偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

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第3章

第7話 舞踏会~2

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「さあ、伯爵夫人、お手を」

目の前の華やかな王太子から手を差し出され、ジュリアは、用心しながら、その手をとった。音楽に合わせて彼がすっと足を踏み出す。

さすが王太子だけあって、踊りは凄く上手い。

相手の男性のリードによって、踊りやすさは断然に違う。ジュリアも彼に合わせてステップを一つ二つだす。

よかった。とても踊りやすいし、この曲にも馴染みがあった。ほっとしたのもつかの間、ジュリアは目の前の美丈夫が自分を観察している様子に気がついた。

「王太子様の厳しいお眼鏡には到底及びませんわね?」

いたずらっぽく笑いながら、ジュリアが言うと、エリゼル王太子は感心したように言う。

「一応は踊れるようだな?」

「これでも、かなり努力しましたのよ?」

ジュリアは、茶目っ気をたっぷり含んで少し口元をあげてみた。そんな風に笑うと魅力的に見えると、公爵家の講師から教えられていた。それでも、努力したのは本当のことだ。

「ほう」

ぴくりと王太子の眉が面白そうに上がった。

「普通は、そんなことを言う令嬢はいないけどな」

王太子様の口調がちょっと意地悪なのはどうしてだろう?

「誰でも最初は苦心するものではありませんの?」

「何でも出来るのだと誇示するほうが得だと思わないかい?」

ジュリアはふっと苦笑いが顔に出てしまった。

「所詮、田舎貴族ですわ。見栄を張った所で今更・・・」

「・・・君は正直なのだな」

「合理的、と仰ってくださいまし。実力以上に期待されると後々大変でございますからね」

「それは賢いと言うのだよ」

「まあ、買いかぶってくださってありがとうございます」

そこで、王太子が手を挙げたので、ジュリアはすっとターンを決めた。彼はさすが王太子だ。踊りをリードする腕はすばらしい。

ちらと側を見るとロベルト様が心配そうに見守っていた。ジュリアはつと視線を王太子に戻すと、彼はそっとジュリアの耳元で囁いた。

「君のような令嬢がいたとは知らなかったよ」

王太子エリゼルは、そして、再び、彼女をターンさせるために手を高く掲げた。ジュリアは、彼の意図を察し、すっと優雅な所作で華麗にターンを決めると、周囲の貴族から再び、賞賛のため息が聞こえた。

「クレスト伯爵領の疫病を撲滅した手腕は見事だったと聞いている」

「まあ、お褒めいただきましてありがとうございます」

「クレスト伯爵領の財政も立ち直らせたそうだな?」

「ええ。微力ながら尽力させていただきましたわ」

「そこまで優秀なのに謙虚なのだね。それに・・・とても美しい」

「そんなにお褒めいただいても何も出ませんことよ?」

王太子は妖艶な微笑みを浮かべてジュリアに言った。

「王宮に来るかい?」

「なぜ?」

「君のような優秀な女性は私のような王族の側に控えているべきだと思わないかい?」

その声は甘く、痺れるような毒のようだった。

「お言葉だけはありがたく受け取らせていただきますわ」

「ほう?」

その声には、甘さの中に鋭さもあった。ジュリアは、油断したら大変なことになると警戒した。

「王太子様が仰るお言葉にはいろんな解釈が成り立ちますもの」

「・・・君は用心深いのだね。いくら君が否定たとしても、やはり君は賢いのだと思う」

そこで彼は一旦、口を閉ざした。音楽のテンポが速くなったのだ。ここから、少し難しいステップへと入る。ジュリアも、踊りに集中しなくてはならなかった。

一度、彼から離れ、音楽に合わせて一連のステップを完了させた。華麗に両手を高い位置でクロスさせながら、ステップを踏み、小さなターンを交えながら再度、彼に近寄り、純白の手袋に包まれた彼の手を取った。

「・・・・なかなか見事だな」

「舞踏会にむけて頑張りましたから」

その時に、王太子の目が意地悪く光ったのをジュリアは見た。

「ふーん、じゃあ、これは出来る?」

いきなり、王太子から何度の高いターンを仕掛けられた。ターンの前後に小さく一、二歩、間合いをとる独特のステップで、それを習熟するのはとても難しいやつだ。

っ!

突然仕掛けられて、ジュリアは、驚いて一瞬、バランスを崩しかけた。

「わっ・・・」

思わず、小さな声が出て転びそうになった瞬間、王太子がぐっと腕をひよせ、バランスを崩したジュリアの手をぐっと握って彼女を引き寄せた。彼が手を掴まなければ、転んでしまう所だ。

「ふふ・・・上手く躱せ・・・」

その瞬間、ジュリアに笑いかけた王太子が一瞬無言になり、ジュリアの顔を見つめた。自分を見つめる彼の視線が一瞬、鋭いものになりジュリアを射貫いたような気がした。

(あ、何かまずかったかな?)

ジュリアが再び、王太子を見ると、再び甘い笑顔が口元に浮かんでいた。
ジュリアに興味ありげな意味深な視線を向けられていた。

「あの・・・その・・・王太子様?」

ジュリアは困ったようにエリゼルを見上げた。距離が倍以上近くなってるではないか。

「何?」

「その・・・距離がとても近いような気がするのですが・・・」

貴族の男は、どいつもこいつも、こんなに身を寄せたがるものなのだろうか? ロベルト様もそうだが、メヌエットってこんなに腰に手を回したりするのか?

経験がないジュリアには、よくわからない。

(腰から手を離せっ。このむっつりスケベが!)

ジュリアの脳内の罵倒は相手には伝わらないのだ。

「ふふ。私と距離が近いのは嫌?」

色っぽく笑いかける王太子は、艶やかすぎて、ジュリアは困惑した。切れ長の緑色の瞳は、ジュリアに優しく笑いかけていた。

「・・・そんな恐れ多いことでございますわ」

少し羞恥心を感じたジュリアは、伏し目がちで答えた。これだけで、しおらしく見えるのだ。

それにしても、今の一瞬の射貫くような視線は何だったんだろうか? ジュリアは、それがとても気になったのだが、まさか相手に聞く訳にもいかず、促されるままに、ステップを踏み続けた。

王太子の腕の中で。



後日、王太子様とジュリアの会話内容に一部変更をいれるかもしれません。
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