偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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番外編

書籍化記念SS マークの受難日~2

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発売記念SSスペシャル、二話で終了しますが、この後も、番外編は続きます。発売状況などは、著者近況ボードにアップしてありますので、ご参考にしてください。



町につくと、二人は馬車から降り、マークとユーゴも馬をつないで後を追う。

二人は手をつなぎながらぴったりと寄り添っている。

─ あれじゃ、まるで新婚さんカップルだな。

あまりの甘さに胸焼けがしそうだ。マークはげっそりしながら二人を見つめる。

(あー、これクレスト様に見せられたもんじゃないな・・・)

ジュリアが、公爵領に行った後、エミリーと破局したクレスト伯爵は、見事なまでに落ち込んでいた。

毎日、執務室の机の上につっぷして、立ち直れなさそうな姿が痛々しい。

その上で、この二人の様子を見たら、あの人、壊れるかも・・・

その後、二人は町の中を手をつないで散策していた。二人とも控えめな表情だが、口元には柔らかな微笑みが浮かんでいる。

公爵に手を引かれながら、ジュリアも嬉しそうに公爵様を見上げている。

(あんなジュリア、俺、見たことなかったな)

マークがいつも見ているのは、ジュリアの騎士としての厳しい顔とか、敵を目の前にして、好戦的な笑みを浮かべているような姿ばっかりだった。

こんな風に、普通の女性としての顔を、そういえばマークは見たことがない。

「・・・綺麗ですね?」

宝飾品のショーウィンドウを覗くジュリアを、公爵様は優しい顔で見つめている。

「じゃあ、中にはいろうか」

「えっ、でも、今日は、宝飾品なんかは必要ないですし・・・」

驚いたように言うジュリアの手を引いて、公爵様はさっさと扉を開けてしまった。彼に連れられて、ジュリアもおずおずと店に入ったので、マークとユーゴも、ゆっくりとその後に続く。

「いらっしゃいませ」

店の店主ともおぼしき初老の男が、柔やかに自分達を迎えいれた。

「少し、宝飾品を見せていただこう」

堂々とした様子で、公爵様が言えば、店の店主は恵比寿顔で頷いた。客の善し悪しを見極める目を持っているのだろう。

ジュリアは、感心したように宝飾品に見入っている。

そんなジュリアの肩をジョルジュは抱きよせ、ジュリアの耳元でそっと囁く。

「これを身につけた貴女は綺麗だろうね?」

店主がガラスケースの中から取りだしたのは、サファイヤとダイヤモンドがあしらわれたブレスレットだ。

一体幾らするのか想像もつかないような代物だ。

(あれ一個で、きっと、俺の年収分くらいだな)

ジュリアの手首にジョルジュがそれをつけると、ジョルジュがとても艶っぽい笑みを浮かべた。

「なんて綺麗なんだ」

ジュリアをじっと目つめる公爵様の視線が熱い。ブレスレットにかこつけて、ジュリアが綺麗だと暗にほのめかしているようにも見える。

ジョルジュがため息交じりの賞賛をジュリアに向けると、ジュリアはさらに真っ赤になって恥ずかしそうに頬を染めた。

(公爵様、なんて顔してジュリアを見つめてるんだ?)

そんな公爵様をジュリアも戸惑ったように顔を上気させながら、見つめた。

(そしてジュリア、お前もか!)

どうして、この二人はこうもイチャイチャのオーラを店全体に溢れさせているのか。

店主も二人の関係がわかったのだろう。

「ご結婚したてなのですか?」

店主が冷やかすように言うと、公爵様は、とても上機嫌に口を開いた。

「まあ、そのようなものかな」

公爵の爆弾発言に、マークは衝撃を覚えた。

(なんで、いきなり結婚する話になってるんだ?! おい、ジュリア、いい加減に、公爵様に反論しろ!)

