶好調だ。

かならず良い方へと向くだろう。

全てを丸く収める自信はあった。



ジョルジュが部屋を後にして、しばらくした頃、彼が言った通り、薬師と侍女がジュリアの部屋へと訪れた。薬師が淹れた薬湯を飲んでいる間に、侍女がジュリアの前に広げたドレスは見事なものだった。そのドレスを着込み、体を清めてもらい、髪をきちんと直してもらった頃、再び、ジョルジュが顔を出した。

「準備は出来た?」

「ええ」

先ほどの情熱的な情事を思い出して、ジュリアが頬を染めながら言葉短めに答えれば、ジョルジュは、しげしげとジュリアの顔を見た。

「・・・そのドレスを着た君は素敵だ」

彼の瞳は熱く、蕩けるような熱を持っている。媚薬のせいで、訳がわからず乱れたような気もするが、彼は気にする所か、少し嬉しそうだったような気もする・・・彼もまた先ほどのことを思い出しているのかもしれない。思わず、頬が赤く染ったジュリアを、ジョルジュは軽々と抱き上げた。

足の骨折のせいで、まだ歩くことが出来ないのだ。

「さあ、騎士達が君が来るのを待っているよ。ガルバーニ公爵夫人をね」

「皆に話したのですか?」

「その指輪は公爵夫人の持ち物なんだ。君が指輪を身につけている限り、一々言わなくても、皆、すぐに理解するさ」

そう言って、ジョルジュに抱きかかえられたまま、ザビラの領主が使う謁見室へと連れてこられた。今の領主は、自分達なのだ。もうオーティスがこの要塞を治めることはない。

謁見室の中央にある椅子にジュリアを腰掛けさせ、ジョルジュがその横に立った瞬間、彼らを取り囲んでいた騎士達はわっと声をあげた。

「皆のもの、勝利を共に祝ってくれ」

ジョルジュが力強く言えば、男達も大きな声で口々に自分達の勝利を褒め称えた。あの難攻不落と言われたザビラの要塞都市を陥落させたのだ。騎士として、これ以上の名誉はない。これから、勝利に貢献した騎士団たちが、次々と名乗りを上げ、戦の勝利を祝うと共に、自分達の貢献を明示していくのだ。

そんな風に、男達が完全な勝利に酔いしれている時、中央の扉が大きく開かれた。また新たに、この戦いに大きく貢献した騎士団が、名乗りを上げるために、新しい領主に会うために到着したのだ。そこに立っていた騎士団を見た瞬間、尊敬の視線を瞳に込め、男達は彼らのために中央を大きく開けた。中央の人々を割って現れた騎士達は、白銀の鎧を身に纏い、深紅色の生地に純白とプラチナの糸で百合が描かれた旗を掲げている。

マクナム伯爵領騎士団

王立騎士団に次いで、勇敢だと名高いマクナム伯爵領騎士団。その先陣にいた指揮官とおぼしき立派な男が、二人の前に跪き、声を上げた。男は、ジョルジュと視線を交し、うなずき合った。そして、男は、ジュリアの前に片膝を突き、胸を手にあて、ジュリアを見上げた。その男が纏っているオーラには一部の隙もなく、それは、この男が精鋭中の精鋭である優れた騎士であることを如実に示していた。

「はじめまして。ジュリア様。私は、亡きリチャード様に変わり、今まで伯爵領の騎士団を治めておりました。グレゴリオ・デ・メディシスと申します」

鎧を纏った長身の男はかなりの筋肉質で、精悍な眼差しで、二人を見つめた。

「マクナム伯爵領騎士団・・・」

ジュリアが呟けば、ジョルジュはそうだと自然な態度で肯定する。

「ガルバーニ公爵騎士団と共に、ザビラを正面から切り崩したのは彼らなんだ」

戦の猛者である男は、その眼差しをジュリアに向けた。

「リチャード様の娘様のジュリア様にお目に掛かりたく、参上いたしました」

「前面からの攻撃、感謝いたします」

「いえ、我らが主の救出をするのは、騎士団として当然のこと」

亡き父の領地を治めていた代理人という存在がいたことをジュリアは初めて知った。そういえば、マクナム伯爵領は女王陛下が代理として治めていたんだっけ。と、言うことを今更ながらに思い出した。

「ジュリア・フォルティス・マクナムです。初めてお目にかかります」

マクナム伯爵領の騎士団は全員、その場に片膝を立て、忠誠を誓うように胸に手を当て、頭を垂れた。

「これからは君がマクナム伯爵領を統治することになるよ」

ジュリアの傍らに立つジョルジュが、抑揚の聞いた口調でそういった。

「それでも、君はずっと私の傍にいるのだがね」

と、付け足すのを忘れてはいなかった。

「マクナム伯爵領は、本来であれば、リチャード様のご息女のジュリア様のもの。マクナム伯爵領の家督を相続されたと伺っております。どうか、出来るだけ早く領地へとお戻りください」

熱心な眼差しで自分を見つめる猛将に、ジュリアは口を開いた。

「そうですね。タイミングについてはジョルジュとよく相談してから決めたいと思います」

彼女の口から、ジョルジュという言葉が聞こえた男は怪訝な顔を示した。なぜ、ガルバーニ公爵ではなく、ジョルジュとファーストネーム呼びをするのだろうか? その呼び方ではまるで、公爵がジュリア様のとても親密な関係であるように聞こえる。

自分の主であるべき女性に、よからぬ男女の仲である男がいるような誤解を招く言動は慎んでもらわねばならぬ、と生真面目な猛者は思ったのだが。
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