偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

文字の大きさ
84 / 105
番外編

書籍化記念SS~マークの受難日~1

しおりを挟む
12月21日、レジーナブックスより、「偽りの花嫁」の刊行を記念して、SS小話投稿しました!

概ね3話くらいで終わります。

書籍情報など情報をリアルタイムでご連絡出来るように、中村まり、公式ツイッター開設しました。

著者プロフィールから、公式Twitterアカウントへ移動できます。




── ガルバーニ公爵邸で、ジュリアとジョルジュがお互いの思いを通じあった頃。女王陛下主催の舞踏会の前に、まだ公爵邸にジュリアが滞在している時のお話です─

季節は初夏へと移り変わろうとしている頃。二人はお互いの思いを確かめあい、舞踏会の日まで満ち足りた毎日を送っていた。

ちょうどそんなタイミングで、ガルバーニ公爵領では恒例の精霊祭が催されていた。あちこちで露天や出店が軒を並べている。町の中は綺麗に飾り立てられ、活気に満ちあふれ、華やいだ雰囲気をかもし出していた。

そんな賑やかな町の様子とは裏腹に、その中を怪訝な様子で馬に乗って進む男がいた。マーク・エリオットだ。

突然、公爵領から伝令が送られてきたと思ったら、なんと、ジュリアが外出するために護衛として同行してほしいと言う。

─ 要するに、外に遊びに行きたいから俺につきあえ、と。

突然のジュリアの要請に、マークは怪訝に思いながらも、クレスト伯爵から許可をもらい、言われた通りに公爵領まで遠い道のりをやってきたのだ。途中、宿屋で一泊し、午前中の遅い時間に公爵邸に辿り着いた。

あいつの人使いの荒さは筋金入りだな。

マークは、ため息をつきながら、あきらめ半分で、とぼとぼと馬を公爵邸へと走らせてきたのだ。

それにしても ──

(ガルバーニ公爵領なら、精鋭で名を馳せる騎士団がいるのに、なんで俺がわざわざ呼び出しされるんだろうなあ)

イマイチ、腑に落ちない展開だが、ジュリアに呼び出されたのだから仕方が無い。

公爵邸へと無事に辿り着くと、馬を従者に手渡し、マークは公爵家の扉を叩いた。

すぐに執事が出迎えに来たが、すでに扉の先のホールには、すでに外出の支度をしたジュリアと公爵様がいた。

すでに出かける気満々の二人は、自分の到着を待っていたようだ。

ジュリアと公爵様は、二人とも、庶民の服装をしている。ジュリアは町娘風で、公爵様は裕福な商人風だ。

衣装は完璧だ。

が、しかし、二人とも色々な意味で、一般人のオーラとは全然違う!

ジュリアは武人オーラが全開だし、公爵様は優雅な貴人の雰囲気が全身からあふれ出ている。

(お前ら、全然、仮装になってないじゃないか!)

マークは心の中でツッコミを入れるが、公爵様の前でそれを声に出すなんて恐れ多い。前回公爵邸を訪れた時にも、公爵様の無言の威嚇が、それはそれは恐ろしかったことを思い出し、マークは賢明にも沈黙を貫いた。

そんなマークに公爵様が声をかける。

「やあ。エリオット君。今日は、わざわざ遠い所からありがとう」

「いえ。仕事ですから・・・」

公爵様の整った顔に、笑顔が浮かぶ。それを見た瞬間、マークの背筋になんだか冷たいものが走った。

彼の口元には笑顔が浮かんでいるのに、目の中には、何やら恐ろしげな光は何だ?!

どうしよう・・・彼の笑顔がなんだか怖い。

意味が分からず、思わず挙動不審になりそうな自分をぐっとこらえていると、ジュリアが追うようにして、口を開く。

「マーク。すまないな。遠い所」

・・・ジュリア、お前、男言葉じゃないか! 

公爵様の前で、その言葉遣いはマズイだろ!、と焦るマークの前で、ジュリアはふふと笑う。

その笑い方も男っぽくて、騎士団長の姿そのものだ。

何故、ジュリアの振る舞いが地のままなのか。まるで、今のジュリアは武人のようだ。いや、もとから武人なんだが。

そもそも、今のジュリアは、クレスト伯爵夫人を演じているのではなかったのか?! 

ジュリアがそう言った瞬間、ドキリ、とマークの鼓動が再び止まりそうになった。

自分に投げかけられた親しげなジュリアの言葉に、公爵様の眉がぴくりと不機嫌そうに反応したのが見えたからだ。

公爵様からどす黒いオーラのようなものが、ごごごっと、自分に向って放射されているのは気のせいか?

・・・あ、もしかして、俺、公爵様から威嚇されてる? 

なんで? 

どうして?


