偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

文字の大きさ
23 / 105
第3章

第6話 舞踏会にて

しおりを挟む
沢山の着飾った貴族達が二人を見守る中、ジュリアとロベルトの二人は手を取り合って踊っていた。王族の勧めで婚姻を結んだ貴族だけに与えられる栄誉だ。王族の前で踊れば、この貴族は王族の庇護を受けている、と認識されるのだ。

ジュリアが身につけていた美しいドレスは、光沢のある青と白の絹糸で織られた絢爛豪華なものだし、ロベルトの上はも、ジュリアの色に合わせた光沢のある上品なグレーだ。彼のクラバットの胸元には、クレスト伯爵家が誇る大粒のサファイヤが金で縁取りされたもの。

二人は、濃紺、純白、そして、金色という色で統一していた。

「お似合いのカップルね・・・・」

周囲の貴族令嬢達も二人の踊りを息を呑んで見つめている。ロベルト様も、こんな風に正装をすれば、貴公子としては申し分ない風貌だ。

「クレスト様はなんて素敵なのかしら」

彼の貴公子然とした甘いマスクにうっとりと見とれる貴族令嬢もいたし、彼の美しい妻を惚けたように見つめる男もいた。

「なんと美しい女性なのだ」

「チェルトベリー子爵令嬢がかように嫋やかな女性であったとは」

子爵令嬢なら、それより格上の自分たちであれば、縁談など簡単に結べたのに。クレスト伯爵を出し抜くことも出来たのに、と悔しそうな視線を向けるものもいた。

二人の登場は、貴族達にとってはセンセーショナルな格好の話題だろう。得に、クレスト伯爵夫人が身につけていたドレスは、しばらくは社交界で一番の話題になるのに違いないと、令嬢達は心の内で思った。

そんな視線に臆することもなくジュリアは正々堂々としていた。むさ苦しい男ばかりの中の紅一点は嫌でも人の目を引く。そんな視線にはとっくの昔に慣れっこだった。

ジュリアは、目の前で、優雅な所作で踊っているロベルト様を見た。こうしてみると、彼だって、かなりイケメンなのだ。上品で育ちがいいことは一目でわかる。

ロベルト様と目が合うと、彼は濃紺の瞳を細めて、にっこりと笑う。見るからに好青年だな、とジュリアは思った。こんな様子だと、彼に群がる令嬢は沢山いそうだ。

─ それも明日までのことだ。

明日になれば、女王陛下がこの結婚を無効と宣言してくださる。なんて皮肉なことだろう。夫婦として表舞台に立った翌日に他人にもどるなんて。そんな思いとは裏腹に、宮廷楽士達は美しい調を奏で続け、美しく飾り付けられた舞踏会の会場の中では、給仕が銀の盆の上に、琥珀色の発泡酒をなみなみと注いだ酒を振る舞い続けている。

今夜は、花火も打ち上げられると言う。

ロベルト様が高く掲げた手の内で、ジュリアをくるりとターンさせた。美しいドレスの裾がふんわりと揺れる。その度に、周りの貴族達が、ほう、と感嘆のため息をつく。

優雅で美しいターンをすっときめて、ジュリアは、再び、ロベルト様の手をとってステップを踏み出す。この一連の動きを止めずに流れるように動くのはとても難しいのだ。

実は似たような動きが剣技でもあるのだ。それが、ジュリアの踊りを優雅でありながらも、堂々とした風貌に見せるのだ。

踊りながらも、ジュリアは、公爵邸を離れる前に、ジョルジュと交わした言葉が思い出していた。

 「あなたは舞踏会にはいらっしゃらないのですか?」

彼は、苦笑いをふっと漏らした。

「ガルバーニ家のものは、そういう表舞台には立たないものなのです。私は特に・・・そうですね」

「・・・そうですか」

ジュリアは少しがっかりして俯いた。彼に、美しく装った自分を見てもらいたかったのだ。彼が仕立ててくれたドレスを着て鋳るところを。

そんなジュリアの気持ちを察してくれたのだろうか。ジョルジュは、優しげな眼差しでジュリアを見つめながら、こういったのだ。

─ 貴女が舞踏会で踊っている様を、かならず、どこかから眺めていますよ。

と。

そう、今、この瞬間、ジョルジュが舞踏会の会場のどこかから自分を見守っていてくれているのだ。ジュリアは、どこからか見つめている愛しい将来の夫のために、視線の動かし方から指の動き一つにまで慎重に注意を払った。


そんな二人に冷めた視線を向ける男がいた。

「見事な踊りだな」

玉座から二人を見下ろしていた王太子エリゼルが皮肉交じりの口調で呟やき、クリスタルのグラスに形のよい唇をつけ、強い酒を一口含んでから、周りを見渡した。

貴族達は、二人の踊りに見入っている。悔しそうな顔をしている男もいれば、惚けたような視線を向けている男もいた。

逃した魚が大きかったような顔をしているな。と、ぼんやりと思った。あいつらも、このように美しい令嬢がいたとは微塵も想像できなかったのに違いない。

それでも、生身のクレスト伯爵夫人を見てからと言うもの、彼の胸の内には、何かが間違っているのだと強く訴えかける何かがあった。

チェルトベリー子爵令嬢はこんな娘ではないはずだ。目の前で優雅に踊っている夫人は、話に聞いていた人物よりも、ずっと美しい。領地では見事な手段で財政難を立てなおし、疫病も抑圧した。どう考えても、一流の頭脳の持ち主のように見える。それは、どこからどう見ても『子爵』という器ではない。