そんなマークの心の声は、当然ジュリアには通じていない。

・・・なるほどな。と、マークは思う。

公爵様のこんな顔を部下たちには見せられない。

だからこそ、今回の護衛は、公爵側からはユーゴ一人な訳だ。そして、チェルトベリー側からは、俺を呼び出した訳か。

「店主、これをいただこうか」

あっさりと公爵が言う。

「ええっ?」

マークの内心の驚きの声がジュリアの言葉と重なった。

「いいです!必要ありません」

ジュリアが慌てて首を横に振る。

そりゃそうだ。とマークは思う。

ジュリアの金銭感覚は庶民と同じなんだから。年収分の宝石を買ってもらうなんて、恐れ多すぎる。

「貴女のために私が手に入れたいのですよ。私が買ったものを貴女に身につけていて欲しいのです」

公爵様が指の背で、つ、とジュリアの頬を撫でる。その言葉の意味を知ったジュリアが頬を真っ赤に染めた。あの色気で押されたら嫌とは言えんだろう。

けれども、ジュリアも頑として首を縦には振らなかった。

意外と、ジュリアも頑固なのだ。そして、一度言い出したら聞かない所もある。

そういう所は、さすがだな。とマークは思う。ジュリアの金銭感覚はしっかりしているのだ。

二人はいちゃつきながら、買う、買わないの問答を繰り返し、結局、公爵様は、ジュリアに小さな指輪を買ってあげることで決着がついた。

もっと貴女にふさわしいものを買ってあげたかったのに、と少し恨めしげにジュリアを上目遣いで見つめる公爵様の顔は、蕩けるように甘い。

(はあ、俺・・・なんか疲れた)

どっと疲労を感じたマークは、ふと視線を感じて顔を見上げた。ビクトール・ユーゴが、ちらと自分に視線を向けているのがわかる。

彼の目に、一瞬、同情の色が浮かんだのが見えた。

強面で鉄面皮の男の目にも、同じような疲労の色がちらと見える。

ああ、やっぱり、ユーゴも惚気に当てられたか。



その後、二人は幾つかの店を覗き、ついに、武器店へとジュリアが入ろうとした時は、マークが蒼白になってジュリアを止めた。

ジュリアを武器店に入れたら最後、絶体にジュリアがボロを出す。

当然、公爵様からはブリザードのような冷気を浴びせられたが、マークはなりふり構わずジュリアを止めた。

ジュリアはああ見えて、剣や弓のコレクションには目がない。

あいつの目の前に古いアンティークの剣などを見せたら、公爵様の前で嬉々として振り回すのが目に見えている。

ジュリアが男言葉を発する度にマークは青くなり、二人が目の前でイチャイチャする度に、マークは赤くなった。

赤くなったり、青くなったり、俺、一体何をしているんだろう。

そうして、二人は十分に町を堪能したように見えた。

─ そうだ。二人とも早く屋敷へ帰れ。

そんなマークの願いは神へと届いたのだろう。公爵様が彼の願い通りの言葉を言ってくれた。

「じゃあ、そろそろ戻ろうか。ジュリア」

「はあ?」

失礼だとは分かっていたが、マークは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

今、公爵様は、「ジュリア」と呼ばなかったか?

「ジュリアって・・・? どうして?」

あんぐりと口を開いたマークにジュリアが事も無げに言う。

「ああ、彼は全てを知っているんだ」

「へ?」


「私は最初から全部知っていたんだ。彼女がチェルトベリー騎士団長であること含めてだが」

ふふ、と公爵様が口元に笑みを浮かべ、してやったりと言う顔をしてマークに言う。

「そして、私たちは、結婚することも決まっている」

「・・・結婚?!」

思いがけない言葉に、目をぱちくりとさせるマークに、公爵様は追い打ちを掛けた。

ジュリアが幸せそうな声で言った。

「ああ、すまない。まだマークには言ってなかったな。ジョルジュが言う通り、私たちは結婚するんだ」

「どうやって?まだ伯爵夫人のはずだろ?」

そんなマークに公爵様は悪戯っぽい笑顔を向けて言う。

「それはまだ秘密だ。君は黙って見ていればいい」

そういう公爵様の視線には、だから彼女には手を出すなよ。と言う暗黙の意味が込められていることを、マークは十分に悟った。

「さあ、私たちに結婚の祝福をしてくれたまえ。エリオット君。私の将来の妻におめでとうを言ってくれるかな?」

将来の妻、と言う部分を彼が柔らかく強調している。

さりげなく、ジュリアに気づかれないように、こちらを威嚇する彼は凄腕だ。

「二人が結婚するって、知らなかったのは俺だけか?」

ユーゴに目を向けると、申し訳なさそうにユーゴが目を伏せた。

・・・・なんだ。ユーゴは知っていたのか。

メンタルをごりごりと削られたマークがそっとため息をつくと、背中に暖かい手の感触を感じた。

ユーゴが、軽くマークの肩を叩いていたのだ。その目は、俺もわかるよ、と言いたげだ。

・・・持つべきものは友だよな。

マークは、言葉にこそ出さなかったが、ユーゴは友情に熱い男だと思う。こいつとはいい友達になれそうだ。

そうして、マークはロベルト様ともう一人の友人を手にいれたのだった。

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