意味の分からない圧力を受けて、マークの背中につと冷や汗が流れる。
 
二重の意味でマークは、すでに混乱に陥っていた。ジュリアの男のような振る舞いと、公爵様の意味不明な威嚇だ。

公爵様にジュリアが身分を偽っているとバレたらどうしよう。

マークはいささか、慌てぎみに、口を開く。

まさか、公爵様の前で、男言葉はまずいだろ!と、ジュリアに直球で言う訳にもいかず、遠回し気味に口を開いた。

「あ・・あの、奥様、言葉遣いが少々乱暴なのでは・・・?」

そんなマークの心配など、これっぽっちも理解していないようだ。ジュリアは、へらっと笑っている。

今日のジュリアは何かがおかしい。

「奥様、あの、どこか頭でもぶつけられたのでは?」

マークがそう言うと、ジュリアがむっとした顔で言う。

「失礼な!この私がそんな間抜けだと思うか?」

わあ!また男言葉だ。

ジュリアの言動に焦っていると、背中につ、とまた変な汗が流れる。

俺のシャツは変な冷や汗のせいで、ぐっしょり濡れているんじゃないか。

ジュリアは上機嫌で男言葉だし、公爵様は俺に対して、負のオーラを放出し続けている。

(俺は、今日は護衛をするはずじゃなかったのかっ!)

公爵様の意味不明な威嚇に耐えきれず、やや切れ気味に周囲に目を向けると、公爵の傍らには民間人の服装をした公爵領の騎士、ビクトール・ユーゴが控えていた。

ユーゴの目にちらと自分に対して憐憫の情が浮かぶのが見えた。

どうやら、奴の主が俺に対してあからさまに威嚇しているのが分かるのだろう。

「では、人数も揃ったし、出かけようか」

公爵様が、とてつもなく甘い声でジュリアに声を掛ける。

(へ? 何その声?)

公爵様のギャップが凄い。

自分には凍るようなオーラを向けているくせに、ジュリアには、蕩けるような甘い雰囲気をかもし出している。

そのまま、ジュリアを頭からばりばりと食ってしまいそうなほど、彼女に向ける眼差しは甘い。

ジュリアに対するえこひいき感が凄い・・・。

公爵様、無茶苦茶、器用だな! 

公爵様の意外な面を見つけたマークが面食らっているのに、ジュリアは何も感じてないらしい。いや、俺を威嚇している所をジュリアには悟られないように、彼が実に気を遣っているのが見える。

彼が差し出した手をジュリアがごく自然な様子で取ると、公爵様は端整な顔立ちの上に、蕩けるような微笑みをジュリアに向けた。

すごい色気に当てられて、マークもつられて乙女のように頬が赤く染まりそうだ。男にも色気があることをマークは、この時、始めて知った。

「ええ。ジョルジュ、行きましょう」

公爵様の名を呼び捨てにするジュリアに、マークは再び青くなって震え上がった。

ジュリアの声も、いつもとは違う。甘く、まるで恋する乙女のようじゃないか。

(おい、ジュリア、公爵様にそれはないだろう?)

おかしい。今日のジュリアは絶体に変だ。変なものでも食ったか、病気か? 

いつものジュリアと違いすぎて、マークは、さらに心配になる。

「あの・・・奥様、ちょっと出発前にお話が・・・」

公爵様に身元がバレる前に、ジュリアを諫めておかないと。変なものを喰ったかどうかの確認もしておきたい。

そして、もっと嫌な予感がする。

なんだか、今日のジュリアは暴走しそうな気がするのだ。

そう言って、ジュリアの腕をとり、公爵様に聞かれないように壁際に移動しようとした時だった。

「ああ、そうだ。エリオット君」

公爵様が自分に発した声が、氷のように冷たい。その冷酷な響きにマークは震え上がった。

「必要以上に、彼女に接触しないでくれたまえ」

怖い・・・公爵様が笑っているのに、怖い。

「は・・・はい。すみません」

反射的に謝ってしまった。ジュリアに触れるなんて、いつもしてることなのに何故?!

(あ、俺、もしかして、公爵様に恋の敵認定されてる?)

ようやっと、公爵様がブリザードを吹き出している原因に思い至る。

だとしたら、公爵様は俺のことを誤解している!

マークは声を大にして公爵に言いたい。

(お、俺、ジュリアに横恋慕なんてしてませんからねっ!公爵様を的に回すような、恐れ多いこと、絶体に、しませんからねっ)

生憎、横には、強面のユーゴがいるし、今、それを面と向って、彼に言うほどの度胸はマークにはない。

(こ、こいつが好きなら、煮るなり焼くなり、なんでもお好きなようにしてくださって、俺は構いませんよ!)

マークが心の中で、ジュリアをあっさりと公爵様に引き渡していることなど、ジュリアが知る由もない。

ジュリアが、ふふと笑って、マークの肩を気安く叩く。

「マーク、お前、今日はなんだか変だぞ?」

(変なのはお前だっ!)

マークは、そう言い返したかったが、公爵様の視線に固まって、もう何も言えなかった。影の王家とも呼ばれる男の威厳は半端ないのを、マークは身をもって知る。

結局、ジュリアと話すことも出来ないまま、ジュリアとジョルジュは二人で馬車に乗り込み、マークとユーゴは馬でその後に従った。

これから、何が起きるのか、なんだか嫌な予感しかしない。

(はあ、俺、帰りたい・・・)

背中をがっくり落としているマークに、ユーゴが生温い眼差しを向けていることを、マークは、まだ気づいていなかった。



次話に続きます!
しおりを挟む
感想 901

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。