今、目の前で、夫と手を携えて踊っている夫人は、華麗にステップを踏み出している。ガルバーニ公爵から上がってきていた報告では、女としての資質はゼロに近かったはず。とすれば、かなりの練習をしたことだろう。とエリゼルは思った。

「ただの子爵令嬢があそこまで踊れるとは、クレスト伯爵夫人はかなりの努力家のようですね」

側近が、エリゼルの耳元でそっと耳打ちをする。

エリゼルは感嘆のため息をついた。彼女は美しい、それだけでなく、かなりの努力家だ。そんな彼女に惹かれてしまうのは男としての性なのだろうか。

─ 曲が終わった。

わっと、周囲からは拍手がわき起こった。遜色ないほど、素晴らしい踊りだった。

「素晴らしい。私からも直々に結婚を祝わせてもらうよ」

パンパンと手を叩き、皆が見つめる前で、エリゼルは、金色の巻き毛に、エメラルドのような深い緑色の瞳に花嫁を讃える光を湛えて、そう言った。

踊りを終えたロベルトが丁寧な礼を取り、片膝をついて、彼に答える。その隣には伯爵夫人が両膝を落とし、実に優雅な姿勢で佇んでいた。これで臣下としての義務は果たせた、とロベルトはほっとした。ドレスや財政の問題も片付いた。この舞踏会さえ終われば、妻と二人でのんびりできるだろう。彼女と二人で遅くなったけれども、蜜月旅行に出かけよう。そうして、今までに二人の間に横たわった溝をゆっくり埋めていくつもりだった。

本当の夫婦になるのはこれからだ。と、ロベルトは思った。

「お褒めの言葉ありがとうございます。王太子様」

ロベルトが丁寧な口調で礼を述べ、隣の妻も、優雅な姿勢でさらに礼を深める。その姿は白鳥のように美しいとロベルトは思った。

「そう・・・それで、提案なのだが・・・・」

口元に妖艶な笑みを浮かべた王太子が、ロベルトに言う。

「それは、どのような・・・・」

怪訝な顔をした臣下の前でエリゼルは口を開いた。こういう顔をする時の王太子は、腹に何か隠し持っていることが多い。ぎくりとした様子で彼の意図を問うロベルトに王太子は言った。

「私にも、その結婚のおこぼれを預からせてはもらえないか? 美しい花嫁とメヌエットを一曲踊らせていただいてもかまわないかな? クレスト伯爵」

エリゼル様が妻と踊る? 宮廷のしきたりや慣習を破るそれに、ロベルトは嫌な予感すらした。しかし、自分は臣下。主の要求を無碍に断る訳にもいかない。しかも、貴族達が全員見守る中であってはなおさらだ。

一瞬、躊躇したロベルトだったが、意を決して、それに答えた。

「王太子様のお誘い、光栄にございます。妻の名誉にもなりましょう」

(ええっ?それは予定にないけどっ?)

ジュリアは、思いがけない成り行きに内心どぎまぎしていた。メヌエットは確かに公爵邸で教えてもらっているし、きちんと踊れる自信もある。しかし、それは、いきなり宮廷で衆人環視の中で踊れるかどうかは別の話だ。

内心で焦りまくっているが、顔に出すわけにはいかない。教えられた通り、何がおきても、どんなに動揺しても、顔に出してはいけないのだそうだ。

(くっ・・・なんて不便な)

ジョルジュが、表舞台に立たない理由がよくわかった。ジュリアもあまり好きにはなれなさそうだと思った。王太子様のお誘いを断る、という選択肢はない。

「ではお相手してくださいますかな? クレスト伯爵夫人?」

女性のように美しい容姿にジュリアは一瞬、動揺したものの、敵に対峙するかのように、目の前で優雅な姿勢ですっと手をさしのべている男を冷静に観察した。

─ この男には『隙』というものが全く見当たらない。

美しい微笑みの裏に、油断のならないしたたかさを感じる。あまり側にいたいタイプの人間ではないな、と、ちらと思った。

「はい。光栄に存じます。王太子様」

仕方なくしおらしく言ってみるものの、内心は怒り心頭だった。

(なんて面倒くさいことを提案してくれちゃってるのよ!)

本当は、一曲踊ったらさっさと退散するつもりであったのに、王族に逆らう訳にはいかない。

「では、音楽を!」

従者が声高く、楽士に命令すると、美しい音色が奏でられ始めた。

「では、クレスト伯爵夫人、お手を・・・」

エリゼルがジュリアに手をさしのべ、上目遣いに自分を見つめる宝石のような男の手を、仕方なくそっと取った。絹の手袋から感じる彼の体温は暖かいはずなのに、ジュリアには、それが血の通った人間の手のようなぬくもりを感じることができなかった。

わざわざ自分をダンスに誘うなんて、一体、何が目的なのか?

ジュリアは、音楽に合わせてステップを踏み始めた。周囲のものたちが息をつめて自分たちを見守っていた。


しおりを挟む
感想 901

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。